9.お姉様と脱出
俺の考えた妙案。それは……
「グンジ叔父さんの家に忍び込んで暗殺未遂の黒幕である証拠を見つけよう!」
俺はみんなの前で叫んだ。いい案だと思ったんだけど、爺やや双子の反応は鈍い。
「お姉さま……危険よ。それに、もしグンジ叔父さんが無罪だったら?」
えっ、モアまで! どうしてだよ。
「大丈夫だよ、危険なことなんてないさ!」
爺やが盛大なため息をつく。
「姫様、あなたがあれこれ首を突っ込むこと自体が無謀で危険なのです」
なんでだよ!
「お疲れのようですので部屋に戻って休まれては?」
みんながうんうんと頷く。何だよみんなして。なんでだよー!!
*
「……っておいこら! なんで閉じ込めるんだよ!!」
自室のドアをドンドンと叩く。爺やの奴、俺が部屋に戻った隙にドアに板を張って開かないようにしやがった!
「なりませぬぞ姫様! 叔父上殿の城に忍び込もうなどと考えては! その件に関してはヒイロ殿とアオイ殿に頼みました故、姫様は黙って城にいてください!」
城で黙ってろだあ!? んなことできるかっての!
「えーー! やだーー!!」
しばらくして、部屋の外から気配がしなくなった。爺が他の用事か何かで外出したのだろう。
「ふん、爺やなんか知るもんか!」
すう、と深呼吸をする。そして......
「せいやっ!」
部屋の扉に向かって思い切り正拳突きした。
威勢よく木の割る音。見るも無残に破壊されるドア。砕け散った板の隙間から、廊下の向こう側が見えた。
「よいしょっと。こんなん簡単だぜ」
俺は扉に空いた穴に身をくぐらせ、部屋から難なく脱出することに成功した。
「さて、ここからどうやって城の外に……」
渡り廊下の窓から外を見る。すると一台の馬車が今にも城の正門に向かって走り出そうとしていた。
「やべっ、あいつら、もう出発しようとしてやがる!」
俺は窓を開けると、外へと飛び降りる。邪魔なドレスをたくしあげ、ひらりとそのまま一階の屋根に着地。そして屋根の上を全速力で走り抜けた。
「でやっ!」
勢いをつけて、馬車に向かってジャンプ。
俺は握力も高いがジャンプ力もなかなかのものだ。風を切って空を飛ぶ俺。スカートがバタバタとはためく。
エントランスの屋根から馬車の屋根へ、少しよろめきながらも無事着地を果たした。だが――
「おのれ、なに奴!」
馬車の中からブスリと刀の切先が顔を出す。俺はそれをひょい、とジャンプしてかす。あっぶねー!
「しくじったか」
着地地点からすぐ先に、またもや刀が顔を出す。この声は、ヒイロ!?
「おわっ! ち、違う! 敵じゃない! 俺だよ! 俺、俺!」
「俺俺言うやつは大抵詐欺師と相場が決まっている」
「違ーーう!」
俺は必死で叫んだが、刀の嵐は止みそうにない。ついには板張りの馬車の天井は穴だらけになり、俺の体の重みで天井は崩れ落ちた。無様にも俺は馬車の中に転がり込んだ。
「貴様は......まさかミア姫?」
ヒイロがびっくりした顔で俺に向けていた刀を下ろす。まさかじゃねーだろ最初から知ってただろ!
「だからさっきからそう言ってるだろーーが!」
馬車の中を見回すと、中にはヒイロだけでなく、レオ兄さんとアビゲイル姉さんもいる。
「......レオ兄さんまで!? 大丈夫なのか?」
「ああ。お前の案はグンジ叔父さんの家に忍び込み証拠を手に入れるというものだったが、どうせなら直接乗り込んでやろうと思ってな」
ヘラヘラした顔で笑うレオ兄さん。大丈夫なのか?
「のこのこ殺しに来たところを現行犯逮捕するつもりよ」
アビゲイル姉さんまで楽しそうに笑う。
「マジか。そんな危険な提案、よく爺やが承諾したなあ」
俺が呆れ顔で言うと、レオ兄さんは軽くウインクしながらこう言った。
「誰かさんが上手いこと爺やを引き付けてくれたからな」
それってもしかして、もしかしなくても......俺のことか!? くそ!
「そういえば、アオイの姿が見えないが」
俺はキョロキョロと馬車の中を見渡した。
馬車の中にいるのはヒイロとレオ兄さん、アビゲイル姉さん、それとお伴の兵士二人だけだ。
「アオイには先にグンジ叔父さんの城に忍び込んで家探ししてもらっているわ」
アビゲイル姉さんが答える。
確かにアオイは、どこかに忍び込んだりとかそういうのが得意そうだ。くの一みたいだもんな、あの子。
ヒイロがため息をつく。
「いいですかお姫様、ついてくるのは勝手ですけれども、くれぐれも我々の足を引っ張らないようにしてくださいね」
な、なんだとー!? 俺はその言いぐさを聞き、ムッとしながらヒイロを見つめた。
「ミアでいいよ。脚は引っ張らない。そっちこそヘマするんじゃねえぞ」
「当然だ。私はAランク冒険者だぞ」
ヒイロはぷい、とそっぽを向く。
「ま、せいぜいお姫様らしく、部屋でおとなしくしているんだな」
もー!なんなんだよこの子は! あれか? 貧乳と呼ばれたことが気にくわないのか!? 可愛くねぇなあ、ホント!
そんなこんなで馬車は街を抜け、郊外の暗い森の中へと入っていく。グンジ叔父さんの城までもう少しだ。
尖った鉄製の門が、錆びた音をたてて開く。馬車が門をくぐると、バタン! と大きな音をたてて背後で門が閉まる。
「ようこそいらっしゃいました。レオ王子御一行さま」
頭を下げて出迎えてくれたのは、銀色の長い髪をツインテールにした、小柄の可愛らしいメイドさんだった。
目の周りが黒くてちょっとゴスロリっぽい派手なメイクだが、それでも可愛い。
俺は家事をするのには不向きそうなフリフリの短いスカートとガーターベルトを凝視した。なんてセクシーな! まさかグンジ叔父さんの趣味か?
「ああ。命を狙われてるみたいなんで、しばらくこの城に避難させてもらうぞ! よろしく! 可愛い子リスちゃん☆」
レオ兄さんがヘラヘラした笑顔で笑い、メイドの手に口付けする。
ケッ! このメイドが好みなのは分かるけどさあ......ちったあ緊張感を持て!
「こちらへどうぞ」
だがメイドは表情も崩さず無表情に案内した。
「どうぞ、ごゆっくりご滞在下さいね」
そして扉が閉まる瞬間、メイドは口元に微かな笑みを浮かべたのであった。
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