4.お姉様と舞踏会

 そして翌日。舞踏会の朝を向かえた。


「わあ、お姉さま可愛い!」


 モアが天使の笑顔で俺を誉めそやす。俺は頭をかいた。


「そうかな。こんなフリフリ、なんつーか、あんまり落ち着かねーんだが」


「そんな事ないよ。可愛いよ!!」


 モアが力説する。可愛いのはモアのほうだ。


「モアこそ。いつもに増して可愛いぞ」


「もうー、お姉さまったら!」


 モアがピンク地に水色と白のリボン、フリルのたっぷりついたドレスを着てくるくると回る。


 俺は白地に黄緑のリボンのついたドレス。もちろん頭にはお揃いの髪飾り。


 このドレスはモアが選んでくれたものだ。


 初めは俺もピンクのフリフリだったんだけど、そんなフリフリ着れるかとゴネて、リボンやフリルの控えめな、色もデザインも落ち付いたものになったのだ。


 どうせ女に生まれたんならダサいゴリラみたいな女よりは可愛い美少女になりたい――そういう気持ちもない訳では無いが、どうもこの世界の服装のセンスは俺には合わない。


 やたらにフリルやリボンをつけたり。俺はもっと動きやすいほうがいいのに。


 柱時計が舞踏会の始まりを告げる。


「いけない、舞踏会が始まっちゃった! 早く行かなきゃ」


 モアが時計を見て飛び上がる。


 舞踏会の場所は王宮の母屋一階にある大広間。俺たち王家の住む部屋は離れの三階にあるから少し離れてる。

 

 二人で大広間へ向けて走る。


「あークソだりぃ」


「しっかりして、お姉さま」


 だってよー、やっぱり舞踏会なんて面倒臭いんだもん。


 会場につき、豪華な装飾に彩られた扉を開ける。


「わあ、人がいっぱい」


 中の光景を見るや否や、モアが目を輝かせた。


 大広間にはきらびやかなドレスを着た身なりの良い男女が大勢いて、ピアノの音色に合わせて踊ったり、酒を手に談笑したりしていた。


 ここエリス王国は、大陸の西南に位置するこれといった資源も特産物もない小国ではある。


 だが周囲を囲むフェリル、イルク、ゲルークデナンという大国との貿易の中継地点としてそれなりに栄えている。


 見ると、それらの大国の王族や貴族たち、さらには少し離れた北方の大国アレスシアや南方ブレナレットの王族まで数多く来ているようだ。


「なんだか人ごみに酔いそうだぜ」


 ため息をつく俺を見て、モアはくすりと笑う。そしてきょろきょろと辺りを見回し不思議そうな顔をした。

 

「そういえば、レオ兄様は来てないのかな?」


「来ているに決まってるだろ! ほらあそこ!」


 俺は、壁際で貴婦人たちを侍らせている金髪の男を指さした。


 レオ兄さんは俺より五歳年上の兄貴で、一応この国の王様なのだが、俺はこの人が少し苦手だ。


 俺が冒険者になりたいってのをよく思ってないってのもあるけど、それだけじゃない。


「本当だ! お兄様ー!」


「あ、おい!」 


 モアが駆けていくので、仕方なく俺もその後を追い、レオ兄さんのもとへと走る。


 レオ兄さんが俺たちに気づいて振り向いた。程よく筋肉のついた細身の長身。さらさらと流れるような金髪。鮮やかなグリーンの瞳。腹が立つぐらい整ったその顔。


「やあ、僕の子猫ちゃんたち!」


 兄さんが少し微笑んだその瞬間、白い歯がきらりと光り、背中にキラキラと星や薔薇のエフェクトが舞った……ように見えた。


 キャー、と黄色い歓声が舞い上がる。周りにいた貴婦人たちは顔を赤らめ、中には失神者まで出ている。ケッ。


 なぁーにが子猫ちゃんだよ! 女たらしのキザ野郎め!


