3 魔道具

 翌朝。

 なんとヒダマリは、問題無く歩けるレベルにまで回復していた。


「竜の妙薬はすごいな。痛みが嘘のように引いてる」


 腕を回してみたり跳んでみたりするヒダマリに、ネグラは渋い顔をする。


「……あくまで鎮痛作用が効いてるだけで、実際治ってるわけじゃない。本来ならあと二日は安静にしておくべきだ」

「大丈夫、これぐらいなら忘れておける」

「忘れんなっつってんだろ! 頭どうなってんだ!」


 ツッコんでおいて、ゲホゲホと咳き込む。……昨日かららしくない大声を出しているので、喉への負担が尋常じゃないのだ。全部コイツのせいである。もう嫌。

 とはいえ、見捨てることもできず。


「……せめてもう一日寝てた方がいいよ。少し行った先に装置があるんだけど、そこに仲間の魔物が待機してる。その子を通して、助けを呼べるから」

「……魔物か」

「何? 嫌?」

「嫌じゃない。ただ、まだ魔国がヨロ国と手を結んだことが飲み込めていなくてさ」

「ふぅん」


 首を傾げる。特に他意は無かったのだが、それを見たヒダマリは慌てて付け加えた。


「魔物自体が嫌いってわけじゃないんだ。たださ、俺らはもうノマン国にも裏切られてるわけだろ? その上魔物は人と比べて個における力が段違いだ。だから今もし魔国に内部から攻められたら、一瞬でヨロ国は瓦解する。それを考えれば、助けてくれた君はともかく魔物全体をすぐに信用するのは難しい」

「……そこまで深く考えないで大丈夫だとおもうけど」

「え、なんで?」

「魔王様はじめ魔物達に、そこまで考える力があるとは思えない……」

「……」


 微妙な顔をしてこちらを見られる。仕方ないだろ、本当なんだから。


「とにかく、僕はその魔物の所に行ってくるよ。ヒダマリはここで寝てて」

「今離れ離れになるのは得策じゃない。お互いひ弱同士だ。敵に攻めてこられたらまずい」

「お前昨日すごい魔法使ってたじゃん」

「あれは魔法じゃない。魔道具だよ」


 ――魔道具。

 心惹かれる言葉に、ネグラの足がピタリと止まった。


「……見たいのか?」

「……」

「気になるのか?」

「……」

「これは“ユキハネ”と言ってな、風の魔力と扇風機を応用した魔道具だ。ほら、結構薄いだろ。コイツを雪の下に忍ばせておくと、数秒後半径五十センチから三メートルの雪が吹き飛ぶ。元は雪かきを想定されて作られたんだがコイツはあまりにパワーが強すぎてな」

「なるほど、それで人ごと吹き飛んだのか。そりゃ危ない」

「雪は人間が思ってるより重いんだぜ。まあ一応想定の内だったんだが、それを差し引いてもユキハネの力は強いな」

「じゃあ魔力水晶を一回り小さくしたらどうだよ。単純に出力を低下させたら……」

「そうなると基礎馬力が足りなくなる」

「あ、そっか。なら魔力水晶は据え置きで……この辺に制御装置とか噛ませたらどう?」

「それも考えたんだが、魔力制御となってくると人間の道具では及ばないんだ。完全封印ならできるんだが……」

「そうなんだ。……あの、僕の開発した中にその制御装置的なヤツがあってさ。簡易的なものなら今持っててるから、見てみる?」

「うわうわうわ、ぜひぜひぜひ。……あー、なるほど。ここでこうやって魔力水晶かましてるんだな。でもそれだと魔力水晶同士で力の競合が起きないか?」

「ああ、そこは種類を変えてるんだ。実は魔力水晶には対極関係ってのがあって……」


 と、ここでネグラはようやく当初の目的を思い出した。頭を振り、前のめりにやってきていたヒダマリを押し戻して再び立ち上がる。


「き、聞いてもないのに説明してくれやがって。僕はもう行くからな!」

「待ってくれ! 後生だ、もっとその対極関係ってのについて教えてくれ!」

「だから土下座をやめろ! なんでお前の頭そんなに軽いの!?」

「逆に頭下げるだけで望みが叶うとしたら、下げない理由なくね?」

「一ミリの誠意も感じられないひでぇ理由だな!」


 薄々は気付いていたが。ネグラは深いため息をつき、小屋のドアに手をかけようとした。

 しかし、ヒダマリからの反応が無い。てっきりもう一悶着ぐらいあると思っていたのにと違和感を抱いて振り返ると、土下座した体勢のまま床に崩れていた。


「ヒダマリ!?」

「……ッ!」


 近づいて様子を見る。微かな息の中で、何とか言葉を拾った。


「……昨日からずっと……何も食べてないの、忘れてた……」


 ……。

 そういえば人って、燃費が悪いからこまめに食べないと死ぬんだったな。

 三日に一度食事を摂ればそれで済む竜族のネグラは、急いで外に飛び出した。










 怪我人でも、ウサギの丸焼きは食べられるのだろうか。


「もしゃもしゃもしゃもしゃ」


 食べてるな。良かった良かった。


「塩が欲しい」

「注文つけんな」

「こちとら怪我人だ。エネルギーを蓄えないといけない」


 ああ言えばこう言う奴である。けれどネグラは、ほんの少しだけヒダマリと話すのが楽しくなってきていた。


「ヒダマリ。これ食ったらすぐに移動するぞ」

「え、なんで? 絶対安静じゃなかったのか」

「火を使っちゃったからさ。今までは何とか追手にバレてなかったと思うけど、もうこの煙で位置が知られたと思う」

「確かに。まあでも、少し離れた場所に持ってきたドロステンを仕込んでるから、万一襲撃されたとしても多少の時間は稼げるよ」

「げ、お前いつの間にそんなもの仕掛けて……」


 恐らく自分が出かけている隙にだろう。嫌な顔をしたネグラだったが、続けて言おうとした文句は外から聞こえてきた野太い悲鳴にかき消された。


「……」

「……」


 外に溢れる怒号。一方沈黙する小屋の中。


「……ちなみに聞くけどさ」

「うん」

「ドロステンってどういう魔道具?」


 ぐちゃぐちゃという粘着質な音が、兵士らの声に混ざる。それであらかたの予想はついていたが、聞かずにはいられなかった。

 そしてウサギ肉の最後の一欠片を口に放り込み、ヒダマリは答えたのである。


「外部からの刺激をスイッチとして地面を液状化させる……。まあ、泥沼の罠だな」

「よし、今のうちに逃げるぞ」

「あ、三分経ったら一気に固まるから、もう少し待っててもいいと思う」

「ほんと極悪な仕様にしやがる、このマッドサイエンティスト……!」


 ネグラは小屋の床板を跳ね上げると、ヒダマリを抱え上げた。

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