15.お姉様と旅立ち

 翌朝、次のクエストがあるというアオイとヒイロの二人は褒美の馬車と報奨金を貰い城から出発した。


「さようなら! お姉さま。モアちゃん!」

「短い間だけど、楽しかったよ」


「ああ、またな」

「バイバイ!」


 荷物を荷台に積み込むと、アオイはヒイロとともに馬車に乗り込みかけた。が、何かを持ってこちらへ戻ってくる。


「そうだ、お姉さまにはこれを。私の愛読書なんです」


 アオイが渡してきたのは、一冊の本だった。表紙には『女勇者・オルドローザの冒険』とある。


「お姉さまとはここでお別れですが、この本を私たちだと思って、大事にしてくださいね!」


 にこりと微笑むアオイ。うー、こんなかわいい子が男だなんて勿体ない!

 それにしても……俺はずっと気になっていたことをアオイの耳元で囁いた。


「お前、兄さんが好きって話、あれは嘘だろ」


「当り前じゃないですか」


 急に真顔になるアオイ。やっぱり!!


「でもそう言わないと、皆さん納得しないので」


「じゃあ、本当は……」


 アオイは肩をすくめた。


「私、今まで誰かを好きになったことって無いんです。別に色恋沙汰に興味がないというわけではないんですが、何というか、ピンとこなくて。おかしいですか? 十八にもなって恋の一つもしたことがないだなんて」


「そ、そうなのか」


 でも、なんとなくアオイの言いたいことも分かる気がする。

 俺も男と恋に落ちるなんて想像できないし、かといって女の体なのに女と結ばれるのも、なんか違うって思うし。

 いつか本当に好きな人ができれば、そんなのは関係ないって思えるのかもしれないが……


「そうだよな! 恋愛至上主義なんてクソくらえだ! 恋人なんか居なくたって冒険してりゃ楽しいしな!」


 そう言うとアオイはくすりと笑った。

 そして『女勇者・オルドローザの冒険』の表紙をゆっくりと撫でると、手を振り馬車に戻っていく。


「じゃあ、そういうわけなので。それでは、またどこかでお会いしましょう。さようなら!」

 





 俺はその夜、一人部屋で『オルドローザの冒険』を読んだ。

 オルドローザはたぐいまれなる美貌の美少女でありながら、同時に男勝りの女傑で、その美貌と竹を割ったような性格で、男からも女からも愛されていたらしい。

 

