18 自由を得るために

 頭から体を一刀両断されたヴェイジルは、数秒間その場で直立していた。けれどやがてゆっくりと左右に分かれていき、音を立てて倒れる。

 その断面には、見事真っ二つになった真っ黒なコアが覗いていた。


「……やりましたね」

「おう」


 ヒダマリの言葉に、無骨な剣を肩に担いだガルモデが頷く。彼の上半身は所々火傷痕のようになっていたものの、泥は跡形も無く消えていた。


「どうやら魔物になったコアを破壊すりゃ、俺たちについた泥も消えるらしいな。よくやってくれた、ヒダマリ、ネグラ」

「いえ。ガルモデ軍隊長が粘り、トドメを刺してくださったからこそです。ありがとうございました。ところでその剣どこから出したんですか」

「うう……痛い……」

「おう、すぐ治してやるぞ、ネグラ。っていうかお前、飛べるようになったんだな。すげぇじゃねぇか」

「うううう」

「ねぇねぇその剣どこから出したんですかねぇねぇねぇ」


 こんな時でもブレないヒダマリの好奇心は流石である。右腕ボロボロになってるってのに。

 後で聞く所によると、ガルモデ軍隊長は人間形態の時は剣で戦うようにしているのだそうだ。しかし魔物形態の方が魔力を練りやすい為、普段はあまり使わないらしい。ちなみに剣がどこにしまわれているのかは、最後まで分からなかった。


「しかし、もしヴェイジルが魔物適性が無いタイプだったらどうしてたんだ?」


 そしてヒダマリから泥の仕組みを聞いたガルモデは、ネグラの翼を手当てしながら彼に尋ねる。それにヒダマリは、しれっとした顔で返した。


「実は、早い段階で、俺に魔物化の適性があることが分かっていたんです。だからもし、ヴェイジルに魔物適性が無かった場合は、次なる宿主を求める泥に俺の体を差し出し、魔物化した後軍隊長に斬ってもらうつもりでした」

「捨て身も捨て身じゃねぇか」

「まあ俺が人としての自我を無くしてしまっていたら、ですけどね。俺が魔物になっても俺としての意識を保てていたなら、そのまま何食わぬ顔で生きていこうと思っていました」

「オヤジさんが卒倒すんぞ」

「そのオヤジがゾンビになってるんですよ、俺」

「そうだった」


 もしかすると、ヨロロケル家は元々魔物適性が強い血族なのかもしれない。治療をされながら、ネグラはぼんやりとする頭でそう思った。


「……だがネグラ、不思議だと思わねぇか?」

「な、何がです?」

「泥の色と、俺らの血の色。偶然かもしれねぇが、全く同じ黒色だ」

「……そう、ですね」

「しかも、だ。本によると、泥が生まれた元の宝珠ってのは“古のモノ”の力の一部なんだよな?」


 このガルモデ軍隊長の言葉に、ネグラはハッとした。――泥と同じ魔物の血の色。古のモノの力が封印された宝珠達。

 点と点が繋がりそうだった。だけど、全身の痛みが邪魔をしてうまく考えがまとまらない。


「……それについては、俺は一つ仮説を持っています」


 黙り込むネグラに代わり、ヒダマリが答えた。


「ですが、今はお伝えすべき時ではないと考えています。……全てが終わった時に、必要だと判断できたらまたお話しさせてください」

「そうか。分かった」

「……」


 沈黙が訪れる。それでも治療の手を休めず、ガルモデは呟いた。


「……街にいる連中は、大丈夫かねぇ」











 結論から述べよう。大丈夫なわけがなかった。


「喧嘩はダメだよー! お空にぽーん!!」

「うわああああああなんだこの魔物共!? 来るなりどんどん人を放り投げやがる!!」

「じゃあ喧嘩やめろよ! オレたちゃお前ら人間の区別がつかねぇんだからよ!」

「うぎょぎょぎょ!!」

「どしゃしゃしゃ!!」

「魔物ばかり見ておるでないぞ! ヨロ国研究所特製魔道具、“どっこいわっしょい”!!」

「あああああ!? 体が勝手にどこかへ飛んでいく!?」

「うわああああああ!!」


 どこからともなく現れた魔物の軍勢が、ノマン王国軍も奴隷軍も見境無くポンポン空へと放り投げる。ならば魔物を倒そうとしたら、これまた謎の民間人(ヨロ国研究員)が割って入ってよく分からない道具で妨害してくる。混乱を極める状況に、ノマン兵達は苛立っていた。


