4 任せて
作戦会議は続く。ダークスは、目の傷を掻いて言った。
「それでは、いいですか? まず、私がノマン兵の一人にイチャモンをつけ、ブーニャさんと共に戦いに持ちこみます。するとえらい騒ぎになるでしょうから、それを合図に奴隷軍の皆さんが“枷溶かしの水”を使い泥の枷を外して、一気に反旗を翻します。そしてその間に、デンさん率いるヨロ国の皆さんが……」
「ええ! ありとあらゆる手を尽くして状況を引っ掻き回し、魔物軍とヨロ国軍の皆さんが来るまで持ち堪えてみせましょう!」
「ありがとうございます」
「……で、吾輩は全体を見渡せる高い所にいればいいのだな」
「はい。恐らくノマン兵の中には、ノマン王国に報告しに帰る者がいると思われます。その人を見つけ追うことができれば、王国へと侵入できるでしょう」
「分かった」
ケダマを膝に乗せ、ピィは首を縦に振る。皆もそれに応えると、立ち上がった。もう準備を始めるようである。
早ければ早いほどありがたいが、あまりにトントンと話が進んでいけば戸惑うものだ。ピィはダークスの服の裾を引っ張った。
「だ、ダークス殿。そんな即座に動いて問題無いのか? 奴隷軍の者らも、突然コトが起これば驚くと思うのだが……」
「問題ありません。元よりこの計画は、ヒダマリさんの空間転移装置の起動と同時に開始する予定のものでした。故に、あらかじめ皆にはいついかなる時でも戦える心構えを持つよう指示してあります」
「そうか。それは準備のいいことだな」
「むしろ、ここ半年はそれが生きていく上での張り合いでしたからね。……ただでさえ自由など無いに等しかったというのに、泥の枷を嵌められてからは更に人としての生き方を奪われてしまった。我々は皆、死人同然で生きていたものです」
「にゃ! 確かにあの時の人間は皆暗い顔をしていたからな! デン殿らに会えて良かったな、ダークス殿!」
「ええ、本当に」
ブーニャに肩を叩かれ、ダークスは小さな笑みを見せた。
――ダークスらとヨロ国の研究者らが出会ったのには、こういう経緯がある。ヒダマリを逃がした罰でサズ国に移動させられたデンらは、自身らが自由を得るため真っ先に“枷溶かしの水”を開発した。そしてこっそりと研究所を抜け出し、奴隷をしていたダークス達と接触を図ったのである。
脱出するにあたり一人でも味方を増やしたいという算段だったのだが、一つ誤算があったとすれば魔物がいるとは思わなかったことか。結果として、相当気のいいお人好しだった為問題無かったが。
「……ですが、枷溶かしの水の効果は半日しか持ちません。それが過ぎれば枷は復活し、また我々はただの奴隷に戻ってしまう」
「その水を連続して使うことはできないのか?」
「体に負担もかかるので、できれば三日は空けたい所ですね」
「ならば、泥の枷が復活する前にサズ国から逃げなければならないということか」
「……いえ。我々は、ここでノマン自体を倒そうと考えています」
その一言に、ピィは目を丸くしてダークスを見た。
「今しかありません。全奴隷が蜂起し、魔物軍、ヨロ国軍、ノマン王国軍が入り乱れるこの時しか。……この機を逃せば、二度とノマンの首は取れない」
「しかし……案はあるのか?」
「ひとつだけ」
言葉を紡ぐダークスは、酷く沈んだ声をしていた。
「要するに、“これ以上生きていたくない”と思わせればいいのです。まず、私とブーニャさんを筆頭に奴隷軍の皆でノマンの元へ向かい、何とか毒で彼の体を侵します。そうして一瞬でも動きを封じた後、魔法を使えぬよう喉と両手を潰すのです」
「うお……」
「そうすれば、あとはひたすら細切れにします。細かくした肉片は一つ一つ容器に入れ二度と接着できないようにして、その間中ずっと、宝珠の所有権を譲るよう要求するのです。……泥の枷も、ゴーレムも消えるように」
「……しかし、それは」
つい口を挟んでしまう。……いや、悪い案では無いように思えた。けれど、それが実現可能だともまた思えなかったのである。
それはダークス自身もよく分かっているのだろう。彼は、ゆっくりと深く頷いた。