「なんだかオルドローザ様ってお姉さまみたいね!」


 モアが俺の布団に潜り込みながら言う。眠そうな瞳。クシャクシャした髪と、純白のネグリジェが超可愛い。世の中にこんな天使が居ていいのか。


「そうかな?」


「ええ。きっとオルドローザ様の生まれ変わりよ!」


 なるほど、それでアオイは、俺に興味を持ったに違いない。

 横を見ると、モアはすでに俺の布団の中ですやすやと寝息を立てている。


「……全く」


 呟いて本を閉じた拍子に、ひらりと一枚の手紙とカードが本から滑り落ちた。どうやら本に挟まっていたらしい。俺は手紙を読んだ。



『親愛なるお姉さまへ


 このお話は、私の故郷フェリルの建国の母にして女傑であったオルドローザについて書かれたお話です。


 私は小さいころこのお話に憧れ、将来はオルドローザのような美少女戦士になりたいと思いました。


 周りはそれを聞いてなれっこないって笑いましたが、今では立派な女の子の姿をした冒険者になりました。


 ただの男の子でも必死に願い努力すれば戦う美少女になれるのです。どうかお姉さまも信じた道を進み、なりたい自分になれますように。  アオイ』



 俺はシーツの上に落ちたカードを拾い上げた。


『冒険者の集う宿・始まりの酒場ロゼ』


 茶色くくすんだそのカードには、そう書かれていた。裏には酒場までの道を記した地図まである。俺はそのカードをじっと見つめると、大きなため息をついた。







 そして翌日。

 一日目を何事もないかのように過ごした俺は、深夜になるとこっそりベッドを抜け出した。



「でやっ」


 突きを思いっきり床に叩き込む。

 ドコン、という音とともに部屋の壁に開く大きな穴。


 一日かけてこっそり支度した旅の荷物をリュックに詰め、部屋を抜け出す。


 前回無断で城を出て以来、城の警備は強化され、特に俺の部屋のドアの前も窓の周囲も、昼夜問わず監視兵が控えている。

 しかし、ドアからも窓からも出ていけない、壁を突き破っていけばいいのである。


「次はこの壁だな!」


 またしても壁に突きを放つ。轟音とともに、人ひとり通れるほどの穴が開く。この方角の警備が手薄なことも。すでに調査済。


「さてと......」


 最後にモアにお別れでも言いに行こうか。――いや、駄目だ。そんな事をしたら折角冒険に行くと決めた決心が揺らいでしまう。


 すると、こちらへ駆けつけてくる足音が聞こえた。

 警備兵だ。少し物音を立てすぎたのだ。深夜の突然の轟音。そりゃ何事かと思うよな。


「やべぇやべぇ」


 城壁を同じように一突きで壊すと、城の外に出た。


 吹き渡る夜風。今夜は満月だ。遠くで城の明かりがつき、大騒ぎになっている叫び声が聞こえてくる。


「くくく、やったぜ、脱出成功!」


 あらかじめ用意していた馬を走らせ、城を抜け森に出る。

 森の中を少し走ると小高い丘に出る。そこで馬を止めると、小俺はさく見える城を見下ろした。


 

 可愛い妹。美味しい食事、豪華な生活。不満はなかった。でも、俺は自分が本当にやりたいことをしてみたい。



 周りが反対するから、


 一緒に来てくれる人がいないから、


 女の子だから。


 

 色々な理由で夢を諦めてきたけど、そんなのは全部言い訳に過ぎなかったんだ。

 ただ、自分が行動しなかっただけ。出ようと思えば、こんなに簡単に城を出られたのに。ただ言い訳をつけて、自分に甘えていただけなのだ。


 モアと離れてしまうのは残念だけど、俺はやっぱり冒険者になりたい! 勇者になりたいんだ。でなければ、何のために生まれ変わったのか。


 だから――あばよ! ぬくぬくとした城での暮らし!



 しんみりとしながら城に別れを告げていると、ふいにこんな声が聞こえてきた。


「お姉さまー!!」

 

 え? モア? モアの声??


「ふ……幻聴かな。いくらモアが恋しいからって」


「お姉さまー! お姉さまー!」


 いや、幻聴じゃない! モアの声と同時に、馬の蹄の音がリズミカルにこちらに近づいてくる。 

 月明かりに照らされた丘。そこには地味なローブに身を包み、馬に乗るモアの姿があった。


「モ……モア!? どうしてここに」


「お姉さまの部屋の警備が厳しくなってから、逆にモアの部屋の警備は手薄になったんだよ! 念のため、反対の方角に爆発魔法をしかけて轟音を発生させたから、しばらく追っ手はこないはずだし!」


 にっこりと笑うモア。


「そうじゃなくて!」


 詰め寄る俺に、モアはにっこりと笑った。


「お姉さまに夢があるように、モアにも夢があるの!!」


「……夢?」


「お姉さまの側にいて、最強の勇者になるところを見届けることだよ!!」


 月明かりに照らされる、モアの決意に満ちた顔。俺は頷いた。


「ああ……! 見せてやるよ!」


 俺はモアの頭をクシャリと撫でた。

 できるさ、二人でなら!


 月が笑う。遠くでフクロウが鳴く。俺たちは、隣国へと続く道を、馬車でゆっくりと走り出した。

 

 こうして俺たちは、最強の姫にして勇者になるため、旅に出たのだった。







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