9 戦争とはかくや
珍しく慌てるクレイスに、ピィは腰に手を当て不満げに口を尖らせる。
「どうした? お前、さっきは“俺から意見できることは何もありません”と言ってたじゃないか」
「いや、流石にこれは意見しますよ! 昼に出立するというのに、今から準備して間に合うんですか!?」
「準備というか、腹ごしらえだけはしておいた方がいいかと思ってな」
「そういう問題ですか!?」
何を言う。腹が減っては戦はできんだろう。
しかし正論を吐いているのはこちらだというのに、クレイスはまだ難しい顔をしていた。
「ですが、魔国からヨロ国まで数日はかかります。であれば、腹ごしらえ以前の問題だと思うのですが」
「いや、全力で走れば半日ほどで到着するから支障は無いぞ」
「走っ……!?」
「あ、羽を持つ奴は飛んでいく」
「それでもですよ! い、いいですか、ピィさん! そもそも戦争となれば地形の下調べや敵軍の数、作戦の立案や兵糧の準備など少なくとも数日はかけないといけないものなんですよ!?」
「数日? 国は一日で落とせるんだ、そこまでしなくてもいいだろ」
「はいぃ!?」
――なんだか、話が噛み合わない。ピィは少し困って、首を傾げた。
対するクレイスは額に手を当てしばらく考えていたかと思うと、恐る恐る強面の大男に目を向ける。
「……ガルモデ軍隊長にお聞きします。魔国からヨロ国に戦争を仕掛けるにあたり、貴方はどのような作戦を立案するおつもりですか?」
「作戦? まあ、どっと雪崩れ込んで、目についた奴を片っ端から一発殴れってぐれぇのもんかな」
「それ作戦ですらないですね!?」
「だがこれで敵は山のように死ぬ」
「そりゃ魔物は人間とは段違いのパワーを持っていますからそうでしょうけど! それでも粗雑過ぎますよ!」
「……ガルさん、これは流石の私も反対しますよ。その案には決定的な穴があります」
ルイモンドの助太刀に、クレイスはホッとしたような顔を見せる。だがそれも、彼の次の言葉を聞くまでであった。
「人とは案外丈夫で、一発だけでは死なないことも多い。だから部下には、念の為二発ずつ殴りなさいと言っておくべきでしょう」
「お、そうだな。俺としたことが抜かったぜ」
「これで安心」
「だから!!!!」
とうとうクレイスが頭を抱えてテーブルに崩れ落ちた。……ピィには正直、何故彼がここまで食い下がるのか分からない。けれど、今のクレイスの姿にまるで昨日の自分を見ているかのような気持ちになり、少し同情してしまったのであった。
呻くクレイスに、向かいに座るニャグ医療長がほにゃにゃにゃと髭を揺らして笑う。
「どうじゃ、これで分かったろう人間の小僧。魔物とは元よりこういう集団。パワーやスタミナ、体の頑強さが人間とは桁違いであるが故、根本から考え方が違うのよ」
「し、しかし……このままでは、敵側の抵抗によっては、こちらに甚大な被害が……」
「おいおいクレイス、オメェそんな事で悩んでたのか? こっちが死ぬ前に敵さんをやっつけりゃ、俺らは死なずに済むんだぜ!」
「あ、今急に分かりました。皆このガルモデさんみたいな感じなんですね」
「そうじゃ。それに加えて……」
ピィのマントの下から、もふもふしたピンクの毛の塊が転がり出てくる。腹が減ったと言わんばかりにみょーみょー鳴くケダマを指差し、ニャグは続けた。
「魔物とは、かように知能レベルの差が大きい。“人を見つけたら殴る”、“魔王や軍隊長が撤退と言えば魔国に帰る”といったシンプルな命令しか、覚えておけない者も多い」
「ああ、なるほど」
「ガル坊やルイ坊のように人間型に変化したり、知的であればまだ作戦の立てようもあるがの」
「ガルモデさんが知的に分類されるレベルなのですね、この軍」
「おう、今俺を褒めたか?」
嬉しそうに言うガルモデには誰も突っ込まず、今一度場が静まり返る。
その沈黙を破ったのは、ルイモンドであった。
「……クレイス殿。参考に聞きたいのですが、人間はどのように戦争をするものなのですか? 先ほどの君は、下調べや作戦立案が必要と言いましたが」
