6 マチェック家

「……ベローザ、お前はどうやってこんな上物を手に入れたというんだ? 希少で、美形で……なんと素晴らしい」

「それはお答えしかねます。まあ、運が良かったということでしょう」

「運、ねぇ」

「ですが、その点で言えばツルモ様も同じでしょう。たまたま私との親交があり、その私が貴方様の望む子を手に入れていたのですから」


 ツルモの手がクレイスの頬を這う。ここで二人を遮るように、ベロウは一枚の紙を差し込んだ。


「さぁ、養子縁組の契約書です。この子を欲するのであれば、こちらにサインをお願いします」

「そう急くなよ。せめて一晩二晩経った後でも……」

「ああ、そうできれば良かったのですがね。生憎と彼は人気商品でして。もしここでご契約いただけないのなら、私は三倍の値で買いたいと言ってくださったテリュービ夫人の元へ彼を連れていかねばなりません」

「なっ……! 貴様、テリュービにも媚を売っていたのか!?」


 ツルモの小さな目が、ベロウを睨めつける。

 テリュービ夫人とは、ツルモと“同じ趣味”の貴族である。彼が普段から彼女を目の敵にし、何かと競い合っているのをベロウはリサーチ済みだった。

 こんな旨いネタを使わない手は無い。ベロウは笑みを深くし、両手を振った。


「とんでもない! 確かに、彼女の提示した金額に少々揺らぎはしましたがね。しかし貴方様との親交が深かったからこそ、先にこちらへ来たのではありませんか」

「むむむむ……!」

「で、どういたしましょう。夫人との約束は一時間後なのですが……」

「わかった、書類を貸せっ! こんな上物をあの雌猿にやるものか! ここで契約してやる!」

「ありがとうございます」


 契約書に貴族の名が殴り書きされる。ベロウはその紙を受け取ると、くるりと丸める頑丈な筒の中に入れた。そして事前にクレイスから学んだ魔法を唱え、鍵をかける。これで、自分以外の人間はこの書類に害を及ぼすことはできなくなった。


「……ところで、これは独り言ですがね」


 ――さて、これでようやく最低限の地盤は整った。ここからが“百枚舌”の本領である。

 獲物を前にしたベロウは、心の中で舌舐めずりをした。


「ツルモ=マチェック様……。あなたは、採掘された魔力水晶を納めるのと引き換えに、ノマン王国から資金を援助してもらってますよね?」

「ん? 突然どうした」

「いえ、実は先日、ちょっと妙なことを知りまして」


 そう言ってベロウが取り出したのは、採掘量のグラフである。


「これを見てみると、ある年を境にして、あなたの土地から異様に魔力水晶が売りに出されるようになってるんですよ」

「そ、それが何か……」

「かつ、同時期に貴方はガラス工房との取引を始めるようになっている」

「……」

「で、これを見た時、オレ様思っちゃったんですよね」


 ベロウは、ニィと歯を見せて笑った。


「例えば、綺麗に削ったガラス玉にうっすらと魔力をまとわせる。……そうすりゃ、一時的に魔力水晶とごまかせるようなガラス玉ができるんじゃねぇかなって」

「貴様、何を……!」

「ああ、もちろんこれはあくまで推測ですよ。もしかしたら、パチモンの水晶を納めてんじゃねぇかなーってのは。なぁ、クレイス君」


 その呼びかけに、クレイスは黙ってカツラを取ってみせる。中から出てきた漆黒の髪に当然仰天するツルモであったが、更に追い討ちをかけんとすべくベロウは自分の服をめくって腹に刻まれたノマン王国の紋章を見せつけた。

 貴族は息を呑む。この単なる落書きは、ベロウをノマン王国から派遣された偵察だと思わせるには十分だった。


「ベローザ……貴様、ワシを騙したな!」

「騙すだなんてとんでもない。確かに、オレ様はスノーコーラル族の希少種が売られていたとは言いましたけどね。でもそれを買ったとは、ましてやそれがコイツだとは一言も言っていませんよ」