「クソッ……兵が足りない! 一体何が起こってるんだ!? そもそもなんでコイツらには枷が無いんだ!」

「そ、それは我々も皆目見当がつかず……!」

「おい、王国地下の人間共はまだか!? たとえ屑共でも、我らの肉盾ぐらいにはなるだろ!」

「それが……!」


 上司の問いに答えようとした部下だったが、地を揺るがすような歓声がそれを遮る。


「ああああああっ……! 空だ! 外だ!!」

「広い……なんて広い!!」

「目が眩む! こんなにも世界には色があったのか……!」


 それは、ノマン王国軍が応援を要請していたはずの、地下に幽閉されていた奴隷達であった。その先頭に立つのは、肩から肘まで青色の痣がある美しい女性。


「みんなぁっ、いい!? 行くわよ! 私達の自由の為に、ノマンのクソ野郎が作った世界をぶっ潰すんだから!!」

「おおおおおおおお!!」


 ビリビリと肌を泡立たせる熱気は、地下の奴隷達がノマン兵の望む形で解放されたのではないと知るには十分だった。

 その美しくも猛々しい女性の隣にいるのは、ノマン王国軍の兵士二人。彼らは全員、王国にてピィが助けた者だった。


「な、なあ、本当にこんなことして良かったのか? これで俺たちゃ反逆者だぜ……!」

「し、仕方ないだろ! あのまま軍に戻っても、ノマン王国を乱した罪で奴隷落ちにされてたんだ! だったらもう全員でぶちかまして、ノマン様の手から離れた方がいい!」


 そう。あの後三人は話し合い、少しでも自分達が生き延びる目を拾う為王国の下に捕らえられた奴隷たちを解放したのである。

 幸い奴隷軍の反乱で殆どの兵士は出払っており、難無く見張りも突破することができた。


『痣ががあろうと無かろうと、怪我や老いでどれだけ姿が変わろうと! なんでそれっぽっちで、あんな奴に虐げられなきゃいけないのよ!!』


 自身の痣を剥き出しにした女性は、ぼろぼろと涙をこぼしながら地下の人々に叫んでいた。


『もう嫌よ! 私ほんとに我慢ならない! みんなだって罪の無いおんなじ人間なんだから、これ以上こんな所にいる必要なんて無いわ! 怒りましょう! ここを出ましょう! ノマンをぶっ倒して、私たちの自由を得るのよ!!』


 女性の心からの声は、地下の住人を動かした。彼らとて、ずっときっかけを欲しがっていたのだ。

 声と、怒りと、波と、ついでに戦場を引っ掻き回しまくる魔物とヨロ国研究所の面々と。それらによって、ノマン王国軍は疑う余地も無いほど押されていた。

 そして、その報は当然兵士長にも届いた。


「……バカな、地下の人間共が外に?」

「はっ。加えてミツミル国軍が寝返り、ヨロ国に向かわせていたノマン王国軍が全滅したとのことです!」

「なんだと……!」

「おやおや、だいぶ亡びの足音が近づいてきたようだね」


 兵士長に向かい合うヨロ王が笑う。しかしそれは嘲笑でなく、実に穏やかなものだった。


「どうです、ここらで降参とするのは。……大丈夫ですよ。あなたの国の兵も民も、決して悪いようにはしません」

「やかましい! 降参など、できるものか!」

「何故です? 自分で言うのもなんですが、私は善良な王ですよ。ノマンとは違ってね」

「ぐっ……」

「にゃー! そうだそうだ! マリパ殿は誰より優しい子だってダークス殿もいつも褒めてたぞ! ヨロ国もよく治められていたと聞くし、ピィの次に素晴らしい王だと吾輩思うもん!」

「うちの弟が信じられないんですか、兵士長! 弟は嘘をつかないし、本当に良くしてくれますよ!」

「ブーニャ様、兄さん、ちょっと黙っててください」


 けれど、ここで別の部下が兵士長に駆け寄ってくる。その耳打ちを聞いた兵士長は、渋い顔をみるみるうちに余裕のあるものにさせた。


「……ふん、ほざいているがいい。ノマン王国軍には、まだ強力な手駒が残っているんだ」

「何?」


 どこかで爆発音が響いた。体ごとそちらを向くと、小高い場所にある教会から真っ黒な煙が出ているのが見えた。

 そこにいるのは、分厚い鎧を着た兵士たち。かつ背後には、何十体ものフーボのゴーレムが従っていた。


「……我が国の誇る、魔法使いとゴーレムだよ」

「……!」

「まだだ。まだまだ我らには底がない。……ああ、我らノマン王国は絶対だ。決して負けぬとも」


 剣を握り直すヨロ王に、兵士長は笑った。

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