第7章 ノマン王国へ
1 クレイス奪還大作戦
「そうと決まれば、まずはノマン王国へ侵入する方法ですね」
口火を切ったヒダマリは、そのままネグラに声をかける。ドラゴン族の魔物は頷くと、両手に乗るサイズの装置を手にピィの元へと駆けてきた。
「ま、魔王様、ご覧ください! やっと完成したんです! 例の、ノマン王国に残されたヨロ国の研究員達の元へ行ける空間転移装置を!」
「これがそうか! よくやったぞ、ネグラ、ヒダマリ!」
「へ、へへへ……。で、ですが一つ大きな問題がありまして……」
説明の苦手なネグラの視線を受けて、ヒダマリは頷いた。
「そうです。単刀直入に言うと、この装置で移動できるのは一人のみ。かつ行けば二度と戻って来られない、一方通行仕様なのです」
「ん? えらい不良品だな」
「はい。……実は俺の盗んできた魔力水晶は、模造品だったようなのです。ただの水晶に魔力を持たせただけの、いわゆるパチモンでした」
そんなことがあるのか、とピィは驚いた。しかし、今はそれについて言及している時間は無い。
「分かった、ならば我輩が一人で行ってこよう。何、帰りはクレイスをおぶって走って帰ってくればいい。差したる問題でも無い」
「でもピィちゃん、あなたの体には宝珠が入ってるんですのよ? 失敗すれば、逆にノマンに取り込まれてしまうのではなくて?」
マリリンは、これを確認しろと言わんばかりにとある文献を差し出す。それは、以前彼女の図書館で見た宝珠に関する覚書であった。
“古のモノ”を封ぜし宝珠は、五つに分かたれた。
不老不死を封じた宝珠は、サズエルに。
大いなる力を封じた宝珠は、ミツミルスに。
無限の泥を封じた宝珠は、フーボシャヌに。
恐るべき知識を封じた宝珠は、ヨロロケルに。
全てを支配する波動を封じた宝珠は、ミラルバニに。
彼らの国は、宝珠を守る為に。全ての宝珠は、彼らの国を守る為に。
互いの領地を侵すことあらば、禁じられた宝珠の力を解放せんことを。
然して、決してその全てを一つにしてはならない。
此れを違えれば、悪夢の体現たる“古のモノ”が、再びその器に力を宿らせるだろう。
「……そうだ。ノマンは古のモノを自分の身に宿らせ、恐るべき力を得ようとしているのだ」
「ヨロ王」
伝令の者が呼んできたのか、ヨロ王マリパが研究室に入ってきた。直前まで前線に出ていたのだろう、その体はやたらと土埃をかぶっている。
「故に一人しか行けぬのならば、最後の宝珠である魔王殿が出向くのは得策ではない。だから、ここは私が行くべきだと思うのだが……」
「いや、ルイモンドもいなくなった今、更に戦力が削がれるのはまずい。ヨロ王はこの国にいてくれ」
「しかし」
「それに我輩のことなら心配いらん。クレイスがノマンに連れ去られる直前、我輩のペンダントに魔法をかけてくれてな」
「ほう?」
だがヨロ王が見るより先に、ヒダマリとネグラがすっ飛んできた。二人は思い切りペンダントを引っ掴み、遠慮無く眺め回し始める。
「すげぇすげぇ! これあれだぞ、反魔法呪文がかかってるぞ! しかも結構複雑なやつだ!」
「本当だ、解こうとするとかなり厄介そう。ところで見たことない術式だけど、これって恩人さんのアレンジ魔法かな?」
「ちょ、お前ら、くるしっ……!」
「かもな。少なくともここまで面倒くさそうなのは初めてだ」
「ってことはあらかじめ準備してたとか? クレイスさんは魔王様が宝珠って知ってたってこと?」
「どうだろう。でもこの魔法を見る限りある程度予測はしてた可能性は高――」
「二人ともー!」
赤いペンダントに夢中になる二人の後頭部を、マリリンが同時にはたき倒した。ペンダントが首を絞めて青い顔をしたピィに代わり、マリリンは腰に手を当てて怒る。
「まったく、ピィちゃんが苦しがってらっしゃるでしょう!? そうじゃなくてもピィちゃんは女の子ですのよ! そんな無礼なことをしてはなりませんわ!」
「うっ……すまない、マリリン」
「謝るのは私にじゃなく、ピィちゃんにです!」
「す、すいません……魔王様」
「も、申し訳ないです……。珍しい魔法に、我を忘れてしまって……」
「や……ゲホッ、いや、うん、構わんが……」
一頻り咳き込んで、姿勢を正す。そして、ピィはヨロ王に向き直った。
「しかし、そういうことなのだ。ヨロ王、ここは我輩に行かせてもらえないだろうか」
「……むぐ」
「分かっている。……あちらには、あなたの兄であるダークス殿もいるかもしれないのだからな。あなたはその事も気になっているのだろう」
図星だったらしい。口籠るヨロ王を、ピィは真正面から見据えた。
