14 次に動くべきは
そして、我に返った人間勢は一気にルイモンドに詰め寄った。
「ほほほほほ宝珠が同化しているだと!? そ、そそそそんな事例聞いたこともないぞ!?」
「い、いえお父様! 宝珠が魔力の塊であれば、その全てをコアに流し込むことで同化は可能かと! あ、あああ、ですがそうなれば宝珠はその者の命と共に終わりを迎えることに……!!」
「はぁぁぁぁぁ!? 宝珠人間!? いや宝珠魔物!? うわあああああそんな事可能なのかマジか生きてる内に見られるとは脱いでちょっと脱いでそこに寝転がって」
「ヒダマリこら!!」
とりあえず一番危険な人間を踏み潰して牽制し、ネグラは改めてルイモンドに目を向ける。
「る、ルイモンド様、これは周知の事実なのですか!? ぴ、ピィ様は前魔王様の本当の子ではないと……!」
「ええ、前魔王はびっくりするぐらいモテなかったので、子はおろか配偶者もおりませんでした」
「そ、その情報も初耳……! で、でも、ピィ様ご自身はその事をご存知で……!」
ネグラの問いに、心無しか青ざめたピィは首を横に振った。
「……自分が、元々人間であるというのは知っていた。だが、まさか宝珠によって生き長らえていたとは……」
「しかし、知っているということはルイモンドさん達もそこにいたのですよね? 側近であれば、宝珠がどれほど価値のあるものかを知らぬはずがない。何故、お二人は王を止めなかったのです?」
これは、まだ動揺が収まらないヒダマリの質問である。だがそれに対し、ガルモデとルイモンドはあっけらかんと答えた。
「そりゃ魔王の魔力じゃピィを助けられなかったんだ。仕方ねぇだろ」
「ええ、ゾンビとして蘇らせるにはピィは幼過ぎましたからね。宝珠に頼る他無かった」
「そういう理由なんです!?」
「他にどんな理由があると」
口をつぐみ、唸りながら両手で顔を覆うヒダマリである。流石の彼とて、「伝説のアイテムを子供の命如きに使うな」とは言わない倫理観は持っているらしい。
そして情緒が混乱し撃沈する兄に代わり、マリリンが口を開いた。
「ではルイモンド様。ピィちゃんが宝珠と一体化しているというのなら、その力も宿しているということですの? 例の……全てを支配する波動を」
「ええ、そうなりますね。なので、ピィがその気になれば、今すぐこの場にいる者全員に膝をつかせることだって可能です」
「ええええええ!? 吾輩それも初耳なんだが!!」
「言ってませんでしたからね」
「言えよ! 重要事項だぞ!」
「聞かれなかったので……」
「宝珠の存在自体知らないのに聞けるわけないだろ! アホか!!」
混乱を極める場である。だがその中で最も早く落ち着きを取り戻したのは、年長者であるヨロ王だった。
「……それで、クレイス殿はこのことを存じておるのか」
「……分かりません」
ルイモンドは、考えるように腕を組む。
「しかし、無意識とはいえ、ピィは彼の目の前で力を使いました。加えてあの男のことです。どうせ魔王城をくまなく調べ、宝珠が無いことにも気づいていたでしょう。ならば、そこから彼女が宝珠と一体化しているとの仮説を立てたとしてもおかしくはない」
「え、吾輩力なんて使ったっけ」
「ノマンが攻めてきた際に、私の背中から魔物軍に号令を出した時があったでしょう。あれですよ」
「待て。あれって吾輩の求心力がものすごいから解決した事じゃなかったのか?」
「皆ピィのことは好きですよ。ですが、あの狂乱において声を届けることができたのは、宝珠の力による所が大きいでしょうね」
「えー……」
がっくりと肩を落とすピィに、ガルモデがポンと陽気に背中を叩いた。
「宝珠になってて良かったな、ピィ! お陰でみんな助かったぜ!」
「……まあ、そうだな……。皆が助かったなら、吾輩も嬉しい……」
「だろ!」
「うん……」
うん、そうだよな、皆が助かったならいいか、うん。
そうやって自分自身に一生懸命言い聞かせている魔王様は、やはりいい人だなぁ、とネグラは思った。
「……わざわざこんな手の込んだメッセージを送ってきたのです。クレイス氏は、この文書と同じものをノマンに見せるでしょう」
