4 触れ難い過去

 その二時間後。

 ベロウとリータは、ボロ車にいくつかの骨董品を乗せてゴトゴトと歩いていた。


「それにしても今回もすごかったですねぇ、師匠の弁術!」


 リータは、のほほんと笑いながら言う。


「まさか、貧乏と難癖と泣き落としでこれらの品全て値引いてしまうなんて! こちらなんて、半額以下で買えてしまいましたよ!」

「そりゃあ、あの店は元々値引かれる前提で売り値をつけてるからな」

「あ、そうなんですか」

「つってもこのベロウ様じゃなきゃ、こう上手くはいかなかったけどな! 崇め讃えていいぜ、弟子よ!」

「流石です、師匠! 素晴らしいです、師匠!」

「ナーッハッハッハッ!」

「わっしょいわっしょい!」

「ナッハッハッ!!」


 王子に褒められて鼻高々のベロウである。だが、リータはふと、考えるようにうつむいた。


「だけど、なんで師匠は僕に買う品を選ばせたんですか? 僕は別に骨董品の目利きができるわけじゃありません。中には、二束三文の品もあったでしょうに……」

「んー……。そんでもお前さんはさぁ、小せぇ頃からいいモンに囲まれて暮らしてきたわけだろ?」


 不思議そうなリータに、ベロウは何の嫌味も込めずに説明する。


「そういうお前が選ぶ品だ、少なくとも粗悪品じゃねぇとそう踏んだんだよ。ま、ただの庶民を騙せるぐれぇの見てくれはしてるだろ。それでよかったんだ」

「え、騙す? 師匠は人を騙すことを生業としているんですか?」

「そらお前、ここじゃそれが普通……あ、いや」


 真っ直ぐなリータの視線に、ベロウはギクリと言葉を飲み込んだ。ここで軽蔑されて師弟契約を切られ、あまつさえババアと家を出て行かれては困るのである。ベロウは長い腕をバタバタと動かし、必死でごまかした。


「も、ものの例えだよ! 元々はすんげぇ品なのに、安い値段つけられて欠けた茶碗と並べられるのは可哀想だろ? だからオレ様は、薄汚れたこの品を綺麗にして正しい値段を与えて、欲しい奴の元に届けてやることを生業にしてんだ!」

「なるほど……! それはお客さんにも喜ばれる立派なお仕事ですね!」

「だろ? 真っ当だ、真っ当!」


 疑問が解消したリータがまた目を輝かせるのを見て、ベロウはホッと胸を撫で下ろす。

 ……が、どこか遠くから、「それなら良し」とババアの声が聞こえてきた。慌てて辺りを探すと、出店と出店の隙間から魔法を撃つ構えを取る小さな老婆と目が合う。

 ……王子の護衛をしているらしい。心臓に悪いからやめろよ。妖怪か。


「では師匠、今から僕らはこれらの品をピカピカにするのですね!」

「そうそう。そんでピカピカにしたら、また売りに行くからな。手伝えよ」

「わあ! また師匠の情けなくも哀れを誘う嘘泣きが見られるのですね! 楽しみです!」

「言い方ー」

「勉強させていただきます!」

「やめてー」


 石ころだらけの道の上を、車を押して進んでいく。ごとごとと人混みをかき分けていく中で、ベロウはやっぱガキとはクソ生意気なもんだなと天を仰いだ。


「……あれ、ベロウじゃねぇか?」


 だから、ソイツの存在にも気づくのも遅れたのである。かけられた声に振り返ったベロウは、あからさまに嫌そうな顔をした。


「げ、チェム」

「まーたオメェは妙な格好して人を騙くらかしてんのか。懲りねぇなぁ」


 浅黒い肌にスキンヘッドの男は、馴れ馴れしくベロウの肩を組む。だがすぐにそれを振りほどき、ベロウはイーッと歯を剥き出しにした。


「あっち行け、バカ筋肉! オレ様今仕事中なの! 忙しいの!」

「そっか! なら今から鬼ごっこしようぜ!」

「オレ様の話聞いてた?」

「あ、あの、師匠、こちらの方は?」


 おずおずとリータに尋ねられ、ベロウは面倒くさそうに舌打ちをする。

 ――奴の名は、チェム。ベロウとは小さい頃からの付き合いであり、時に共に物を盗み、時に共に泥棒に入り、時に罪をなすりつけ合ってきた仲の男である。つまりとても簡単に言うと……。


「他人」

「他人!!!!」

「すごい……! 他人と認識された方でも、お名前を覚えてらっしゃるなんて! やはり師匠は慈愛深い方なのですね!」

「え、そんなポジティブな捉え方ある!? つーか師匠って呼ばれてんの!? お前が!?」


 チェムはベロウとリータを交互に見やって、ため息をついてしゃがみ込む。そして、ずいとリータに顔を寄せると、ヒソヒソ話を始めた。


「……おい坊やよぉ。悪いことは言わねぇ、コイツについてくのだけはやめとけよ」

「え、何故です?」

「実はなぁ、昔もお前さんと同じ年ぐれぇのガキがコイツについて回ってたんだ。でも、二年前ぐらいのことだったかな」


 チェムは、声を潜めた。


「ベロウは、そのガキを貴族に売り飛ばしちまったんだ」

「え……!」

「おい、チェム!」

「たまにいるんだよ、見目のいいガキを専属の奴隷として手元に置いておきたい貴族ってのが。まあそのガキも綺麗なツラしてたから、それなりの値で売れたんだろうけどな」

「チェムどらぁっ!」

「ぶっ!」


 チェムの顔面が地面に埋まった。背後からベロウが蹴っ飛ばしたのである。

 化粧が落ちそうなほど目を見開いて驚くリータの横で、ベロウはチェムに向かって吐き捨てた。


「だいぶ道草を食っちまったぜ。おいリータ、行くぞ」

「え、チェムさんはいいんですか?」

「ほっとけ。この程度は日常茶飯事だ」

「……その、彼の言われていたことは……」

「正しいですよ? オレ様は確かに、昔面倒見てやってたガキを貴族に売り飛ばましたよ?」


 言葉を失くしているリータを顧みようともせず、ベロウはつまらなそうに車を引く。


「……でも、お前やチェムの思ってる理由じゃねぇ。多分だけどな」

「師匠……。じゃあ、僕は」

「安心しな。一生食うに困らない財と、お宝がかかってんだ。一時の泡銭の為に、お前を貴族に売ろうとは思わねぇよ」

「……」

「……あと、お前はアイツほど生意気じゃねぇし。売りたいほど困っちゃいねぇ」

「分かりました! ではこれからも師匠に売られないよう、僕は従順素直・師匠第一をモットーに精進いたしますね!」

「いや、逆にお前も生意気な気がしてきたなー。それかこれオレ様が人間不信になってるだけかな、どうかな。あとね、お前はもっと常にババアに見張られてるって自覚を持って」

「チェアアアアア!!!!」

「そら来た!」


 人の群れの中からババアが跳躍する。慌てて逃げようと車を引くベロウの後ろで、リータも力一杯後ろから押した。

 ……だから、「それでその人は、どうなったんですか」と。リータがその質問を投げることは、とうとうできなかったのである。

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