「分かっております。……うまくいく可能性としては、3%もあればいい方でしょう。そして、確実に殆どの者が殺されます」
「なら、何故」
「やらねばならぬのです。……もう、我々は十分に耐えてきました。これ以上耐えるのは……」
そう呟くダークスの手は、あちこちが酷くひび割れていた。今までは角度的に見えなかったが、足も妙な形をしている。恐らく一度折れ、適切な処置を為されないまま繋がってしまったのだろう。
粗末な服で隠されているが、見える部分だけでも生々しい傷跡がいくつも残っていた。
胸が詰まり何も言えなくなるピィに、しかしそんな空気を吹き飛ばすかの如くまたブーニャがダークスの肩を叩いた。
「にゃ! 心配するな、絶対に勝つぞ! ゾンビというか骨になった元魔王の吾輩もついているじゃないか!」
「そう、ですが……いくら一度死んでいるからとはいえ、あなたもコアを狙われたらおしまいなんですよ。そのあたり分かってるんですか?」
「分かっとるよ! でもコアを狙われなかったら吾輩無敵だもの!」
「というか、あなただけでも魔国に帰ってくれれば良かったのに……」
「何を言う! 友達が困っていれば助けてやるのは当然だろう!」
力強いブーニャの笑い声に、ダークスは顔を上げる。目は潰されているが、彼はなんだか泣きそうな顔をしていた。
そんな二人に、何故かピィはマリリンのことを思い出した。……出会った時に、怖がられたこと。なのに最後は、服の交換をするぐらいに仲良くなってくれたこと。初めて得た、人間の友人である優しい彼女のことを。
そして何故か、クレイスの顔も浮かんだ。
「……ダークス殿」
ガルモデの忠告がよぎったが、頭を振って心の中で言い訳する。……すまん。だが、父とその友人らの命を天秤にかければ、お前だってこうするだろう。
「ノマンの件だが……どうか、一度こちらに任せてもらえないだろうか」
「は……ピィさんに?」
「いや、吾輩とクレイスにだ」
「クレイスも、ですか?」
「ああ。……アイツは、ノマンを倒す為に長くノマンに仕えていたんだ。そしてその為に行動してきた。……ならば、倒し方も知っている」
多分だけど。
「クレイスを助けたら、そのまま吾輩はアイツとノマンを倒しに行く。それが失敗したら、改めてダークス殿らに後をお願いしたいのだ」
「なっ……! ぴ、ピィ、それはならんぞ! 今は魔力だって使えんし、そもそもお前は宝珠そのものなのだ! そんな危ないことをするなんて……!」
「父さん、信用してくれ。吾輩はもう魔王なのだぞ」
ピィは、真正面から父を見た。
「魔物を統べ、その頂点に立つ者だ。故に王たるこの身は、もはや誰の下にも降らん。……大したことじゃない。人間の身でありながら吾輩の上に立とうとする不届き物を、この手で成敗しに行くだけだ」
「……ピィ」
「見ていてくれ。あなたの娘は、必ず上手くやってみせる」
ピィの肩に乗ったケダマが、同意するように「みょ」と鳴く。あるいは、自分を忘れるなという自己主張か。
「……うう……子供の成長というものは、早いもんだのう……」
一方ブーニャは、涙声であった。
「ダークス殿、聞いたか? 今の言葉聞いた? 我が娘がこんなに可愛い。すごい、この子吾輩の子なんだ」
「いやすごいけど宝珠そのものって何それどういう」
「で、だ。あまりに可愛く凛々しいが、言っていること自体は一理ある。ものすごく心配だが、ここは一つ任せてみるのはどうだろう」
「いやだから宝珠……ああもう、そうですね。現魔王様がそこまで言ってくださるなら……」
「しかしピィ、あれだぞ? 万が一お前とクレイスがノマンに殺されるようなことがあれば、もう吾輩達凄いからな? 何せ娘と息子を殺されてるんだ、手に負えるわけがない。全身に毒を仕込み、爆弾を仕込むから。命と引き換えに全てを終わらせるから」
「わ、分かった」
妙な脅しをされたが、とにかく分かってくれたようである。ピィはホッと胸を撫で下ろすと、引き続きダークスの語る作戦に耳を傾けたのであった。
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