11.お姉様と晩餐

 大広間につくと、叔父さんと兄さん、義姉さん、ヒイロはもう席についていて、数人のメイドや召使が料理を運んでいた。


「さあ、皆そろったな? それでは客人に乾杯しよう」


 グンジおじさんが音頭を取り、皆ワインで乾杯する。俺は酒が飲めないので山ぶどうジュース。

 

「このジュース、凄く美味しいな。葡萄の味が濃い」


 同じくジュースを頼んだヒイロが呟く。


「近くの山で山ぶどうが沢山採れるのでね。実は自家製なんだ」


 グンジ叔父さんが笑う。和やかな食卓だ。


 だが俺はと言うと、毒でも仕込まれてるんじゃないかと気が気でならず、ろくに味も分からないままぶどうジュースを喉に流し込む。


 いや、狙われるとしたら俺より兄さんだ。

 俺はレオ兄さんのグラスをじっと見た。兄さんがグラスに入っていたワインを飲み干すと、使用人がすぐさま注ぎにくる。


 まさかワインに毒が仕込まれてたりしないよな?


「すまないが私にも一杯くれ」


 使用人に声をかけ、グンジおじさんも同じボトルからワインを注いでもらい飲み干す。どうやらワインに毒が仕込まれているというのはなさそうだ。


 いや、ワインに毒が仕込まれていないからって、グラスに毒が仕込まれてることだって十分あり得るし、油断はできない。


「この城の庭園でとれた玉ねぎやキャベツなどの自家製野菜と、裏山でとれたキノコを使ったスープにございます」


 次にスープが運ばれてくる。


「おお~これは美味そうではないか!」


 レオ兄さんがにこにこしながら言う。本当にこの人は、緊張感と言うものがない!

 ここは敵陣なんだぞ? お前は王様なんだぞ!? 毒でも盛られたらどーするんだよ!


 兄さんは皿を運んできたメイドのシュシュを呼び止める。


「きみ、ちょっとこのスープ毒見してくれないか? 最近ちょっと神経質になっていてね! たはははは」


 その様子を見て、俺はちょっとほっとする。なんだ、ちょっとは気にしてはいるんだな。


 じっと見ていると、シュシュは遠慮なくスプーンで皿の中身を掬い「問題ありません」と言った。

 シュシュはスプーンを自分のトレーに戻すと、そこから新しいスプーンを出し、兄さんの机の上に置く。


「むっ......ぐっ......!」


 すると兄さんが急に胸を押さえて苦しみ出した。どうした!? ま、まさか毒を!


「ぐううううう! 美味い! なんて美味しいスープなんだ! これは一体何のスープだ!?」


 兄さんが目をキラキラ輝かせて尋ねる。

 ま、紛らわしいことすんなー!


「山キノコにございます」


 シュシュが無表情に答える。


「この辺りの山でとれるキノコなのですが、毒キノコのモダエダケにそっくりなので、山で見つけても安易に取らないようにしてくださいね」


 俺はスプーンで細かく切られたキノコを掬いじっと見た。

 なんか、この一片だけ色が違うような......ま、気のせいだよな!

 俺は恐る恐る料理を口に運ぶが、緊張で味がよくわからない。


 兄さんのやつ、なんでこの状況で呑気に食べていられるんだよ。

 義姉さんもヒイロも涼しい顔をして食べてるし、俺がおかしいだけなのか?


 その後も鹿肉のソテーやチーズガレットなど豪華な料理を食べたが、どんな味だったかほとんど記憶がない。クソッ、折角美味そうな料理なのに!!







 夕食が終わると、俺たちは各々の部屋へ帰った。

 そして夜の11時過ぎ、俺は一人で兄さんの部屋の前にやってきた。


 夜中寝込みを襲うということも考えられるからな。注意しないと。

 曲がり角から兄さんの部屋を見張っていると、ふいに後ろから肩をたたかれた。


「!!??!?ひゃい!!?」


「し、静かにしろ」 


 振り返ると、そこにいたのは真っ黒な衣装に身を包んだヒイロだった。


「こっちだ」


 ヒイロは俺の腕をつかんで、兄さんの泊まっている部屋の隣にある空き部屋に引っ張り込む。


「見張るなら天井裏からのほうがいい」


 見ると天井にぽっかりと穴が開いている。


「よっ」


 ヒイロが本棚によじ登り、そこから天井の穴へジャンプする。


 黒いぴったりとした布に包まれたヒイロのお尻がゆらゆら揺れ、穴に吸い込まれる。俺はそれを見ながら「いいケツ」などと思っていたのだが、ふいにそこからヒイロが手を伸ばしこう言った。


「何してる? 早く来るんだ」


「えっ」


 俺は狭い天井の穴を見上げた。


「俺、あそこ通れるかなあ」


「大丈夫だ。私だって通れるんだから」


「だって胸が引っかかるかもしれないし」


 俺は自分の胸を持ち上げると天井の穴と見比べた。ヒイロの顔色が変わる。


「なんだそれは。私へのイヤミか?」


「違う違う! マジで、巨乳って不便なことも多いんだよ!」


 俺は力説する。男だったころは巨乳が大好きだったが、いざ自分が巨乳になると意外と不便なことも多い。


 狭いところでつっかえるし、走れば揺れるし、肩だって凝る。好きなデザインの服が入らないこともしょっちゅうだ。


 いくら巨乳が揉み放題と言っても、自分の体じゃあ、そんなに興奮もしないしな。


「ああそう。分かったからそのだらしない脂肪の塊を見せびらかしてないでとっとと来るんだな!」


 だが、ヒイロが暗黒オーラをまとい始めたので、この話題はやめにする。


「まあ、試しに入ってみるよ」


 俺は本棚によじ登ると、ていっ! と穴のふちに掴まる。そしてそのまま腕力で体を引き上げる……が。


「ううっ、やっぱり入らん!」


 体を右に左によじってみるが、胸がつかえてにっちもさっちもいかない。

 そのうち支えている腕が疲れてプルプルしてきた。


「体を斜めにしろ。こっちからも引っ張るから......」


 ヒイロが俺の腕を引っ張る。


「せーの!」


 すると体が勢いよく外れ、俺はヒイロ覆いかぶさる形になる。やべー、美少女を押し倒してるぜ。


「ご、ごめん」


 少し身を起こすと今度は天井に頭をぶつける。


「いててて」


「何やってる。早くどけ」


 ヒイロが俺の胸をぐいぐい押す。イタイイタイ!


「ふん、ちょっと胸が大きいからって、調子に乗らないことだな!」


 なんか、胸に対する余計な憎しみがこもってないか!?


 そんなことをしていると、下の兄さんの部屋から何やら物音がする。

 天井の隙間から兄さんの部屋を覗き込む。


「待て待て……んん? あれ、賊じゃないか!?」


 そこにはナイフを構え兄さんの寝ているベッドに近づこうとしている黒い人影があった。うわっ! こんなことしている場合じゃなかった! 

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