第3章 お姉さまと国境の町

16.お姉様は迂闊

 固い板ばりの床が揺れる衝撃で俺は目を覚ました。


 ……ここはどこだ。


 辺りを見回すと、そこはガタガタと揺れる馬車の荷台。しかも両手が縛られている。


 ――モア! モアは!?


 急いで辺りを見回すと、モアは俺の腕にもたれかかり、すやすやと寝息を立てていた。ほっと溜息をつく。

 周りには、モアと俺の他にも、同じ様に手を縛られている10代から20代の女の子が数人いる。


 衣服も乱れていないし、どうやら変なことはされていないようだが……恐らくピンチには違いない。なんでこんなことになったのか。



 俺は、よくよく昨晩の自分の行動を思い返した。





 俺とモアは、冒険者になるべく城を抜け出し、馬で森を抜けると、翌日の昼間には国境近くの町へたどり着いた。

 

「ねえ、お姉さま、お腹もすいたし、そろそろこの辺で食事にしようよ!」


「おっ、いいな!」


 モアの提案で、俺たちは、寂れた宿の隣にある食堂で食事をとることにした。


 山小屋じみた木でできた建物。体格のいい親父が「へい、らっしゃい」と出迎える。

 昼ごはんには遅すぎる、かといって晩ご飯には早すぎるような時間帯なのに、中は混雑しており、アルコールや煙草、油のにおいが混じった雑多な匂いに包まれている。カウンターの向こうに貼られたメニューは恐ろしく安い。


 モアはこんなところに来たことがなかったせいか、落ち着かない様子で辺りを見回した。


 金は一杯持ってきているとはいえ、これから装備を買いそろえたり宿に泊まったりと何かと金がかかる。俺とモアは、一番安いコケコ鶏のから揚げ定食を頼むとテーブル席についた。


「うん、モア、これ好き」


 モアは根菜とランタ豆のスープを少し口に含むと笑顔を見せた。王宮の料理のような繊細な味ではないが、あまり野菜をすべて放り込んだようなそのスープはよく出汁が出ていて身に染みるようだった。

 コケコ鶏のから揚げも揚げたてでジューシーだし、付け合わせのパンも少し硬いが思ったより悪くない。


 俺たちが少し遅めの昼ごはんを食べていると、隣の席に座ったいかにもチャラい男の集団が話しかけてくる。


「ねえねえ、お嬢ちゃんたち、どこから来たの? 貴族の娘とか?」


 俺にしてみたら宝石や豪華な装飾の服は避け、地味な格好をしていたつもりだったが、地味な服でもやはり生地や仕立てが違うらしい。


「うん、まあ、そんなとこ」


 曖昧に返事をして愛想笑いを浮かべるとチャラ男のうちの一人はなおも話しかけてくる。


「えーっ、お嬢様がなんでこんなところに!? 旅行? ってわけでも無さそうだけど」


「モアたちフェリルに行って冒険者になるの!」


 モアがニコニコと返事をする。男たちは「へーっ!」と驚いたような声を上げた。


「そいつぁ凄ぇや! もし良かったら、俺たちが何か飲み物でも奢ってあげるよ! 新たな門出を祝おうよ!」


 そう言って、俺たちにアップルソーダを奢ってくれる男たち。


「いいのか!? ラッキー!」

「わあ、お姉さま、この方たち、いい方たちだね!」





 今思えば、あんな奴らを信じた俺が馬鹿だった……



 おそらくだが、アイツらが奢ってくれた飲み物に、睡眠薬か何か入れられたんだな。もしかすると、店もグルかもしれない。


 ともかく、それから俺たちは意識を失い、気が付いたら両手足を縛られ馬車の中に転がっていたというわけだ。


 それにしても……俺はあたりを見回す。ここにいる女の子たちは、若くて見るからに容姿の良い子ばかりだ。ひょっとして、このまま奴隷市場にでも売られるのだろうか? それとも娼館ででも働かせるつもりか?

 腕を縛っているロープを解こうとするが、何か特殊な魔法でもかかっているのか俺の腕力をもってしてもびくともしない。


「モア、起きろ、モア!」


 俺は肩をゆすり、隣で寝ているモアを起こそうとした。


「ふにゃ? もう朝?」


 寝ぼけ眼で言うモア。

 まったくもー! モアってば可愛いんだから! ……じゃなくて! ここから逃げねーと!!


その時、男の怒鳴り声と共に馬車が停まり、荷台のドアが開いた。


「おら! 小娘共、さっさと降りろ! ルーラ様のお屋敷に着いたぞ!」


 ルーラ様??


 馬車の扉が開く。目の前に現れたのは、ツタが幾重にも絡まった、古くておどろおどろしい貴族の屋敷であった。


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