「兄さ......陛下、ここにいたのかよ。アビゲイル姉さんは?」


 俺はわざと去年結婚したばかりの兄さんの妻の名前を出す。兄さんはへらへら笑う。


「え~? なんだよ~こういう時ぐらい好きにさせてくれよ~」


 クズだ。こいつは人間のクズだ。思わず眉間にしわを寄せてしかめっ面をする。


 妻帯者の身でありながらあっちに美女がいると聞けば口説きに行き、こちらに美少女がいると聞けば浮気をしに行くその根性、何とかならないものかね。


 不倫なんてもってのほかだと俺は思う。たとえ愛情の伴わない政略結婚だったとしても、一度生涯を共にすると誓った夫婦なのだから。それを破るなんて男らしくなーーーい!!!!


「やーん、陛下の妹君、二人とも可愛いのね。特にミア姫様は陛下そっくり。まるで双子のよう」


 レオ兄さんがはべらせている貴婦人のうちの一人がそう言ってにっこり笑う。


 俺はウッ、と言葉に詰まる。


 確かにはたから見ると俺とレオ兄さんは似ているのかもしれない。

 金髪のサラサラストレート。少し釣り目気味の鮮やかなグリーンの瞳。

 今日の服装を見ても、事前に打ち合わせもしていないのに、レオ兄さんは白い燕尾服に黄緑色の蝶ネクタイといういで立ち、俺はと言うと緑リボンのついた白いドレスを着ている。はたから見たらペアルックに見えなくもない。


 少し悔しくなる。


 もし俺が男に生まれてたら、レオ兄さんみたいな外見になってたんじゃなかろうか?


 そんでレオ兄さんみたいに......いや、俺はレオ兄さんと違って硬派だから、あんなのよりずっといい男になってたに違いない!


 実際女の姿の今の時点ですら、兄さんより俺ははるかにモテモテだ。

 女の子からもらったファンレターの数でもプレゼントの数でも、俺の人気は兄さんを上回っているし。

 ただ、女の体なのでいくらモテても女の子とは付き合えないのが残念だけど。


「二人とも可愛くて目立つから、へんな男につかまるんじゃないぞ」


 レオ兄さんがウインクしながら言う。

 変な男なら目の前にいるんですが......と言いたいところをぐっと堪える。


「大丈夫よ。会場中を見回しても、お兄様みたいな素敵な人はいないし」


 モアがにっこり笑う。うーん、お世辞がうまい!


「そりゃあ、身近にいる男の人が陛下じゃあ、好みの男性のハードルも上がりますわよねぇ」

「本当に! 羨ましいわぁ。オホホホホ」


 とりまきの貴婦人たちが笑う。


「やっぱり、モアの好みのタイプは兄さまみたいなすらっとした男前なのかい?」


 レオ兄さまがモアに尋ねる。おいおい、自分でそれを言うか。


でも俺もモアの好みのタイプは気になる。

 どんなのがいいんだ? 優しい王子様タイプか? それとも、クールでちょっとドSな感じとかか?

 知ってるぞ、最近婦人たちの間でそういう小説が人気なのは。


 じっとモアの顔を見つめていると、モアは少し赤くなりながら、恥ずかしそうに答えた。


「……モアはお姉さまみたいな勇敢な方がいい」


 頭の中で、鐘が鳴り響く。

 パイプオルガンが鳴り響き、白い教会の上をハトが飛んでいく。


 モ......モアアアアアアアア!!


 その一言で、俺は天にも昇る気持ちになった。


 ううっ! やっぱりモアはいい子だ!!


 俺は涙を拭う。


「だ......大丈夫? お姉様」


「大丈夫だ。少し天に召されそうになっただけで」


「それ結構大ごとじゃないか?」


 兄さんのツッコミを無視し、俺は感慨に浸る。


 そっかあ。モアは俺みたいな人と結婚したいんだな。


 俺みたいな......


 嬉しくなりつつも、少し寂しさにも襲われる。


 あれはモアが5歳か6歳ぐらいの時だっただろうか。


「モアは将来どんな人と結婚したいんだ?」


 そう俺が尋ねると、モアは満開の笑顔でこう答えたんだ。


「モアはねー、お姉さまと結婚するの♡」


 まあさすがにあの時とは違うよな。モアが結婚したいのは俺みたいに勇敢で、でも俺とは違う男の人なんだ。

 俺はモアの成長を喜ぶと同時に、少し寂しくもなった。

 


 

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