ようやく喋ることができるまで立ち直ったヒダマリが、ふらふらとネグラの隣に立つ。
「そしてそこから先の流れは容易に想像がつきます。クレイス氏が魔王さんの秘密に勘付いていようがいまいが、ノマンは魔国の宝珠を手に入れようとここに攻めてくるに違いない」
「そうだな、それは吾輩もそう思う。……しかし、結局クレイスの真の狙いは分からなかったな」
「それは今から調べることですよ、ピィ。ですが少なくとも、これでノマン王国がピィを狙うだろうことははっきりしました」
ルイモンドは背筋を伸ばし、断言する。
「しかも、敵は魔国以外全ての宝珠を得ています。今後は同盟を結ぶヨロ国も、苛烈な戦いに巻き込まれるに違いない。ヨロ王、あなたもどうかご覚悟を……」
「いや、ルイモンド。それは我輩から言わねばならぬことだ」
臣下の言葉を遮り、ピィはヨロ王に向き直る。その赤い目には、ほのかな憂いが宿っていた。
「……ヨロ王。これから魔国が存続をかけて歩む道は、過酷なものになるだろう。……だが、一ついいだろうか」
「うむ」
「ヨロ国は、既に宝珠も奪われている。加えて、囚われた人質のこともある。……こう言ってはなんだが、ヨロ国の存続という意味では、我が国との同盟を切りノマンの傘下に下るべきではないのか? 魔国と同盟関係を結んだままでいれば、必ず戦火に巻き込まれるぞ」
「おやおや、何を言うかと思えば」
ヨロ王は、ギョロリとピィを睨み付けた。
「ここまで真実を知った上で、ヨロがノマンにつくわけがないだろう。そもそも、魔王殿は聞いたことはないのか?」
「何を?」
「今、ノマンとヨロ国以外の人の国は軒並み情勢が荒れている。サズ国には病人と貧乏人が溢れ、ミツミル国は犯罪の温床となり、フーボ国は腐敗した貴族による支配で国民が疲弊しているのだ」
「……」
「私はこれを、時折起こる国の乱れのようなものだと思っていた。……しかし、諸国がノマンの下についているとなればまた見方が違ってくる」
顎に手を当ててヨロ王は続ける。
「――私が思うに、ノマンの下についたからこそかの国らは荒んでいるのだ」
「何……!」
「そうなれば、私は王として民のため決してノマンに下るわけにはいかん。……今までは直接的な国交を要求しても文書のみで済まされていたが、いい機会だ、密偵を送りこんで調べてみるとしよう」
「そ、それは助かるが……」
ピィは、おずおずと言葉を切り出す。
「ならば……ヨロ国は、今後も魔国と手を組んでくれるというのか」
「無論。この状況下において、最も信じられる国は魔国のみだ。感情面でも利益的な面でも、私は魔国との同盟を続けたいと思っている。……もっとも、私とて今は魔物の身なのだがな」
「そ、そうか……! ヨロ王、吾輩も嬉しく思うぞ! 共に力を合わせてノマンの野望を打ち砕こう!」
「ああ、こちらこそよろしく頼みたい」
しっかりとした握手を交わす。しかしここでふと、ピィは自分のポケットの中に何かが入っていたのを思い出した。
「……ん、魔王殿。それは紙ですか?」
「うむ、クレイスから渡されたものだ。すまん、今の今まですっかり忘れていた」
「おや、いいタイミングですね。ちょうど火の魔法を使おうと思っていたんですよ」
「燃やそうとするな、ルイ! この部屋は火気厳禁だぞ!」
「で、どういう代物ですか」
「……いや、最後に会った時に渡されてな。ノマンの先手を打ちたいなら、この紙に書かれている者を守ってやってくれと言われたんだ」
「ほう?」
ルイモンドに手を差し出され、ピィは怖々と差し出す。だがそこに書かれている文字を読んだ途端、美しい魔物は目を見開いた。
「……リータ……ミツミルス?」
「な、何だと!? その名は……まさか!」
「知っているのか、ヨロ王」
「ああ、知っているも何も――!」
ヨロ王は、眉を寄せて言った。
「ミツミル国の、王子の名ではないか……!」
――それが果たして、どういった意味を持つのか。
この時のピィ達はまだ、知る由も無かったのである。
第3章 完
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