4 お前らもか、魔物ども

 魔物の中に、前魔王の仇国ノマンに雇われた勇者を放り込む――。

 食堂の前の扉の前にて、ピィは今まさに中で起こっているだろう惨劇を想像していた。


「お前は誰だ?」

「ノマン王国に雇われた勇者です! さっき寝返ったばかりです!」

「なんだと!? よりにもよって魔王様を殺した国の勇者が!?」

「信じられるか!」

「よくも魔王様を!」

「許せん、やっつけてやる!」

「うわーっ!」


 ……そんなことに、なっているかもしれない。

 もしくは――。


「お前にオレの家族は殺されたんだ! まだ小さい子どもだっていたのに……!」

「アタシは夫を殺されたわ!」

「許せん、やっつけてやる!」

「うわーっ!」


 ……なんてことに、なっているかもしれない。そりゃ勇者であれば、魔国に来る道中に魔物の一匹や二匹は倒しているだろう。恨みは山ほど買っているのが普通だ。

 それとも、あるいは――。


「オイ、こいつ元勇者だってよ!」

「許せん、やっつけてやる!」

「ハハハハ、魔物風情が! この勇者クレイスに敵うとお思いですか!」

「なんだと! やっちまえ!」

「……おや、あちらにとっても素敵な流れ星」

「え、どこどこ?」

「隙あり!」

「ぎゃああああーっ!」


 ……。


 いや、うん。これは無い。無いな。無いと信じたい。

 だが、そろそろ空想をやめて中に入らねばならない。いい加減お腹の空き具合も相当なことになってきたのだ。

 深呼吸をして、ピィは気持ちを鎮める。そして意を決し、扉に手をかけた。


 恐る恐る扉を開く。そこで、彼女の目に飛び込んできた光景とは――。


「ヒャーッハッハッハッ! そりゃあ傑作だぜぇ、クレイスさんヨォ!」

「オメェはやってくれる男だと思ってたぜ!」

「ほれほれ、一杯飲め! な!?」

「いやー、お前さんに燃やされた時は死んだと思ったけどな!」

「生きてた生きてた!!」

「ガッハッハ!!」


「……」


「なんだこれ」

「おぅ、ピィ。来たか」


 ヘビ型の魔物や、ヘドロ型の魔物らに囲まれて。

 歓迎会もかくやというほどもてなされる、クレイスの姿であった。


 状況が読めず呆然とするピィに、皿を掲げたガルモデがにこやかに手を振る。


「ほれ、ピィの好きなモロモロドリの丸焼きだぞ。これ食って細っこい体に肉つけろ」

「わあ! 今日もメルボおばさんの料理は美味しそう……じゃない! ガルモデ! なんだあの盛り上がりっぷりは!」

「早速仲間として馴染んだようだぜ」

「いやいやいやおかしいだろ! 『勇者許すまじ!』とかそんな流れにはならなかったのか!?」

「なるにはなったが、そこは俺が喝を入れてしっかり新入りを歓迎するよう伝えておいたからよ」

「お前有能だな!!!?」


 魔物軍を率いる軍隊長であり、また面倒見のいい兄貴肌のガルモデだ。部下からの信頼も厚く、統率力だけでいえば魔王であるピィをも凌ぐのである。

 しかし、魔族とはそれ以上に種族意識の強いものだ。いくら軍隊長の指示とはいえ、例えば家族を殺されていてはそうあっさり手の平を返せるとも思えないのだが……。


「それにも理由があってな」


 ピィの疑問を察したガルモデが、ゴッポポガエルを丸呑みして言う。


「なんでもあの勇者、違法に魔物売買していた組織を盛大に懲らしめた張本人らしいんだよ。で、そん時に解放された魔物やその家族が、今ああして礼言ってんだとさ」

「もげっ……! ひゃんやっへ!?」

「落ち着け。ほれ水だ。よく噛んで、飲み込んでから言いな」

「むぐ……そ、それは本当なのか!? あ、あの時の恩人があやつだと!?」


 信じられない事実を前に、ピィは喉に詰まらせかけたモロモロドリを一旦テーブルに置いた。


 ――あれは、一年ほど前の事である。世界に散らばっている一部の魔物が、次々と行方知れずになる事態が発生したのだ。

 魔物は、人間と違って多数の種族で構成されている。中には人間が好みそうな姿をした者もおり、そういった個体は高値で取引されるらしい。

 だが当然ながら、魔物を統べる魔国がそれを許すわけがない。故に戦争を起こす引き金になるとして各国とも法を整備し、魔国じきじきに取り締まって良いとされていた。

 しかし、件の魔物売買組織に限っては、実に厄介だったのである。

 対処しようにもなかなか尻尾を掴ませず、魔国も手をこまねいていた。そんな折、誰も突き止められなかったアジトに颯爽と乗り込み、捕らえられていた魔物たちを救い出したという人物がおり――。


