11 味方・1

「何故だ……! 何故ここにヨロ国の王がいる!?」


 ナイフを弾かれたノマン王国軍兵士長は、数歩後ろに下がって身構える。この至極もっともな問いに、ヨロ王マリパは頷いた。


「サズ国にこっそり仕掛けていた遠隔視魔法水晶で、反乱の動きを知ってね。微力ながら、参戦させてもらおうと思ったんだ」

「そういうことじゃない! ヨロ国は今、ノマンと戦争中だろう!」

「ああ」

「その頭が、どうしてその座を空けているのかと聞いているのだ!」

「正直なところ、魔物達が顔を覚えた数少ない人間が私だった、という点が大きいのだけど……」

「はぁ!?」


 数十年ぶりに再会した弟ののんびりとした返答に、兄であるダークスはハラハラとしていた。今の内にノマン用に取っておいた爆弾を爆発させた方がいいのだろうか。いや、そうするとブーニャ殿も巻き込んでしまうし……。


「とにかく、そなたの心配は不要だ」


 考えていると、マリパは力強く断言した。


「何せ、我らには多くの味方がいるのでね」










 ノマン王国に囚われていたヨロ国の研究員の一人であるネリン=シタレードは、奴隷の子供たちや病気の者、年老いた人々を避難させていた。


「怖いよー!」

「怖くて当然よ。なのに勇気を出してここまで来て、とっても偉いわ」

「お母さんどこ? お母さーん!」

「お母さんは後から来るわ。ちゃんと会えるように、今はあなたがしっかり生き延びなくちゃ」

「なんだよ! ノマンと戦うならオレも行くぞ!」

「すごく頼もしいわね。じゃあ皆を守る為に、私と一緒にいてくれる?」


 口々に不安を叫ぶ子供達を宥めつつ、研究所に誘導する。戦場になってしまったサズ国の中心部にいるより、ここに逃げた方が良いと事前に判断された為だ。


「ネリンさん、お疲れ様です」

「あら、イーバン。どうしたの、息急き切って」

「すいません、それがどうも後列にいた子供がはぐれたようでして」

「分かった、私が見てくるわ。あなたは引き続き皆をお願い」

「はい。研究所の鍵は……」

「かけておいて。到着したら、外から合図を送るから」

「承知しました」


 部下の一人に後を任せて、元来た道へと急ぐ。……無防備な子供を、敵とはいえ兵が狙うとは思えない。が、戦争はあっさりと人の倫理観を麻痺させる。何が起きるかわからないのだ。だからネリンは、念の為懐にしまっていた簡易魔道具を取り出し用意していた。

 薄暗く、埃っぽい路地を抜ける。辺りを見回した所で、幼い子供の悲鳴が上がった。

 ――はぐれた子達だ。そう気づいたネリンは、まず天に向けて銃のような魔道具の引き金を引いた。

 激しい破裂音と共に、大輪の花にも似た色鮮やかな火花が空へと散らばる。その間に、ネリンは声のした方へと走った。

 狙いはうまくいったようだ。ノマンの紋章をつけた兵は、子供らに剣を構えたまま空を見上げていたのだ。


「魔道具……“ニョロニョロクスのしっぽ”!」

「ぐわぁっ!?」


 隙をつかれたノマン兵は、ネリンの放った蛇っぽい縄に絡みつかれその場に倒れ伏した。


「皆! 大丈夫!?」

「研究者のお姉さん……!」

「怖かったよー!」

「姉ちゃん、コイツ足怪我しちゃったんだ! だからみんなで守んなきゃって……」

「まあ、そうだったの。みんなでよく頑張ったわね」


 見ると、五人いる内の一人の子供のふくらはぎが酷く傷ついていた。恐らく、歩いてくる途中でどこかに引っ掛けたのだろう。

 ネリンは簡単な回復魔法を唱え、子供を立ち上がらせようとする。けれどその時、別の子供が悲鳴を上げた。


「お姉さん、後ろ!」

「!?」


 咄嗟に子供を庇ったことが、逆に功を奏した。兵士の剣は、しゃがんだネリンの長い髪の一部を落としただけで済んだのである。

 子供たちを自分の背中に回し、ネリンはノマン王国軍の兵士をキッと睨みつけた。


「何するの!? ここにいるのは子供たちばかりなのよ!」

「しかしお前らは反逆者だ! 加えてあそこに転がる同胞も、既に危害を加えられている!」

「あんなもん、三十分もしたら無傷で解けるわよ!」

「それに、女子供を殺しておけば残る奴らへの見せしめにもなるしな……。お前らは、ここで奴隷共の犠牲になってもら」

「おりゃーっ!!」


 意気揚々と語っていた兵士であったが、突然ぽこんという間抜けな音と共に動きを止めた。そしてそのまま、どうと顔面から倒れる。

 その背後に立っていたのは……。


「……マリリン王、女?」

「あーっ! やっちゃいました! 私やっちゃいましたわ! 産まれて初めて、兵士さんをやっつけてしまいました!」

「な、何故王女がここに……!?」

「それは勿論! 皆さんを救出しに来たからですわよっ!」


 丸眼鏡の奥の瞳を涙で潤ませつつどどんと言い張るヨロ国の王女に、ネリンは目をパチクリとさせる。鎧に包まれた彼女の足は震えていたが、不思議と柔らかな安心感をネリンに与えてくれた。


「で、でも、王女様がここにいては危険です! 早く安全な場所に戻られてください!」

「私なら大丈夫! こんな時の為に、毎日図書館にこもってたくさん勉強したんですの! 今なら『テミュニベル戦記』に出てくる姫剣士レィダにも劣りませんわ!」

「だけど……!」

「本当に大丈夫です! ドロステン!」


 マリリンは後ろを振り向きもせず、魔道具ドロステンを放つ。騒ぎを聞きつけて集まってきた兵士たちは、たちまち液状化した地面に足を取られてしまった。


「とにかく、今はあれこれ議論している場合ではありせん! この子達を逃さねば! 急ぎますわよ、ネリン!」

「! 王女様、私の名前を……!」

「当たり前です! 私、皆の名前を覚えておりますわ!」


 兵士の一人が氷の魔法を放つ。それもしっかり持っている魔道具で打ち返しておいて、マリリンはネリンに微笑んだ。

 その笑顔があまりにも美しくて、ネリンは思わず見惚れてしまう。


「……安心なさって。反乱は、必ず成功する」


 マリリンは、くりくりとした目を子供のように細めた。


「だって、この世界を変えたいのは私達だけでは無いのですから」

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