「……ええ。人は魔物とは違い、何の装備も無ければ炎弾一発で死ぬほどに脆いですからね」
クレイスは、よろよろと頭を上げて答える。
「よって戦争における人は、個人の力ではなく集団の力でもって勝利しようとします。ですが効果的に集団を動かすには、個々に持つバラバラの意識を統一する必要がある。そこで予行練習を実施し、戦争のイメージを各兵に一致させるのです」
「ほう」
話を聞こうとするルイモンドに、元勇者も姿勢を正した。
「予行練習をする事で、兵士の集団は連携の取れた動きができるようになります。かつ、あらゆるパターンにおいてスムーズに動けるようになる。ですがこれには、綿密な作戦立案が大前提です。事前に攻め入る敵国の地形や環境を調べ、国の内情や敵軍の情報も集められるだけ集める……つまり弱点を掴み、そこを攻める作戦を立てるんです」
「ふむ」
「歴史を紐解けば、数も武器も揃った大国の兵が小国に大敗を喫したこともありました。まあ多少の誇張はあるのかもしれませんが、その明暗を分けたのは二つ。――勝つべくして勝つ為に練られた作戦。そして、それを乱れ無く実行した兵の集団。これらの前に、大国は敗北したのです」
「……ほう」
淀み無いクレイスの説明に、ルイモンドは端正な顔を崩さぬまま大きく息を吐く。
「なるほど……勝つべくして勝つ為に練られる作戦とは、面白いですね。勝利の道筋さえ描けていれば、集団が個の強さに勝つこともあるのですか」
「歴史上そういった逸話が残されているというだけの話ですがね。とはいえ、これはあくまで人間同士の戦争における観点。個の強さが魔物レベルになると、どうなるかは正直未知数ですが」
「ふむ、そうですか。……なるほど、人間の知恵から学ぶべき点は多そうです」
感心したような様子のルイモンドに、ピィは一人ハラハラとしていた。
……もしや、ガルモデはともかくコイツまでクレイスの口車に乗ってしまわんだろうな。
しかしそんな彼女の不安など露ほども知らぬ男は、美しい顔をそっと伏せて言った。
「……でしたら、今回の戦争はノマンに攻め入る前の“予行練習”と呼んでいいのかもしれません。クレイス殿の言う通り、例えば練習がてら情報収集という前段階を踏んでみるのも一つの手でしょう」
「お、おいルイ! お前こんな奴の言う事を聞くのか!?」
「選択肢の一つだ、と言っているのです。頭から敵と決めつけ、有効な意見を聞き逃すのは魔物軍の参謀長としてすべきことではありません」
「しかし、それならどうするんだ?」
「……そうですねぇ」
落ち着いた様子のクレイスを一瞥し、ルイモンドは言った。
「――今から、医療長を除いたここにいる全員でヨロを偵察しに行こうと思います」
「……は」
「その上で、また考えましょう。魔物軍が突撃して落とせそうならば即日攻め入る、そうでなければ作戦とやらを立ててみる。……どうですか?」
彼は、美麗な微笑をピィに向ける。
「これが、私なりの折衷案なのですが」
その一言に、ピィは目をぱちくりとさせた。ルイモンドは、そんな彼女を安心させるように更に笑みを深めてみせる。
――クレイス側の案を丸呑みにせず、かといって切り捨てもせず。加えてこの案であれば、もしクレイスが作戦立案だのといって時間を稼ごうとしていたとしても潰すことができる。
何のことはない、ちゃんとルイモンドはこちら側にいるのである。部下から投げられた忠義を理解したピィは、しっかりと頷いた。
「……分かった。お前の案を採用しよう。他の者もそれで良いか?」
「おう、俺は大丈夫だせ。クレイスもいいな?」
「……ええ」
クレイスの視線は、ピィに送られていた。
「俺は、貴女といられるならなんでも」
「お前ほんといい加減にしろよ」
とりあえず、ガルモデとルイモンドにはしっかりと奴を監視してもらうことにしよう。
どこまで叶うか分からない願望を胸に秘め、ピィは立ち上がったのである。
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