ネグラとヒダマリ
1 ネグラ兵器長の災難
そして時は二日前まで遡る。
魔物軍兵器長・竜族ヒト型の魔物ネグラは、一人雪の積もる葉をかき分けながら茂みの中を進んでいた。
「……なーんで僕が、こんな事しなくちゃいけないんだ……」
ぼやいてみても聞く者がいるわけでなし。加えて、誰かと協力するのが億劫で手伝いを断ったのは自分自身なのだ。ネグラはため息をつくと、歩みを進めることにした。
ルイモンド参謀長の“目”と呼ばれる使い魔――ハリポチ鳥の声を頼りに、雪に紛れた空間転移装置を見つける。……これで五つ目だ。ノマン王国軍は、思ったより念入りに装置の場所を分散させているらしい。
まあ、見つかるような所に置いてあるんだ。どうせまた……。
「ほら、壊れてる」
魔力の要である水晶のかけらを摘み上げる。こういった魔法道具は、個々によって形の違う水晶を核に作られており、こうなってしまえばもう直しようがなかった。
またため息をつき、緑色のボサボサ髪をかく。三本生えたツノの内一本に指が引っかかり、小さな傷を作った。
「……?」
――そんな時である。彼の空色の目に、横たわる真っ白な服を着た人影が映ったのは。
「……人?」
恐る恐る近づいてみる。白衣を着た人影は、先ほど自分が装置を回収した場所から少し離れた草むらの中に倒れていた。
眼鏡をかけた、栗色のふわふわとした巻毛の男だ。どう見ても兵士のようには見えないが、一体誰だろう。
……これでもしヨロ国の人間なら、同盟を結んだ立場上連れて行ってやらねばならない。でもそれは嫌だなぁ、面倒くさいなぁ。
そんな不届きなことを考えていると、突如男が目を開けた。
「う、うわっ……!?」
「……」
「あ、え、あ、いや、ぼ、僕……!」
くりくりとした目に見つめられ、思わず尻もちをついて後ずさる。
――普段から城の中に引きこもり、拾ってきた人間の道具を解体しているような自分だ。魔物とすら話をしないのに、人と話したことなどあるはずがない。
しかしそんな事情など露ほどもしらない人間は、一度うっすら目を細めると、弱々しくネグラに向かって手を伸ばしてきた。
「え……え?」
「……」
――助けを、求められているのだろうか。
だがその淡い疑問は、男が自分のツノを両手で掴んできたことで一瞬にして瓦解した。
「捕まえたー!!!!」
「ええええええええ!?」
「やったコイツァ竜族じゃないか!! ツノを削り取り粉末にし媒体として練り込みさえすりゃ魔力回路及び集積装置の魔力伝導率がアホみてぇに跳ね上がる!! ありがとうプラショの神様!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「しかも生きてる! 生きてるってことは現在進行形でツノに魔力が送り込まれてるってことでつまり各効能は倍以上のものが期待できるから……!」
プラショの神とは、ヨロ国が代々信仰する神である。五千三百二十六本ある腕で雪をかきあつめてヨロ国を作り上げ、今なお雪の結晶に己の目を潜ませ民を見守っているという……。
まあそれはどうでもいい。ネグラは力任せに男を引き剥がした。
「や、や、や、やめ、やめろ! 何するんだ!」
「うわっ、喋るのか! ならば竜族の中でも上位にあたるヒト型高知能科にあたるからますます貴重な……」
「き、気持ち悪いな、人間! ぼ、僕なんか捕まえたって何にもならないぞ!」
「そんな事はない!」
なんと人間は、雪に頭を突っ込む土下座をネグラにかましてきた。
「頼む竜族! 突然の願いで申し訳ないが、君の体を俺に献上してくれないか!」
「僕の体を!? ヤダよ!! イヤに決まってるだろ!!」
「最初はツノだけでもいいかと思っていた……! しかし、やはり生きた竜族というのは貴重過ぎる! 体ごと欲しい!」
「ツノだけでも嫌だよ!! なんだお前!?」
久しぶりにこんな大声を出して、声が掠れてきたネグラである。一方土下座スタイルをきめていた男は、突然ハッと何かに気づいたように顔を上げた。
「そ、そういえば……ここは、ヨロ国か? 君に夢中になり過ぎて頭から飛んでいたが……!」
「え? あ、ああ、うん……そうだけど……」
「こうしちゃいられない! 君、今すぐ俺と来てくれ!」
「ど、どこに!? 僕関係ないだろ!」
腕を掴まれ無理矢理引っ張られながら、ネグラは尋ねる。対する男は、走る足を止めることなく答えた。
「君に逃げられるのは惜しいからな!」
「だからそれはお前の事情で、僕は関係ねぇっつってんだろ! だ、大体お前はどこの誰なんだ!」
「俺の名前はヒダマリ」
それを聞いたネグラは、なんとも態度に似合わない朗らかな名前だなと思ったものである。
「ヨロ国立魔法科学局実装置研究課の課長だ。そしてノマンに捕われていたヨロ国の研究者の内の一人でもある」
「え、ええええ!? そ、それってもしかして……!」
「そうだ。俺はそこから逃げ出してきて、現在追われる身というやつだな。一応ここの転移装置は壊したが、もしかしたら追手が来るのは時間の問題かもしれん。すまない」
「す、すまないって……!」
「いたぞ! こっちだ!」
野太い声に後ろを見ると、ノマン国の紋章をつけた兵士が数人こちらに向けて走ってきていた。ネグラは、サッと自分の顔から血の気が引く音を聞いた。
「もう来ましたけど!?」
「そのようだな」
「止まれ研究者! 記憶錠を返せ!」
「クソッ、魔物も一緒だ!」
「ハン、たかが一匹だろ! そっちは殺して研究者だけ生け捕りにしろ!」
「ヒィッ! なんで僕が狙われてんの!? お、おいヒダマリ! いい加減僕の手を離せよ!」
「ところで君の名前は何という? 名を呼ぶ時不便なんだ。教えてくれ」
「なんっで冷静なんだ! ああもう! ネグラ! ネグラだ!」
「ネグラ君か。なんか変わった名前だな」
「お前に言われたかねぇんだよ!!」
つきたい悪態は山ほどあったが、今は追手から逃れることの方が重要である。
しかしかたや研究職、かたや引きこもりだ。あっという間に兵達に距離を詰められてしまった。
「くっ……このままじゃ逃げ切れない。ネグラ君、一瞬だけ奴らの気を引けるか?」
「い、いきなり何だよ! 僕は魔物の中でも最弱だぞ! そんなことできるわけ……!」
「じゃあもうアイツらの前に向かって走るフリだけしろ! 合図したら走れよ!」
「えええええ!? そんな無茶な……!」
「はい、せーの!」
「う、うわああああ! もうううう!!」
ヤケクソになったネグラは、ヒダマリの指示通りくるりと返って兵に向けて走り出した。やってきた竜族の魔物に当然どよめいた兵達だったが、迎え撃とうと魔法の詠唱の準備に入る。
だが、ヒダマリの方が早かった。
「……ナイスだ、ネグラ君。行くぜ、ユキハネ――!」
ネグラの足元がぶわりと膨らむ。と思った次の間に、彼の体は空に放り投げられていた。
「風雪垂直下!!」
空から、大量の雪が落ちてくる。
「僕ごと!?」
そして兵とネグラはふわふわの白銀に叩きつけられ、どさどさと降る雪の塊に埋もれたのであった。
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