10.お姉様とメイド

「やあ、遠いところよく来たね、舞踏会での一件は聞いているよ」


 叔父さんが薄気味悪い笑みを浮かべる。

 なーにが聞いてるよだ! お前が黒幕なんだろうが!


「ああ。城にいては危険ですから。しばらくこちらに滞在させていただきますよ」


 ニコニコと屈託のない笑顔で笑うレオ兄さん。兄さん、意外と度胸あるんだな。それに演技力も。


 ツインテメイドがレオ兄さんの荷物を持つ。


「こちらへどうぞ、客室へご案内致します」


「ありがとう、かわい子ちゃん!」


 俺が兄さんに感心していると、兄さんはおもむろにそんなメイドの手を握った。


「ところで、君、可愛いね。名前は? 年はいくつ? こんな辛気臭い城で働かせるには勿体無いよ!」


 ......前言撤回。やっぱりいつものレオ兄さんだ。ったく、よくやるぜ。奥さんも一緒なのによ!


 チラリとアビゲイル姉さんの方を見ると、いつもなら怒りに震えている姉さんだが、少し眉を上げたぐらいだった。

 ついに兄さんに愛想をつかせたのかも知れない。


「名前はシュシュです。年は16。さあ、こちらへ」


 無愛想に答えるメイド。16歳か。俺と同い年。それにしちゃえらく大人っぽい。


 俺たちはシュシュに案内されそれぞれの部屋へと向かった。



「はーあ、疲れたぜ」


 いつものようにポイポイと服を脱ぎ、ベッドに脱ぎ捨てていると、不意にコンコンとノックの音が響いた。


「はい?」


 ドアを開けると廊下には誰もいない。


「あり?」


 俺が首を捻っていると、部屋の中からこんな声が聞こえてきた。


「ミア姫、こっちです」


 ドアを閉め、部屋の中を見回すが、部屋の中には誰もいない。


「えっ......? な、何、まさかゆ、ゆ、幽......」


 自慢じゃないが、俺は幽霊だとかオバケの類が大の苦手なのだ。

 青ざめながら辺りを見回していると、いきなり天井からガタリと音がした。俺は思わず飛び上がった。


「ギャーーッ!」


「ミア姫、ここですよ!」


 俺が腰を抜かしていると、天井から黒い影が落ちてきた。


「大丈夫ですか?」


 目の前で心配そうに手を伸ばすのは、黒ずくめの格好をしたアオイであった。


「アオイっ!」


 俺はアオイの手を取り、立ち上がった。


「大丈夫でしたか? ひどく驚かれていたようですが......」


「だ、大丈夫だ!!」


「可哀想に、こんなに震えて......」


「これは武者震いだ!!」


 恥ずかしいので、そのことにはあまり触れないでほしい。俺は急いで話題を変えた。


「それより、叔父さんの部屋に忍び込んだんだろ? 何か証拠は見つかったか?」


「それが、周到に証拠隠滅しているようで……」


「そうか……」


「それよりも、お姉さまは危険なのでどうか無茶はなさらず、捜査の方は私どもにお任せくださいね?」


 アオイが上目遣いに俺を見てそんなことを言う。真剣な瞳。う、可愛い。っていうか、心配性だなァ。みんな。


「大丈夫、大丈夫! 無理はしないさ!」


 俺が手をひらひらさせるとアオイは深いため息をついた。


「先ほどのように、不用意に部屋のドアを開け無いように気を付けてくださいね? それから、そのように下着姿でうろうろされるのも……」


 自分の恰好をまじまじと見た。さっき驚いて腰を抜かした拍子に、羽織っていたガウンがはだけ、下着丸見えになっている。

 俺は苦笑いしながらガウンの前をきちんと閉じた。


「別にいいじゃねぇか。女の子同士なんだし」


 アオイは深いため息をついた。


「私は別に構いませんが、いつ誰が襲ってくるのか分かりませんので……お気をつけて」


 そう言うと、アオイはタンスによじ登り、そこからジャンプすると天井に空いた穴につかまり、あれよあれよと言う間に穴の中に体をするりとくぐらせた。すげー、マジで忍者だ。


「では、良い夜を」


 アオイが居なくなった天井をしばらくぼんやりと見つめていると、ノックの音が部屋の中に響いた。


「……はい? 誰だ?」


「失礼いたします、メイドのシュシュにございます」


 鈴の音のような可憐な声が聞こえてくる。

 俺はドアを少しだけ開けた。


「お夕飯の準備が整いました。大広間へいらしてください」


 ドアの向こうのメイドは目を細め、にこりと笑った。


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