「抜かせ! この契約は無効だ! 民衆の前で晒し首にしてやる!」

「まあまあ落ち着いてください。オレ様は、ただアンタとお取引がしたいだけなんですよ」


 落ち着き払ったベロウは、豪華なソファーにどかりと腰掛ける。そしてサングラスをかけると、悠々と両手を前で組んだ。


「忠告しといてやるが、今ここでオレ様を殺さない方がいい。殺せば、ノマンの王様にアンタの魔水晶は不良品だって証明したようなもんだからな」

「なっ……! し、しかしそれも証拠があるわけじゃ……!」

「証拠ならお前さんがノマン王国に納めたもんがあるだろ? 徳の高い魔法使いさんに調べてもらやぁ、一発で分かるシロモノがさ」


 ツルモがびくりと肩を震わせる。……こんな脅しで震え上がるとは、かなり杜撰な不正をしてきたらしい。


「……そんな怖がらなくてもいいよ」


 そしてベロウは、なおも悠然と構えている。


「オレ様としちゃあ、むしろお前さんの悪事は黙っておいてやりてぇくれぇなんだ。ノマンに貢献しても一文にもならねぇが、お前さんなら金をくれるだろ?」

「……チンピラめ。望みは何だ」

「ハハッ、話が早いねぇ。……何。他でもねぇこの子を、ノマン王国の兵となれるよう口利きしてやって欲しいだけさ」


 クレイスを親指で指差し、ベロウは言った。


「そんで、できるならノマンに重用されるよう取り計らってやって欲しいんだよ。……大丈夫、これはアンタの息子なんだ。うまくいきゃあ、アンタだって今より旨い汁を吸うことができる」

「このワシを……このワシを利用しようというのか!」

「利用だなんてとんでもない。協力し合おうっつってんだ」


 顔を真っ赤にし怒るツルモに、長い足を組んだベロウはいかにもおかしそうに笑う。


「安心しな。この子はアンタが思うより、ずっと賢い子だよ。……考えてもみろ、そこまで悪い話じゃないはずだ。この子は庶民から貴族に成り上がれる。ノマンは優秀な部下を手に入れる。アンタは優秀な部下を寄越した親として重宝される。そんでオレ様は、ここでアンタに子供を売った金を懐に納めておけるんだ。ほーら、これで誰も不幸にならない取引が出来上がるだろ?」

「お、お前が他人にバラさない保証はない!」

「ところがどっこい、人の売買はどこの国でも表向きは重罪だ。オレ様がアンタに子供を売ったってバレたら、アンタ諸共投獄されちまうよ」

「……っ!」

「つまりアンタがクレイスを買った時点で、オレ様らは同じ魚の目の中ってことさ」


 “同じ魚の目の中”というのは、日本の四字熟語“一蓮托生”と大体同じ意味である。

 逃げ場の無いツルモは、悔しそうに歯噛みしていた。


「……ベローザよ。何故、わざわざこんな大回りな真似をしたんだ。そのような取引がしたいなら、最初からそう言えば良かったのに」

「言った所でお前さんが取り合うわけねーだろ? すんげぇ美少年をチラつかせられたからこそ、アンタはオレ様みてぇな怪しい商売人と会ったんだ。……しかも、人払いまでしてくれてな」

「……」


 返す言葉も無いのだろう。ツルモは、黙って拳を震わせていた。


「ま、さっきも言った通り、みんなで黙ってりゃそう悪い話じゃねぇ。とりあえず契約は終えてんだ。アンタの息子はここに置いとくぜ」


 ベロウは立ち上がり、クレイスの後ろに回る。両肩に手を置き、彼にしか聞こえない声で「上手くやれよ」と囁いた。


「……一週間後にまた来るよ。ちなみに、もしそん時にコイツが何かイヤな思いしてたら、さっきのことを全部ノマン王にぶちまけますんで、そのつもりで」

「……」

「そんじゃ」


 スタスタとベロウは屋敷を後にしていく。門兵は、入ってきた時とはえらく雰囲気の変わった奴隷商人を不思議そうに眺めるも、すぐに道を開けた。

 取引は無事終えた。恐らくツルモは、クレイスを養子として引き取るだろう。クレイスは特に危害を加えられることも無く、ノマンへと続くパイプを手に入れられるはずだ。

 加えて、自分だってしばらくは食うに困らない金が入ったのだ。そう、まさしく万事快調、万々歳である。

 だというのに。

 ……月が自分を見下ろしている。その色に、何故かベロウは先ほど自分が売っ払った同居人を重ねてしまった。

 ――ああ、今更感傷だなんて実に馬鹿馬鹿しい。肩を竦めた彼は、月の光を避けるように、誰もいない我が家へと帰って行ったのであった。

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