第22話 お姉さまと冬の悪魔の暴走

 翌日には、俺たちは再びケモナ族の村に向かって出発することとなった。


 俺たちだけなら歩きでも行けるのだが、体力のないフルウが疲れ果ててしまうので今回は馬での出発だ。


 出発してしばらくすると、ケモナ村が見えてきた。


「そういえば検問所があるけど、ドワーフ族のフルウが村に入って大丈夫なのか?」


「依頼主のゴンザ様より許可証をもらっているから大丈夫よ。あまり長居はできないけど」


「それならよかった」


 そんな話をしていると守衛のおじさんが俺たちを止めた。


「あれ? 君たち、どこかで見たような?」


 や、やばい!

 俺とモアはビクリと体をふるわせる。


「さ、さあ?」

「気のせいでは?」

「ねぇ?」

「ははははは」


 訝しげな目で見る守衛さんに、フルウが入村許可証を見せる。


「それより、これが入村許可証よ。早く通して頂戴」


「ああ、悪い悪い」


 フルウが見せた許可証に目を通すと、俺たちを通してくれる守衛さん。ホッと胸をなで下ろす。


「ただ……君たち少し来るタイミングが悪かったね」


 無事に村の中へと入ろうとした俺たちに、守衛さんはボソリと呟いた。


「えっ?」


 思わず聞き返すと、彼は眉をしかめ渋い顔をした。


「今、村の中は大変なことになっているんだ。用事を済ませたらさっさと帰った方がいい」


「大変なこと?」


「ま、行って見りゃ分かるよ」


 俺たちは首を傾げながらも村の中に足を踏み入れる。


 するとすぐに村で起きている異変に気がついた。


「……何だこりゃ」


 ただでさえ雪深かった通りはさらに真っ白になり、人通りはまるでない。家屋はカチコチに凍り、村は雪に飲み込まれようとしていた。


「前より雪が酷くなってるぞ」


「そうだね」


 ガタガタ震えながら、フルウは通りを指さした。


「と、とりあえず、この剣を届けに行きましょ」


「そうだな」


 依頼人の家は、通りから少し奥に入った所にある豪邸だった。……とは言ってもやはり雪に埋もれているのだが。


「すみませーーん!」


 フルウが玄関先のベルを鳴らす。

 すると玄関がガタガタと揺れた。どうやら凍りついていて開かないらしい。


「ちょっと貸してみな」


 俺は玄関の戸を思いきり引っ張った。


「でやぁ!!」


 バリバリバリ!!


 扉が引きちぎれたような物凄い音がしたが、ドアは無事に開いた。


「ふぅ、助かったわい」


 中から出てきたのは、長い髭を蓄えた猫耳のご老人だった。


「村長、ご依頼の品はこちらです」


 フルウが宝石剣を老人に渡す。


「村長!?」


 宝石剣の依頼主は、ケモナ族の村長だったのか!


「ふむ、確かに」


 村長は品物を確かめると、フルウに代金を支払った。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが」


 俺が尋ねると、村長は優しげに目尻を下げた。


「ん、何じゃ?」


「この村、何か妙じゃありませんか? 前に来た時よりも雪が酷いというか……」


 村長の顔が険しくなり、深いため息をつく。


「実はこの村には、昔から恐れられてきた二体の悪魔が祀られていたのじゃ」


 村長は話し始めた。

 二体の悪魔の名は冬の悪魔と夏の悪魔。それぞれ寒気と暖気を司っているのだという。


「夏の悪魔のおかげでこの辺りは日当たりもよく作物がよく育ち、冬に冬の悪魔が雪を降らせるおかげで雪解け水が生まれ水にも困らない、ここはそういう土地だったのじゃ」


「何だか話を聞くと、悪魔と言うより妖精とか、土地神みたいなものなんだな」


 俺が言うと、村長は難しい顔をして頷いた。


「その通り。悪魔というのは人間たちが勝手にそう呼んでいるだけで、元々は我々少数種族が信仰していた土着神である場合がほとんどらしい。詳しくは分からんが」


「なるほど」


「ところが、その悪魔を封じ込めた指輪のうち、夏の悪魔の指輪を村の若い連中が盗んでしまって、しかもそれを無くしたというのじゃ」


 なるほどチトが話していたこととここで繋がるわけだ。


「このままでは村は冬と夏のバランスを崩し、永遠に春が来なくなってしまう。何とかせねばと村人たちも必死で指輪を探していたのじゃが、一向に見つからず……そしてとうとう、冬の悪魔の怒りが頂点に達してしまったんじゃ」


「それでこの辺りがこんなに凍りついてて!?」


 顔を顰めるフルウ。

 俺とモアは顔を見合わせた。

 ひょっとして……俺たちが冬の悪魔の怒りを買ったから?

 あの後村に残ったチトはどうなってしまったんだろう!?


「ああ。もう冬の悪魔の怒りを解くには指輪を見つけるか、冬の悪魔を倒すしかない」


「でも指輪はどこで無くしたか分からないんですよね?」


「ああ、それで我々も村人総出で村中を探し回った、しかし、いくら探しても悪魔の指輪は見つからず、しびれをきらした息子たちは有志を引き連れ、とうとう悪魔退治に乗り出したのじゃ」


「何だって!?」


 嫌な予感がした俺とモアは、村長の家を出るとすぐに悪魔のいる洞窟へと向かった。


「あの冬の悪魔に挑むなんて、村人たちも無茶するのぉ」


 モアの影の中で鏡の悪魔が笑う。


「やっぱり無謀だよな。何とかして止めないと」


「でも、どうやって?」


 だが、洞窟の近くまで来たところで、俺とモアは足を止めた。


 目の前には人間を象った氷のオブジェがいくつも並んでいる。


「あれ? こんな彫像前には無かったよな」


 道を間違えたのだろうか。そう思いコンパスを取り出すとグルグルと針が回って使い物にならない。


「チッ、また壊れてる」


「お姉さま」


 モアが低い声を出す。


「これ、彫刻じゃない」


 見ると、氷の彫刻だと思っていたそれは、生きたまま氷漬けにされた村人たちであった。

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