12 宝珠
情報を得たピィとマリリンは、こけつまろびつ玉座の間へと向かった。
「うむ、私もちょうど今知った所だ」
ヨロ王の前には、ダブルスパイとして動くバリュマの姿があった。
「しかし早いな……。同じタイミングで知るとはどういうことだ」
「ルイモンドは優秀なのである」
「なるほど、お互い良い部下を持ったということか」
ヨロ王はため息をつき、ゴホゴホと咳き込む。……今日の彼の体の具合は、かなり悪そうだ。
「でも、装置とやら使ってこっちに来るならそれを壊せばいいんじゃないのか? わざわざ迎え撃たなくったって」
「ピィちゃん、それがなかなか難しい話なんですの」
ここ数週間ですっかりピィのことを友人認定したマリリンは、頬に手を当てて首を振った。
「空間移動魔法装置は技術者により何重にも魔法をかけられており、大変丈夫にできているのです。ちょっとやそっとじゃ壊れませんし、壊そうと苦心する間に敵に気付かれてしまうと思いますわ」
「丈夫過ぎるだろ。何故そこまでやったんだ」
「人を送信している間に壊れようものなら、あちらとこちらで体が真っ二つになるからです」
「エッグい」
「けれど、そうでなくても今回は特に壊れにくくなっていると思います」
マリリンは、強い瞳でピィを見つめる。
「あれは何もノマンだけが使えるものではありません。私達だって使えるのです。……うまくやれば、それを使って逆にノマンに乗り込むことだってできます」
「人質を取り返すというのか」
「ええ。直感ですが、これを作らされた者達もそれを期待していると思うのです。もっとも、使うには適切なタイミングを見定める必要がありますが」
「ならばそちらはしばらく泳がせるか。我らは迎撃の準備を優先するとしよう」
ピィの言葉に、ヨロ王も頷く。それと同時に、魔物軍の数名がドヤドヤと何の遠慮も無く部屋に入ってきた。
「戦争がおっ始まると聞いて!」
「ヒャッホー! 暴れるぜぇ!」
「前魔王様の仇じゃ! 思い知れノマンの野郎共!」
「おいオメェら口を閉じろ! くっちゃべってたら俺が喋れねぇだろうが!」
ガルモデにびしりと一喝され、部下らはしゅんと黙る。彼らを押しのけ前に出たガルモデは、胸を張って魔用紙を広げた。
「ルイモンドから話は聞いた。早速だがヨロ王さん、布陣について確認させてくれ」
「うむ」
「約束通り、魔物軍は一番攻め込まれやすいヨロ国南の国境付近を守る。険しい雪山に囲まれてっから西と東は心配ねぇと思うが、念の為雪に強ぇ地元の魔物を配置しておくぜ。多少野生動物を食うとは思うが、生態系に影響を及ぼさない範囲だ。許せ」
「あ、ああ、軍隊長は相変わらずユニークな注意を付してくれるな……。というかあの山にいたのだな、魔物」
「おう、普段は雪と完全同化しているから見えねぇけど、ニュルシウサギとユキマンジュウがいるぜ。ユキマンジュウはニュルシウサギみてぇに鋭い爪は無いが、その気になれば口を一メートル近く横に伸ばせる。兵士を驚かすには十分だろう」
「ユキマンジュウ……」
「そんで、軍隊長の俺は南に陣取る。ルイモンドは上空を旋回して都度状況報告に動いてくれるとさ。北の国境はそちらの兵士さんで頼むぜ」
「人と魔物を混ぜる、というわけにはいかぬのかな」
「何せ訓練する時間が無くてな、まだ魔物はノマン兵とヨロ兵の区別がつかねぇんだよ。ヨロ兵が巻き添えくらいたくなかったら、分けとくのが賢明だ」
「ううむ、惜しいな……」
ヨロ王に説明するガルモデの隣で、ピィはキラキラと光る魔用紙をじっと眺めていた。……ガルモデを表す印が、先日マリリンが兵士に追いかけられていた場所に浮いている。このくるくる回っている白い印はルイモンドだろう。
けれど、どこを探してもピィの印らしきものは見当たらなかった。
「……なぁガルモデ。吾輩の駒が無いんだが」
「あ? オメェは大将だぞ。戦場になんざ、おいそれと出すわけにはいかねぇに決まってんだろ」
「ええ!?」
「ピィはヨロ王と一緒に引っ込んどけ」
「嫌だ嫌だ! みんなが戦っておるのに吾輩だけ留守番などできようものか!」
「留守番じゃありません。ピィさんには、ヨロ王の護衛をしていただくのです」
どこからともなくミイラマンが現れる。それがあまりに突然だったもので、ピィはビクッと身を震わせた。
「いつもヨロ王に付き添っておられる王妃は、回復魔法のエキスパート。いざ戦争が始まれば、兵や魔物の回復に忙しくなります。ヨロ王と共にはいられない」
「だから、吾輩に王妃の代わりに守れと言うのか」
「そうです」
表情の見えないクレイスに、ピィはしかめっ面を作ってみせる。魔物もヨロ国の兵もいるというのに、その壁を抜けてここまでやってくる敵がいるとは到底思えない。それよりは、前線に出て仲間と共に暴れ回りたい。自分だって父の仇を討ちたいのだ。
そんな思いを込めてのひと睨みだったのだが……。
「なんですかその顔。可愛い」
ふざけた一言が返ってきたので、思いきり足を踏みつけた。痛みに床を転がるミイラマンをもう一蹴りしてやろうかと足を持ち上げるも、しかしその前にマリリンに止められる。
