26 終わらせて

 動けないはずであった。宝珠そのものであるピィの体からは青い炎が立ち上り、命ごと奪われようとしていたはずだった。何より、彼女自身も苦しんでいたというのに。

 それが、何故。

 唖然とするノマンの目が、ピィの傍に落ちたペンダントにとまる。それにはいくつものひび割れが生じていたが、よく見れば表と裏とを分けるように一筋の線が入っていた。

 ぞわり、とノマンの肌が粟立つ。


「まさか、あのペンダント……!」

「ええ、またしても大当たりです」


 まるで優秀な生徒を褒める教師のように、クレイスは口角を上げた。

 からくりはこうである。

 元々、この魔力水晶でできたペンダントは二層になっていた。そしてピィにはあらかじめ、ノマン側となる表のペンダントにありったけの魔力を注ぎ込んでもらっていたのである。

 かつ、リータには、魔国の宝珠だけ解放を避ける呪文を渡していた。

 こうすれば、いざノマンが宝珠の力を解放し始めた時、実際に吸収されるのは表側の分だけになる。それが尽きる前にノマンに詠唱をやめさせれば、ピィはペンダント無しでも動けるというわけだ。


『ですが、いかんせん突貫工事の案です。懸念事項も山ほどあります』


 ノマン城に入る前に、クレイスは早口でピィに言った。


「まず、ノマンに手の内を見抜かれてしまう可能性。それから、リータ王子とを繋ぐ遠隔視魔法水晶が間に合わない可能性。一応ペンダントの裏側に魔力を跳ね返す魔法をかけているとはいえ、宝珠が引き合う力に負けてピィさんの命が奪われる可能性もあります」

「……分かった。最後の件に関しては、体に宝珠を留めておけるよう吾輩もの凄く頑張る」

「ええ、頑張りましょう。俺も水晶が到着するまでは、こっそり保護の呪文を唱えてピィさんを守ろうと思います」

「それなんだが、水晶が来るまでここで待つってのはどうなんだ?」


 ピィの提案に、クレイスは少し難しい顔をする。だが、すぐに首を横に振った。


「それはやめましょう。もし俺やピィさんが水晶を持っていて、万が一気付かれたり壊れでもしたら取り返しがつきません。それならケダマさんに待機してもらって、裏で受け渡しをしてもらう方がいい」

「そうか」

「加えて……俺の体も、かなり泥の進行が進んでいますし」

「え、だ、大丈夫か!?」


 驚き労わろうとするピィだったが、肝心のクレイスが両手を広げて迎えようとしていたのを見て思いとどまる。

 そこまでするつもりはない。


「……」

「……」

「……来てくれないんですか?」

「行くと思うか?」

「……とにかく、俺もあまり時間がありません。だから急ぎノマンとの決着をつけなければ」

「そうか。お前がそう言うなら、吾輩も従おう」


 ――だからクレイスは、ここに来た当初からピィを保護する魔法をかけ続けていたのだ。

 だから二人は、あの手この手を使って時間を稼ぎ、ノマンの感情を揺さぶって水晶とリータの呪文から気を逸らせていたのだ。

 全ては、この一瞬の為に。


「……無駄だ! 無駄に決まってる!」


 それでもノマンは、笑いながら叫んでいた。


「その宝珠がどれほどの技術で作られたと思っている!? 一切の瑕も歪みも存在しない超技術! 完璧なる珠! そして幾重にも守られた結界! そんな宝珠が、たかが魔物の拳如きで壊れようものか!」

「……ええ。彼女が普通の魔物なら、そうだったでしょうね」

「あぁ!?」


 集中したピィには、青い炎が纏わりついている。まさしく、宝珠たる身であるからこそ現れる兆。

 硬いものに脆いものをぶつけたら、脆いものが壊れる。それが超硬度を誇るものなら尚更。


 ならば、同じ性質を持つものだったとしたら?


「……やめろ」


 ノマンの声は、震えていた。


「やめろ!」


 ピィに向かって呪文を唱える。全身に収められた魔力を使い、魔法をぶつけようと。

 だが、今の彼からはどす黒い魔力が漏れ出すだけで、何もその身から放たれる事はなかった。


「なん、で……!」

「そりゃそうでしょう。魔法とは、魔力を体内で循環させて初めて使えるものです。……パンパンに膨れ上がった今のあなたの体で、どう魔力を巡らせられるというのですか」

「……あ……」


 クレイスの指摘に、ノマンの瞳が絶望に揺れる。その間も、目の縁からは絶え間なく黒い魔力が流れ出ていた。


「……まだ、だ」


 だが、ノマンとてただ五百年も生き長らえてきたわけではない。再び目に光を戻した彼は、突如しゃがみ込んだ。

 次の瞬間、彼の体はピィのすぐ隣にあった。――反動である。彼は漏れ出る魔力を利用し、彼女の元まで自分の身を飛ばしたのだ。

 その右手には、鋭いナイフが握られている。


「殺してやる! お前の喉を裂いて……!」


 しかしナイフの切先が届く前に、ピィの緋色の目がノマンを捉えた。拳を構えたまま彼女は大きく息を吸い、言葉を放つ。


「止まれ!!!!」


 ――魔国の宝珠によるピィの能力、“支配”。

 まともに、しかもたった一人でそれを受けてしまったノマンは、顔を強張らせて硬直する。

 そしてこの間に、とうとうピィの魔力は極限まで練り上げられた。


「散々……迷惑をかけて! 皆を踏み躙りおって!!」


 両拳を天高く振り上げる。美しき炎は、元々そうであったかのように彼女の身を真っ青に染め上げている。


「お前は、ここで吾輩が終わらせてやる!!!!」


 聖堂を揺るがすような咆哮。魔王は、全身の力でもって両拳を宝珠に振り下ろした。

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