7 吐けばいいんだろ、吐けば

 所変わって、魔物部屋。ここでは、ガルモデをはじめとする魔物軍に属する魔物達が、今か今かとクレイスの帰還を待っていた。


「……時間、かかってやがんなぁ」


 トカゲ型の魔物が面白そうに言う。それに、ニワトリ型の魔物がクチバシを鳴らして笑った。


「こりゃあうまくいったんじゃねぇか、恩人さん! アイツ羽毛も無ぇ癖によくやるぜ!」

「でも、まさかうちのピィちゃんに恋するだなんてなぁ」

「鱗もねぇのにどこがいいんだろう」

「バカお前、見た目じゃねぇんだよ! ハートだハート!」

「俺ぁ鳥足じゃねぇとダメだぁ。あと牙も欲しい」


 口々に好き勝手述べる魔物達である。

 基本的に、魔物軍に属する魔物は有事の際以外は好きな場所に住んでいる。だが、此度は戦争という最大の有事である為、城の空き部屋にて待機していたのだ。


「なぁ、ガルモデの旦那よぉ」


 モグラ型の魔物の呼びかけに、ガルモデが振り返る。


「何でぇ、モッさん」

「新入りの様子見てきてやったらどうです? アンタ軍隊長なんですから、責任あるでしょう」

「ヤだよ、面倒くせぇ。いくら人間とはいえ世話が必要な赤子じゃあるめぇし」

「んでもよぉ、万が一ピィちゃんに何かあったらどうすんです」

「はははっ! おいモッさん、そりゃ本気で言ってんのか」


 ガルモデは魔草を乾燥させて束にしたものに火をつけると、一息に吸った。


「――ピィなら大丈夫だ。間違っても、あんな優男一人に遅れを取るヤツじゃねぇ」

「んー、まぁそりゃそうっすけど……」

「けど?」

「……もしもですよ? 部屋教えたのが旦那だってピィちゃんにバレたら、ぶっ殺されません?」

「……」

「……なんです」


 沈黙。

 だが次の瞬間、ガルモデは煙草を投げ捨てモッさんに頭を下げていた。


「すまねぇモッさん! 明日一日おめぇさんの掘った穴に俺を匿ってくれ!」

「ええええ嫌ですよ! 俺まで共犯になっちまうじゃねぇですか!」

「頼む! 怒ったピィはメルボおばさんに告げ口して俺の好物無くしてくるんだ!」

「そりゃ自業自得でしょうが!」


 そうしてやいのやいのと言い合っている時である。

 ふいに、ガチャリと扉が開いた。


「お! 恩人さんのお帰りだぜ!」

「待ってたぜオメェ! なぁうまくやりやがっ……た……!?」

「なんだと……!」

「……お、お前……!」


 部屋に入ってきたクレイスの無表情を見た魔物共が、一斉に固まった。

 ――さもありなん。クレイスの左頬には、くっきりと平手打ちの跡が残っていたのである。










「――何? 吾輩が、お前に平手打ちを?」

「ええ。俺たち、すっかり長く話し込んでしまったので。何かよからぬ事になったと疑われるよりは、俺はバッチリ振られたのだという証拠をここは一つ……」

「何だかよく分からんが、それぐらいなら遠慮無くくれてやるぞ」

「エフッ!!」


 ビンタされたいという訳のわからん願いを聞いてやり、ピィはクレイスとの密談を終了した。あまり加減はできなかったが、そこは勇者であるし大丈夫だろう。

 しかし、これから考えることは山のようにある。クレイスを容赦無く追い出したピィは、穏やかな寝息を立てるケダマを抱きしめてベッドに寝転んだ。


「……」


 脳内で、クレイスから聞いたばかりの内容を整理する。これら情報に矛盾は無いように思えたが、如何せんどこからどこまで真実なのかが判別がつかない。


 だけどもし、彼の言ったことが全て本当なのだとしたら。


 ……世界征服は困難であるばかりか、魔国は今自分が思っている以上に窮地に立たされていることになる。


「……嘘を見抜ける魔法なんざ、無いものかな」


 天井を見上げて呟く。

 クレイスの舌を引っこ抜く力、毛髪を一本残らず燃やしてしまう魔法なら知っている。けれど、相手の言葉の真意を知る方法なんてピィには何一つ心当たりが無かった。

 ぐう、と呻いてケダマを抱え直す。……元々あまり、頭を使うのは得意な方ではないのだ。考えていると頭痛がしてくる。

 目を閉じる。“栄えるノマン王国”、“不自然な王”、“各国の衰退”――断片的なクレイスの言葉を思い出しながら、ピィはケダマのほどよい体温を抱きしめてうとうとと眠りに落ちていった。

 なんだか、夢の中でもずっと考えていた気がする。


 ――だからだろうか。

 翌朝。ピィは、数年ぶりに寝坊をした。


「ケダマァッ! 何故起こしてくれなかった!」

「みょみょみょみょっ!」

「何!? 起こしてくれてたのか!?」

「みょみょ!?」

「いやすまん! やっぱ何言ってるか全然分からんわ! ああああそこのヘアバンド取ってくれ!」

「みょーっ!」


 髪が邪魔にならないようにサッとヘアバンドをつけ、急いで服を着替えて扉を開ける。だがそこに立っていた者を目にした瞬間、ピィは心臓が止まりそうになった。


「や、おはようございます、ピィ」


 長い白髪を結い上げた美麗な男が、片手をあげてにこやかに挨拶をした。――ルイモンドである。

 一見すると、朝の遅い魔王の様子を見に来た甲斐甲斐しい部下に思えるのだろう。しかし長い付き合いのピィには、これが彼の大変良くない表情であると分かっていた。

 冷や汗を流しつつ、彼女は一歩後ろに下がる。


「……お、おはよう、ルイモンド……」

「今朝はえらくのんびり屋さんでしたねぇ。魔王たる貴女にしては、珍しい」

「は、はは。少し悪い夢を見てしまってな……」

「おや、そうなんですか」

「う、うむ。だ、だが次からは寝坊しないよう気をつけるぞ! だからまずは食事に……」

「ええ、寝坊をしないことは大切です。……ですが、もっと大切なことが他にありますでしょう?」


 ルイモンドの横をすり抜けようとするピィだったが、ガシッと肩を掴まれる。そして、彼の鼻筋の通った美しい微笑みがずいと近づけられた。


「……お分かりですよね? それは、嘘をつかないことです」

「……え、えーと」

「ピィ、昨日貴女に何があったか、教えてくれますか?」


 ――こうなると、もう詰みなのである。昔からお馴染みの展開に、ピィの心は完全に白旗を振っていた。


 ……少なくとも、ルイモンドには嘘を見抜く魔法なぞ不要なようである。

 というか、コイツをクレイスにぶつければいいんじゃないか?


 そんな思いがよぎったが、少しずつ怖い目になっていくルイモンドに、慌ててまるっと昨夜の出来事を吐いたピィなのであった。

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