12 味方・2

 部下のネリンがマリリン王女に助けられている間、その上司であるデン=ボンボン主任は、戦場を走り回っていた。


「ぬうぅっ! 普段から走り込んでおくべきでしたかなっ!」


 大きな腹を揺らしながら、サズ国の城下町を行く。辺りはだいぶ暗くなっていたが、空には点々と明かりが灯っていた。……魔法灯である。太陽には程遠いが、あれさえあれば夜でも戦争ができるというわけだ。

 まったく、戦争というものは度し難い。たったこれっぽっちの国土と人間を更に減らして、何になるというのだろう。

 憤然とするデンだったが、少し向こうでノマン王国軍が奴隷に剣を振り上げているのを見つけて足を止めた。


「ノビルンアーム! ……からのチョットピタン!」

「ああっ!?」


 自分の腕が少しだけゴムのように伸びる魔法と、ふりかければ少しだけ動きを止めることのできる粉を併用して兵の動きを止める。その間に、襲われていた奴隷は立ち上がった。


「ありがとうございます、デンさん……!」

「何のっ! すぐに逃げるが良いです!」

「しかし、コイツを殺さないと……」

「殺す必要はありません! 動きを封じれば良いだけですからな!」


 そう言うと、デンは持っていた縄で兵をぐるぐる巻きにする。そして、そっと物陰に隠した。


「みんなで立ち向かって、一人残らずノマン兵を縛り上げる! それが我々の目標です!」

「そう……そうでしたね。でも、オレは……」

「はい!?」

「……オレたちは、ずっとコイツらに虐げられてきました。家族や子供を殺された奴らだっている。頭では分かっていても、心までは、なかなか……」

「……あなた」


 うつむき粗末な棒を握りしめて立つ青年に、デンは何と声をかけるべきか一瞬迷う。自分とて、故郷に妻と娘がいるのだ。彼の気持ちを想像できないわけではない。

 しかし、今はここで立ち止まっている時間もまた無い。彼を叱咤激励しようと、デンは大きく息を吸った。

 のであるが。


「にゃーっ! どっちもこっちも人間だらけにゃあっ! どうすればいいにゃ、バリュマにゃん!?」

「ニャンニャン医療隊さん、お疲れ様です! とにかく怪我をしている人がいたら、片っ端から空間転移装置(ポイント)に放り込んでください!」

「おう、バリュ坊! オイラ達はどうすりゃいい!?」

「ぶへへへへへぼももももも」

「えーと、人間が人間をやっつけようとしてるのを見つけたら、頑張って止めてください! 絶対に殺さないで!」

「でも人間って殴ったら死ぬんだろ!?」

「ペウペウペウ!」

「人間弱っちいよう! 難しいよう!」

「む、むむむ……。ゼトさん、パス!」

「え!? パス!? じゃ、じゃあ強そうな方を選んで、お空にぶん投げてください! そうすれば喧嘩は終わりますから!」

「分かったー!」

「しゅわー!」


「……」

「……」


 ――目の前を駆け抜けていった青年二人が率いる大量の魔物達に、デン達は完全に気を削がれてしまったのである。


「どどどどどういうこと!? 魔物!? あれ魔物ですよね、デンさん!?」


 そして動揺する奴隷軍の青年である。魔国がヨロ国と同盟を結んでいることを知らないのだ。当然だな。

 しかも奴隷を率いていた二人の内一人は、ネリンの弟であるバリュマではないか。何がどうなっているのだ。


 だが、その点についてはバリュマ本人が一番不思議がっていたりする。ちなみに任命したガルモデ曰く、


『この半年で、魔物共が顔を覚えられた人間は、ヨロ国の王族とバリュマ、そしてゼトだけだった』


とのことらしいが。


『そんで作戦には、魔物を率いることができる人間が必要だからな! 魔物と顔見知りになれたバリュマなら大丈夫だろ、多分!』

『多分!? むむむ無茶ですよ! オレ元スパイだっただけのしがない兵士ですよ!?』

『でもバリュマ、お前しょっちゅう魔物の巣に出入りしてたじゃねぇか』

『そりゃまあ、魔物の奥様方から子守りを頼まれたり留守番を頼まれたりおつかいを頼まれたりしてたんで……』

『そんで、毎日魔物に紛れて食事してたそうじゃねぇか』

『ゴッポポガエルとメルボさんの料理があまりにも美味しくて……』

『とにかくバリュマなら大丈夫だ! それに一人じゃねぇ、なんたって同じ人間のゼトもいるんだからな!』

『え、えええ!? コミュニケーション能力の権化みたいなバリュマさんはともかく、何故自分まで!?』

『何でもお前さん、若きスライム族長のポヨンに認められたようでな。スライム族は魔物の中でも漠然と一目置かれてっから、自然と他の魔物にも覚えられたようだ』

『ほげぇ!? スライムさんってそんなに偉かったんですか!?』

『人間さんにもお名前あったんだね!?』


 とにかく、そういうことらしい。しかしそんな事情を知るはずなどないので、デンは首を傾げるばかりであった。

 だがバリュマがいるのなら味方に違いないだろう。そう判断したデンは、自分の為すべきことを為そうとしたのだが……。


「ああっ、デンさん! 今奴隷軍の一人が放り投げられました! やはりあの魔物は敵なのではないですか!?」

「……」

「あ、でも猫ちゃんの魔物にキャッチされました! うわー、ノマン兵も投げられています!」

「……」

「お手玉みたい!」


 ……そういえば、さっきの会話で『人間の区別がつかないから全員投げる(要約)』って話してたな。

 ――そうか。魔物から見れば、皆同じ人間なのである。もしかすると、彼らは同族同士で争う我々にそのことを伝えに来たのかもしれな――。


「いや、そんなことはないですね!!」

「うわ、びっくりした!」

「とにかく青年、助けに行きましょう! あの魔物軍団、危なっかしくて放っておけません!」

「それは同感です!」


 かくして二人は、魔物軍を先回りするように走って行ったのであった。












「ブーニャ殿! 弟は、マリパは大丈夫ですか!?」

「全然大丈夫にゃー! あ、刺された」

「うわー! 発破!!」

「落ち着くのだ! 吾輩の骨の中で爆弾を使おうとするでない!」


 ノマン王国軍兵士長とマリパが戦う中。目の見えないダークスは、音とブーニャの解説で状況把握をしていた。

 なので親切なマリパは、極力兄に話しかけるよう尽力していたのである。


「わ、私は大丈夫です、兄さん! ゾンビとなった身なので、刺突はさほど効きませんから!」

「え!? ゾンビ!? どういうこと!?」

「そして兵士長も傷つけるつもりはありません! 何とか平和的に解決してみせます!」

「その割にはさっきから紙一重だぞ、貴様ァッ!」


 先ほど頬を剣が掠めた兵士長が、マリパに怒鳴り声をあげる。両者実力が拮抗している為、なかなか手加減がし辛いようだ。


「そもそも、一国の主でありながら玉座を空にするなど、無責任極まりないと思わんのか! どうなんだ、ヨロ国の王よ!」

「はいはい、重ね重ねのご心配痛み入る!」


 兵士長の一撃をひらりと避け、マリパは返す。


「だが問題は無い! 統括指揮と王代理は、同盟国の王に頼んできた! 彼なら、実に上手くやってくれるだろう!」

「同盟国の王? そんなものいたか!?」


 訝しげに目を細める兵士長に、もう一度マリパは頷く。


「ああ。同盟国ミツミルの新しき王――リータ=ミツミルスにね」

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