17 玉座の間の戦い

「――つくづく、私は人を見る目が無くて嫌になるよ」


 バリュマへの凶刃を刃の細い剣で防ぎ、ヨロ王は言った。


「詩にもうたわれたヴェイジル軍大臣が、背信の徒となっていようとはな。何故、このようなことを……!」

「人は見かけによらないものさ、ヨロ王」

「よもやミツミル国王不在も貴様の仕業ではないだろうな! ヴェイジル!」

「ご想像に任せるとしよう。クク……そんな顔をするな。そう的外れな推測ではないよ」


 返事の代わりに、剣を弾く。……病身のどこにそんな力があったというのか。ヴェイジルは少し意外そうに目を細めた。


「王!」


 まだ剣を構える王の後ろで、バリュマが声を上げる。


「助けてくださり、ありがとうございます……! ですがどうかお逃げください! ここは私が引き受けます!」

「いや、この数では我らが逃げる前に殺されよう。それよりそなたは応援を呼んできてくれ」

「しかし……!」

「急ぐのだ、バリュマ。……長くはもたない」

「……ッ」


 額に脂汗を浮かべるヨロ王に、バリュマは覚悟を決めて走り出した。だが彼を殺さんとミツミル兵の一人が前に出る。

 しかし数歩も行かぬうちに倒れた。兵の首は、ヨロ王によって刺し抜かれていた。


「行かさんよ。ここは私が相手だ」

「やれやれ、これは困ったことになったねぇ。まあ娘さえ残っていれば、王如き消しても構わんか。……おい」

「ハッ」


 ヴェイジルに指示を出された三人の兵士が、マリリンの元へ向かう。彼女は一瞬身を強張らせたが、すぐに正気を取り戻すと部屋の奥へと走り出した。


「マリリン!」

「よそ見をしている暇は無いぞ!」


 ミツミル兵の剣がヨロ王に振り上げられる。それを刃先で受け流し、ヨロ王は兵の腕の中に倒れ込んだ。


「……変わった剣だろう」


 剣を引き抜く。心臓を一突きにされていたミツミル兵は、その場に崩れ落ちた。


「私は昔から病弱でね。力任せに振るう剣に憧れたものだが、結局こんな剣しか選べなかったんだ」

「……舐めやがって……!」

「とんでもない。こちらは大真面目だよ」


 言うなり、ヨロ王はふらりとその場にしゃがみこむ。二人の兵の剣が頭上でかち合った隙に王は素早く足を斬り、悲鳴と返り血を浴びた。


「……ッゲホッ、ガハッ!」


 だが、彼の体は致命的なまでに病に侵されているのだ。血の混じった咳払いに時間を取られ、ヨロ王は左から来る剣を見切る事ができなかった。


「――ふむ、見事だよ」


 傷を負った脇腹を押さえつつ反撃し兵を黙らせた王に、静観をきめこんでいたヴェイジルが呟く。

 既に部下を数人殺されたというのに、男は不気味な笑みを浮かべていた。


「死の淵にいながらにして、その執念、その強さ……。なるほど、ノマンの野郎が制圧を面倒くさがるわけだ」

「ノマンの野郎、と、きたか……。貴様にとって、彼は、主君ではないのかね」

「ああ、主君だとも。俺の欲望を満たしてくれるありがたーい存在さ。……しかし、そろそろ余興はしまいにしよう。俺の分が無くなってしまってはつまらんからな」

「俺の分……?」

「きゃあああああ!!」

「マリリン!?」


 ヨロ王の目を向けた先にいたのは、部屋の隅に追い詰められたマリリン。兵士に囲まれた彼女に、逃げる場所はもうどこにも無かった。


「行かせるものか!」

「ぐっ……!」


 しかしマリリンを助けに行こうとした王は、兵士の剣に阻まれる。

 彼の見る前で、兵士の手が王女に伸びた。


「みょみょみょーっ!!」

「ケダマちゃん!?」


 だがそうはさせまいと、彼女の後ろからピンク色の毛玉が転がり出てくる。ケダマは全身の毛を逆立て、懸命に兵士を威嚇した。


「みょみょーーっ!!」

「ダメよ、隠れてないといけないわ!」

「なんだお前……! また魔物か! どけ!」

「みょみょみょみょ……みょみょーっ!」

「うわっ!?」


 突如として、ケダマが天井を突き破らんばかりに膨れ上がる。兵士を弾き飛ばしたケダマは、そのままぎゅっとマリリンを体毛の中に包みこんだ。


「ケ、ケダマちゃん! 何を……!?」

「みょっ!」

「なんだこいつは!? クソッ、どけっ!」

「斬れ! 細切れにして殺してしまえ!」

「みょっ……!? ……みょっ! みょみょっ!!」

「ケダマちゃん! ダメよケダマちゃん! どいて! 怪我をしてしまうわ!」


 ミツミル兵の剣はケダマの体を裂き、柔らかな毛に漆黒の血を滴らせる。それでもケダマはイヤイヤするように体を震わせ、マリリンを包んだまま動かなかった。


「ケダマちゃん……!」


 そんなケダマの体を、マリリンはぎゅうと抱きしめた。


「……分かりましたわ。私達、ピィちゃんが帰ってくるまで、もう少しだけ耐えましょうね」


 とある呪文が彼女の唇から紡がれる。その間に、当たれば無事では済まない大剣が、ケダマに向かって振り上げられた。

 しかし僅かにケダマの方が早かったのである。


「みょおーーーーーっ!!!!!!!」


 “空鳴らしの声”をかけられたケダマの鳴き声が、その場にいた全員の鼓膜をつんざいた。

 思わぬ不意打ちによるショックの中、いち早く立ち直ったのはマリリンである。力尽きて元の大きさに戻ったケダマを抱え、走り出した。


「待て! もう許さんぞ!」

「くっ!」


 しかし鈍足の乙女マリリンは、またも兵士に追いつかれてしまう。せめてこの子だけは守ろうと、腹の下にケダマを押し込みうずくまった。

 栗色の巻毛を手荒く引っ張られる。無理矢理連れて行かれようとして、今度はカーテンにしがみつく。苛立った兵士に平手打ちをされ、眼鏡が壊される。

 それでも、マリリンは折れなかった。


「絶対に……動きませんわ……!」


 眼鏡の破片で頬から血を流したマリリンは、カーテンに爪を立てたまま絞り出すように言う。


「ピィちゃんが帰ってくるまで……私は負けません! 殴ってごらんなさい! 蹴ってごらんなさい! 何をされても、私は絶対動きませんわよ!!」

「みょみょ……みょー……!」

「……もういい。気絶させて連れて行け」

「はっ」


 マリリンに暴力が迫る。恐怖する彼女は、震えるケダマを強く抱きしめた。

 その時である。


「マリリンーッ!!!!」


 窓ガラスの割れる音と共に、凛々しき女性の声が響く。

 玉座の間の窓を盛大に突き破りド派手に登場したのは、大鷲に乗った魔王であった。


「ピィちゃん!!!!」

「すまん、遅くなった!」


 彼女はボロボロになったマリリンの姿を見つけるなり、大鷲から飛び降りる。マリリンと兵士の間に着地したピィは、凄まじい眼光で兵士共を睨んだ。


「大体の事情はバリュマから聞いた。……お前ら、吾輩の友達をよくもここまで傷つけてくれたな!」


 怒るピィの真っ赤な目には、まるで炎が宿っているかのようである。


「――任せろ、マリリン。後は全部、この吾輩が始末をつけてくれる」


 ピィの体に、青い炎がまとわりついた。

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