第21話 お姉様とロレンツ船長
「あ、そうそう」
ベルくんがゴソゴソと紙を取り出す。
「これ、伝書鳩で届いてたよ。返事を書くなら早めにね」
「んーどれどれ」
俺は伝書鳩で届いていたという手紙に目を通した。
『ミアへ
こちらは特に異常はない。そちらの探索は順調か?
くれぐれも、船内では目立つ行動や妙なことはしないように。それでは。
オディル
お姉様ーっ! お姉様がいなくて寂しいよーっ!! 帰ったら沢山ぎゅーしようね♡ 朝晩冷えるけど、お腹冷やさないようにね!
モア
お姉様、お元気でしょうか? くれぐれもお体に気を付けて、無理をなさらぬよう。
アン』
オディルってば、味もそっけも無い手紙だなー。それに比べて俺の体の心配をしてくれるモアやアンのなんと優しいことか。
俺はスラスラと返事を書いた。
『オディルへ。こちらも特に変わったことは無い』
……無い。よな?
冷や汗が流れる。今度からあまり迂闊に行動しないようにしよう。……うん。
『モア、アン、気遣いありがとう。二人とも、体に気を付けてな♡』
「よしっと」
俺とベルくんは鳩に手紙をくくりつけ飛ばした。
「まあ、とりあえずせっかく男海賊の船に忍び込んだんだから中を探るか」
二日酔いでガンガンする頭を抑えながらベルくんに提案する。
「うん、そうだね」
「ところで、船内の調査はどこまで進んでるんだ?」
俺が言うと、ベルくんは懐から地図を取り出す。
「ここまでは調査が済んでるよ」
船内には、調べた箇所にバツ印がついている。それを見る限りでは船内の三分の二以上は調べたことになる。
しかも倉庫や宝物庫といった場所はすでに調べ尽くされ、残るは船長室や副船長室など難易度の高そうな場所ばかりだ。
「船以外にも、海賊たちが拠点としている港の倉庫や隠れ家も調べたけど、どこにも無いんだ。一体どこに隠したんだろう?」
爪を噛むベルくん。
「うむむ、そんな所まで調査が進んでるのか。なあ、そのお宝、もう売っぱらったっていう可能性は無いのか?」
「でも、盗難品を売ると足がつくリスクがありから、普通は足がつきにくい金貨などから売っていくって聞いたことがあるんだ。船が大破するだとか、余程のことがない限り宝飾品は売らないって」
「そうか」
じゃあやっぱり、まだ探してない場所に?
「ってことは、やっぱり怪しいのは船長室か」
「そうだな可能性は高い」
「よし、そういう事なら、俺が船長をおびき出す。その間にベルくんは船長室に忍び込んで調べてくれ」
ベルくんは不思議そうな顔をした。
「おびき出す? どうやって?」
俺は胸を張った。
「まあ、任せておけ」
*
夕飯の時間になった。
船長は飯を食べ終え、船員と酒を飲みながら談笑している。
全身が心臓になったみたいにバクバクなる。
人を騙すのに慣れてないってのもあるが、失敗したらベルくんまで危険に晒される可能性が高いからだ。
「せ、船長!」
思い切って声をかけるも、緊張で声が裏返る。
「ん? 何や、オディル。あんたが声をかけてくるなんて珍しいなぁ」
長い赤毛に無精髭、やんちゃそうなつり目。眠そうに欠伸をしたこの船の船長・ロレンツは、気さくそうな笑顔を浮かべた。
良かった。同じ船長でも、グレイスよりずっと話しやすそうだ。
「何か用か?」
「実は、相談があって」
「相談? 何や。言うてみぃ」
「いや、ここじゃちょっと」
俺はそう言って誰もいないデッキに船長を呼び出した。その隙に、ベルくんが船長室へ忍び込む手はずだ。
「一体どうしたんや。こんな所に呼び出してまで、わざわざ」
潮風が船長の長い髪を揺らす。
外は真っ暗で、ランプの少ない灯りだけが辺りをボワッと照らしている。
狙ったわけじゃないが、向こうから俺の表情があまり見えないのは好都合かも知れない。
俺はこぶしを握り、思い切って叫んだ。
「じ、実は俺……ベルくんが好きなんだーっっ!!」
ザバーン、と波がタイミング良く船にぶつかり水しぶきが舞った。
「は、はあ。それはそれは」
ロレンツ船長の表情はよく見えないが、声のトーンから察するに戸惑っている様子だ。
「だが奴は男やぞ? いくら小さくて可愛いからって」
「実は俺、ショタコンなんです!」
俺はヤケになって宣言した。
「あの半ズボン、細い脚にハイソックス! 生意気そうな目付き……是非ともランドセルを背負ってほしい!! ベルきゅん最高!!!!」
うーん、クサい芝居!
「らんどせる?」
ロレンツ船長が首を傾げる。
しまった。この世界にランドセルは無かったか。
「まあ、エエわ。実は船内にそういう奴が何人もいるのは知っていた」
ロレンツは頭を抱える。
どうやら過去にも何回か同じような相談をロレンツにしていた奴がいたらしい。
ショタコンだらけかよぉ、この船は!!
でもよく考えると、ベルくんはモアにそっくりだし、女装して女だけの船に忍び込めるくらいの容姿だもんなあ。
「だがお前は違うと思っていた。なにせ稀代のおっぱいマニアだと聞いていたし」
「ははは……」
おっパラでの噂がロレンツ船長まで伝わってる――!!
俺は必死で真剣な表情を作り、訴えた。
「そうなんです。俺はおっぱい派で、ノンケだったはずなんです。それが、同じ部屋で始終一緒に暮らしているうちに、こう、何目覚めてしまったんです。ショタコンの波動に!」
苦しそうに胸を抑える演技をする。我ながら臭い芝居だ。
だが、ロレンツは分かる分かるという風に頷いて俺の肩を叩いた。
「そうか、お前も大変やな。もしかして、部屋を変えた方がいいか?」
「いや! それは! 俺はアイツと一緒にいたいんで!」
「それならエエんやけども」
ロレンツは空を見上げた。
「ふう。色恋沙汰で揉めるのが嫌で女どもを追い出したのに、まさか男相手にこんな事が起こるとはなぁ」
そういえば、元々グレイス海賊団とロレンツ海賊団は元々同じ海賊団だったって言ってたっけ。
なるほど、色恋沙汰で何か揉め事があったから男女分けたというわけか。
「まあ、あんまり辛いんであれば、また遠慮なく相談してくれや。力になれるかは分からんけど。なっ」
そう言って、右手を上げ、去っていくロレンツ。
俺はほっと息を吐き出した。
短い相談時間だったが、あの狭い部屋を漁るくらいの時間は取れたはず。
ベルくん、上手くやったかな?
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