「――で? その恩人があの男だというのか」

「そうらしいな。つっても、とてもそんな慈善事業をやりそうな奴にゃ見えねぇが」

「な、なら、あやつは本当に魔物に肩入れしている者なのか? しかし、それなら何故魔物討伐を前提としたノマンの勇者に……」

「その辺りの事情は俺には分からん。ま、あんま気にしてもねぇけどよ」


 そう言うと、ガルモデは二匹目のゴッポポガエルに手を伸ばした。……恐らく、彼は本当にこのクレイスの発言を嘘とも真実とも捉えていないのだろう。

 彼の行動基準は至ってシンプルである。仲間なら、協力する。敵なら、排除する。そこがガルモデなりに見極められるまで、判断を留保するのだ。

 ……これはこれで、彼は案外バランス感覚が取れた男なのである。


「それにアイツからは、ノマン特産バチボコ牛の干物を貰ったしな!!」


 いや、物で釣られただけかもしれんなー。


 冷ややかな目つきのピィに、ガルモデは何を勘違いしたか少しだけ干物をちぎって渡してくれながら言った。


「そんな考え込むんじゃねぇよ。どうしても気になるってんなら、直接聞いてみりゃどうだ?」

「む? 直接って……」

「おーいクレイス! こっち来いよ! うちの姫さんがオメェの事を知りてぇってさ!」

「ちょ、ちょっと待てガルモデ! その言い方には随分と語弊が……!」


 この言葉に、魔物に囲まれつつも物静かに食べ進めていたクレイスが、ガバッと顔を上げた。それから口の中で何か呟いたかと思うと、恐るべき速度でピィの元へ一直線にやってくる。

 またしても眼前まで迫った端正な顔に、ピィはヒッと悲鳴を上げた。


「お呼びですか、ピィさん」

「速い速い速い怖い怖い怖い! お前こんなしょうもないことで呪文を使うな!」

「ピィさんからのお呼び立て以上の優先事項などこの世にありませんよ」

「頼むからその早口と目をやめろ! 本当に怖い!」

「それで、俺の何を知りたいんですか」

「無い! 特に無い! 本当に無い! あっち行ってろ!」


 ピィからの拒否に、クレイスは落ち着いた声で「そうですか」と呟くと、すぐに離れた。

 ……一瞬。一瞬だけ、熱っぽい目がシュンとしたようにも見えたが。

 多分気のせいだと思う。うん。


「クレイスさん、ピィちゃんとの話は終わりましたか!? ならもう少し話しましょうぜ!」

「飲め飲め! 飲ませろ! 大丈夫これはとても体に良いただのお水です」

「ヒャッハァ! クレイスの兄貴ィー!」


 そして魔物救いの勇者は、ズルズルとまた魔物たちの群れの中に引きずられていった。クレイスは喜ぶでもなく嫌がるでもなく、終始淡々とした態度をとっている。

 ……自分に接する時とは、えらく差があるものだ。ひょっとするとそれも、“千枚舌”のやり口かもしれないが。


「……吾輩が、しっかりせねばならんな」


 すっかりクレイス歓迎モードの魔物達に、危機感を覚えながら気を引き締める。……いくら魔物達の恩人と名乗ったとはいえ、果たしてそれがどこまで真実なのかは分からない。何故なら奴は“千枚舌”だからだ。


 そう考え背筋を伸ばすピィの背後から、干物を口から出したガルモデがひょっこり顔を出した。


「何か言ったか? ピィ」

「なんでもない! それよりその干物を口から出せ、ガルモデ!」

「だから食いたいならそう言えよと」

「食いたくなどない! 誰が勇者からの貢ぎ物など食えるか!」

「でもやっぱメルボさんの料理のがうめぇわ。おい、このモロモロドリ食わねぇんなら貰うぞ」

「こ、これは食べる!」


 慌ててガルモデから皿を守り、一気にかぶりついた。その途中クレイスと目が合ったが、すぐさまそっぽを向き、女性らしさのかけらも無くガブガブと食べてやったのである。

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