「そ、そこまででお願いします! 実は私もピィちゃんには父の護衛を頼みたかったのです! 私一人では不安だったので……!」
「何? マリリンも留守番をするのか」
「はい。私も父と共に残ります。その……臣下の皆様には心苦しいのですが」
「我が娘や、気に病む必要は無いぞ。今ここで、ヨロ国がお前を失うわけにはいかぬのだ」
「それは……存じているのですか」
ヨロ王の言葉に、ピィは少し引っかかるものを感じた。いつもの娘大事さ故の発言ではない、何か他に彼女を守るべき理由があるかのように思えたのである。
「……分かった」
だが、マリリンにこうまで言われてしまっては仕方ない。ピィは飲むことにした。
「ヨロ王とマリリンは、ここに残る吾輩が責任をもって守ろう。それでよいな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ありがとうございます、魔王様……! 夫だけでなく、娘まで……!」
「うむ、王妃は安心して仲間の回復に専念してくれ」
そうして会議は終わり、一旦解散する運びとなった。だが部屋を出て行こうとしたピィは、「待ってくれ」とヨロ王に引き止められる。
「何か用か」
「此度の戦争において、魔王殿だけにお願いしたいことがあるのだ」
「ほう」
部屋の外を振り返り、皆がいなくなっていることを確認する。それからピィは、ヨロ王の近くまで行った。
「ここで聞こう。用件とはなんだ」
「うむ。実は、他ならぬマリリンのことなのだがな」
「ああ」
「……もし万が一、魔王殿が私かマリリン、どちらかの命しか守れぬ状況に相対した場合……」
額に手をやり、ヨロ王は言う。
「魔王様殿。あなたには、迷わずマリリンを守っていただきたいのだよ」
「……ヨロ王よ。いくら病の身、父の身とはいえそういう事を言うんじゃない。聞いてないとはいえ、マリリンが悲しむぞ」
「いや、何もこれは父として言っているわけではない。私が病で明日をも知れない以上、今はマリリンが“宝珠”の継承者。ヨロという国は、彼女を失うわけにはいかないのだ」
「宝珠?」
「そうだ。……なるほど、マリリンから聞いていないのか。確かに、一般的に宝珠は第一王子が継ぐものだろう。しかしうちは……」
「ああ違う、それ以前にだな。……あの、なんだ? 宝珠とやらってのは。魔法の宝石のことか?」
知らぬ言葉に思わず尋ねる。するとヨロ王は、ぽかんと口を開けて黙ってしまった。
「……え? どうした? 何か吾輩変なこと言った?」
「いや、その……え? 宝珠さ、宝珠。ほら、ヨロ国建立の時より守られてきた宝珠。魔国にもあるだろう?」
「知らん……何それ」
「は、はぁぁ!?」
ギョロリとした目の王の顔が近づいたので、びっくりして身を引く。この王、何なら魔物より顔が怖いのだ。
「宝珠だよ!? 各国に預けられ、国の中核に据えることで国としての力を維持してきた伝説のアイテム! 宝珠!」
「ほんとに知らん……。そうだ、どんなものか見せてもらっていいか?」
「いや、おいそれと見せられるものじゃないんだよ! 国宝だと言ってるだろ!」
「しかし見ないことには」
「んんんん、それもそうか! ならば戦争が終わった後に見せるから! それまでにそなたも頑張って思い出したまえふっ! ごふっ! おふっ!」
「大丈夫か!?」
興奮しすぎてむせたヨロ王の背中をさすりつつ、ピィは何とか“宝珠”とやらの情報を頭の中で探る。しかし、やはり何の手がかりも得られなかった。
「……以前、マリリンは“ヨロはノマンに狙われる理由がある”と言っていた」
それてせめてヒントにでもなればと、ピィは他愛の無い推理を口にする。
「もしかして、その理由が宝珠とやらなのか」
「……ああ、そうだ。詳しくは知らないが、宝珠はその一つ一つが強大な力を持つという」
一息つき、ヨロ王は言った。
「――それこそ、全て集めれば世界を征服できるほどに」
“世界征服”という言葉に、ピィの表情が凍りつく。
「だから魔国にも宝珠が無いはずないんだよ。そんな大事なものをどこにやったんだ、そなたらは」
「う、うーん……後でルイモンドに聞いてみるよ。もしかしたらガルモデが訓練用に使ってるかもしれんし、メルボおばさんが漬物石代わりにしてるかもしれん」
「伝説のアイテムを日常に取り入れかねないのか、魔物らは」
「とにかく、探してみる。今はあまり時間が無いから行くが、ノマンを追い返した後にでももう少し宝珠について詳しく教えてくれ」
「ああ、分かった」
……父さんが伝え忘れたのかな。あの人、なんだかんだでうっかりしてる所あったし。
だが出て行こうとする前に、「マリリンはちゃんと守るからな。勿論ヨロ王も」と付け加えておく。それに王が片手を上げて返事したのを見てから、彼女は足早にその場を去ったのであった。
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