「しかし如何せん、今はクレイスの奪還が先なのだ。……加えて、あなたの存在は兵の士気を高める。ヨロ王には引き続きここで国を守っていてほしい」
「む、むぅ」
「……オレ様も、嬢ちゃんに賛成だぜ」
ここで意外な人物も応援に加わってくれた。ベロウである。
「だってさー、リータから聞いたけど、その覚書の切れ端を寄越したのはクレイスなんだろ? じゃあ宝珠を全部集めたらヤベェってのは、アイツも知ってるわけじゃん」
「そ、そういえばそうだな」
「だろ? その上でアイツが嬢ちゃんをノマンのとこに連れて行こうとしたんなら、何か狙いがあるってことだ。なら、他の誰より嬢ちゃんが行くべきだとオレ様は思うよ」
「ベロウ……」
ピィは目をパチパチとさせると、親指を立てた。
「まったくその通りだな! 我輩が考えていたこととまるまる同じだ!」
「あれ? 嬢ちゃん結構ミエミエの見栄はるね?」
「そんなことはない! 皆の者、聞いたな!? つまりそういうことだ!」
「ええー」
ベロウが哀れみを込めた目でこちらを見た気がする。サングラスで分かりにくかったが、そんな気がする。許せチンピラ。
しかしこの言葉が効いたのか、それ以上ピィがノマン王国へ行くことに異議を唱える者はいなかった。
「ではピィさん、これを」
最後に、ピィはヒダマリから透明な水晶玉を渡された。
「これは……ミツミル国にあった宝珠か?」
「はい。調べた結果、これも確かに本物の宝珠と分かりました。使いようによっては、ノマン打倒の最終兵器となるかもしれません」
「最終兵器……」
「……恐らく、この宝珠の存在はクレイス氏も知らなかったと思います」
ヒダマリの隣にネグラがやってくる。ピィのペンダントに魔力を送り二つに割ると、一枚の紙切れを差し入れた。
「こ、この紙には、僕らのたどり着いた透明な宝珠の推論を書いています。く、クレイスさんに渡してください」
「ああ、紙に書いてくれているのは助かる。吾輩口頭で伝えるのめちゃくちゃ苦手だからな。とても助かる」
「魔王様……」
お前まで哀れみの目で見るんじゃない。だって、伝わりきらなかったら意味が無いだろうが。吾輩は適切、特に恥じることはせんぞ。
「そんじゃ、ピィ。俺らは後で追いつくからな」
そしていざ空間転移装置に向かうピィの背中に、ガルモデが声をかける。
「で、だ。クレイス見つけても、できるだけ俺らを待てよ。強硬手段に出るのはマジで危ねぇ時……アイツが殺されそうな時だけにしとけ」
「分かった」
「そんで、もし奪還したなら全力で逃げろ。ノマンに手を出すのは後回しだ。危険すぎるからな」
「ああ、分かってる。そう心配するな」
魔物軍軍隊長は、どうやらルイモンドの分まで心配性になったらしい。とはいえ、事は一刻を争うのだ。ピィは、とっとと空間転移装置を起動させた。
「それじゃ、行ってくるぞ! 何、さくっと終わらせる。すぐにここに帰ってきて――」
「みょおおおおおおおお!!」
だが、ここで珍妙な鳴き声が割り込んでくる。すっ飛んできたのはピンク色の毛玉。皆が呆気に取られる中、ケダマはピィに引っ付くと自毛を彼女の衣服の繊維に絡ませ始めた。
「だ、ダメだって、ケダマ! この装置は一人用なんだ!」
「みょみょ! みょーーーーっ!!」
「もう二度と離れないって!? そ、その気持ちは嬉しいが……!」
「みょーーー!!!!」
「うわーっ!!」
そして、ピィとケダマは一同の目の前から消えた。
「……」
「……」
沈黙が訪れる研究室内。その中で、ぽつりとガルモデはヒダマリに尋ねた。
「……ところでさあ、クレイスはピィに魔力が跳ね返って自分に戻る魔法をペンダントにかけたっつったじゃん」
「はい」
「ってことはさ、ピィは今魔法を使えねぇんじゃねぇか」
「……あ」
……。
「ちょ、ヤベェヤベェ! 今からでも装置使えねぇか! アイツえらいことになるぞ!」
「一人しか行けないと言ったでしょう! チッ、こうなりゃ近くのサズ国に置いたポイントから飛んで……!」
「え!? お兄様、そこにも装置を置いていたんですの!?」
「まぁな! 魔力水晶とこの俺がいりゃ何だってやれる!」
「そんでもって協力してくれる機動力の高い魔物がいればね! 置きに行ったのはお前じゃねぇんだから、感謝しろよ!」
「と、とにかく早く魔王殿に追い付かねば!」
「あああああああ!! ピィ生き残れよー!!」
こうして、大波乱のクレイス奪還大作戦が幕を開けたのであった。
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