5 過去

「実際、父さんには科学者になることを反対されてたんだ」


 やがて到着した洞窟にて、ネグラの傷の手当てをしながらヒダマリは言った。


「伯父さん……父さんの兄が、俺と似たような人でさ。しかも最後には国にとって重要な情報を勝手に持ち出した咎で、目を抉られて追放されたらしい。だから俺には、そうなって欲しくなかったんだとよ」

「……そうなんだ。お前も色々大変だったんだな」

「ああ。でも俺と伯父さんの問題はまた別だろ? だからどうしても諦めきれなくてな、魔法科学の最高責任者に研究論文と自分の作った魔道具携えて何度も直談判したんだ。いやー、そうしたら最終的にバックアップまでしてくれてな。なんでも諦めちゃ駄目だぜ、ネグラ君」

「すごいな、お前」

「人生で一番土下座した」

「そこか、お前の土下座ルーツ」


 ぎゅっと包帯代わりの草束を締められて、ネグラは痛みに少し呻く。けれどヒダマリは気にした様子も無く、作業を続けていた。


「……ま、確かに君の言う通り俺もすごいんだけどな。この件に関しては父さんにこそ感謝してるよ。いくら才能があるとはいえ、所詮息子の我儘だ。その気になれば王様権限で一蹴できたってのに、結局認めてくれたんだから」

「……そうだね。言葉の節々からお前の自尊心がこぼれてるのは気になるけど、僕も本当にそう思うよ」

 

 ――自分とは違う存在なのに。異質であるというのに。

 それなのに、彼の父は最後には自分の息子を受け入れたのだ。

 ……昔父から与えられた翼の傷がズキリと疼く。ネグラは、心底ヒダマリが羨ましくて堪らないようだった。


「……さっきの僕の羽、見ただろ」

「おう」

「だったら分かると思うけどさ、飛べない僕は生まれつきの落ちこぼれだったんだ」


 だから彼はつい、弱音を吐いていたのである。


「立派な竜族たるアドバンテージってのは色々あるんだけど、飛べないってのはもうほんと恥ずかしいことでね。だから僕はずっと、竜族の住む山で皆から見下ろされながら地べたを這いつくばって生きてきたんだ。家族は僕をいないものとして扱ってきたし、仲間はみんな僕を蔑んでた。……仕方ないし、当然のことと言えばそうなんだけど……今思えば、ちょっと嫌だったかな」

「……」

「それこそ、とっとと逃げればよかったと思うんだよ。だって誰も僕を望んじゃいないんだし、いなくなったとしても探されない。でも僕は、ヒダマリみたいにしたい事とか、才能とかあったわけじゃなくてさ。それに逃げた所で、僕なんかに居場所なんてあるはずないと思って……。けれどそうやってグズグズしてるうちに、ある日タチの悪い魔物売買人に捕まった」

「魔物売買人に?」


 ヒダマリの手が止まる。話しすぎたかなと思いつつ、ネグラは頷いた。


「そう。薬を打たれて身動きを取れなくされて、他の弱っちい魔物や子供の魔物と一緒に馬車に積み込まれて。お前も知っての通り、竜族は活用法が様々あるからね。こんな僕でも使い道があったんだろ」

「……それで」

「ん?」

「それで、君はどうなったんだ」

「……無事に助け出されたよ」


 目を伏せたまま、ネグラは言った。


「人間によってね」

「人間?」

「うん、人間。サラサラの黒髪の人で、歳は結構若かったと思う。それで売買人の馬車を止めてしばらくペラペラ喋ってたかと思ったら、いきなり僕らの乗ってた積荷部分を開けたんだ」


 目の眩むような光と、自分を頼って体を押し付けてくる子供たち。それらを映したその人間の灰色の目は、怒ったように細くなった。


「そこから先はあっという間だった。その人は馬車をめちゃくちゃに破壊して、売買人を痛めつけて。あ、でも僕らには一切手を出さなかったよ。それどころか、『この道をまっすぐ行けば魔国に帰れる。また捕まる前に急いで逃げろ』って言ってくれた」

「へぇ、いい奴……というか、変わった奴がいたもんだな。普通魔物売買人相手だったら、怒れる魔物からの巻き添えを恐れて手を出さないもんだけど」

「だよな。僕もそう思う」


 だからこそ、彼は恩人なのだ。故に、彼が一年後、魔物軍に協力したいと魔王城に現れた時は本当に驚いたものだが……。


「それで、今は魔物軍にいるってわけか」

「そうそう。貧弱だから戦闘には向かないってんで、最初はただの使用人だったんだけどね。でもいつだったか、こっそり人間の道具をいじってたのを魔王様の娘さんに見つけられてさ。すごいすごいって騒がれて、それを知った魔王様から兵器長の役職をもらったんだ」

「兵器長!?」

「あ、といってもそんな大層なことはしてないよ。人間の武器を調べたりしてみんなに教えたり、魔物にも使えるレベルの武器を作ったりとか……。……武器はいいよな、僕みたいに弱っちい魔物でも少しは役に立てるようになるんだから」

「……」


 ここでふと、ヒダマリが黙ってしまう。訝しく思って目を向けると、不満たらたらな目をしてこちらを見ていた。


「……な、何?」

「兵器長って、君……だったら、もう仕事やってんじゃないか……」

「え、仕事?」


 詳しく聞こうとした所、思い切り強く包帯を締められて口から内臓が飛び出そうになった。なんだコイツ!?


「何するんだよ!」

「せっかく俺が雇ってやろうと思ってたのに! なんで先に職に就いてるんだ、この裏切り者!」

「え、えええー!?」


 怒りどころがよく分からない。そんで雇ってやるって嘘だろ。実験体だろ。


「時に魔道具の開発をしてもらい、時に実験体になってもらう予定だった」

「それただの実験体の方がマシだろ!!」

「あと素材ももらいたい」

「尚更行くか!!」

「給料は弾もう。何なら俺と同じ職権を与えてもいい。どうだ、転職しないか?」

「でも体は削がれるし、よく分かんねぇ実験はされるんだろ!? じゃあ嫌だよ! 誰が行くか!」

「クソッ、引き抜きたい……!」


 歯軋りするヒダマリに恐怖し、じりじりと距離を取る。すかさず詰められるが、また逃げる。

 ……こんな所で、自分の職場のホワイトっぷりを思い知るとは思わなかった。そういえば成果さえ出せばいくらでも引きこもってていいもんな。いい職場だよ、魔物軍。

 少なくともコイツの所よりは。


「頼む! あ、もしかして自分が魔物であることを気にしてるのか!? 大丈夫、君が竜族人型の魔物と知れば嘘みたいに手のひらを返す奴ばかりだから!」

「さてはお前みたいな奴だらけの魔窟だな、ヨロ国立魔法科学局実装置研究課!」

「そうだ、交換留学生という制度は導入されていないか!? とにかく一度だけでもいいから来てくれ! そしたらもう二度と逃しはしないのに……!」

「やってることノマンと一緒だぞ! もしくはギャグなの!? 体張ってんなー!!」


 これだけ騒げば敵に見つかりそうなものであるが、ネグラの目算通り追手は来なかった。この日の晩は、二人ともなんとか睡眠を取ることができたのである。


 ……そういえば、自分の身の上話をしたのなんて魔王様とその娘さん以来だな、と。眠る間際、ネグラはぼんやりと思っていた。

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