第3話 お姉様と姉妹の契り

「お姉様、お姉様起きて!」


 モアの声で目を覚ます。


「うーん、あと五分……」


「何言ってるのお姉様、今日から学校なんだよ!!」


 学校?


 そんな馬鹿な。ここは異世界だし、俺は冒険者に……って!!


「そっか! クエストで学校に潜入したんだっけ!」


 ガバリと飛び起きる。


「そうだよお姉様~」


 もう既に制服に着替えたモアが心配そうな顔をする。


「全く、しっかりするのじゃ」


 そう言う鏡の悪魔もなぜかこの学校の制服を着ている。


「え? 鏡の悪魔までなんで!?」


「気にするな、こすぷれじゃ」


 悪戯っぽく笑う鏡の悪魔。

 モアの影の中に住み着いているこの悪魔は、何かと仮装をするのが好きなようだ。


「それより、早く行かないと朝ごはんを食べる時間が無くなっちゃうよ~」


「そ、そうだな!」


 急いで顔を洗い、着替えをして食堂に向かう。


 ガラリと長机が並んだ大広間。シャンデリアが煌々と輝く。


「あ、いたいた、編入生の二人の席はここよ!」


 ロッカが大声で俺たちを呼ぶ。


「席が決まってるみたい」


 どうやら俺たちの席は窓際の一番奥の席のようだ。


 ドタドタと席につく。

 と、同時にメイド服に身を包んだ給仕さんたちがサラダやスープ、パンを運んでくる。


「それでは皆さん、神と精霊とお父さん、お母さん、農家の皆さんに感謝をして――」


 黒いローブに身を包んだ先生が言うと、生徒達が声を揃えた。


「いただきます!!」


「いただきます」


 慌ててみんなの真似をして手を合わせる。


「うん、美味い!」


 俺がムシャムシャとパンにかじりついていると、隣でクスリと笑い声が聞こえた。


「む」


 まずい、がっつきすぎたか!?


 俺が慌ててパンから口を離すと、隣の席の女の子は慌てて頭を下げた。


「……あ、すみません。随分……その、ワイルドな方だなと思ったのでびっくりしただす……お気になさらず召し上がってください」


 か細い声で女の子は言う。

 肩までの紫っぽい髪。顔は前髪で隠れていてよく見えない。何となく気弱そうな感じを受ける子だ。


「もう、お姉様ったら! 口の横についてるよ!」


 向かいの席に座っていたモアが手を伸ばし、俺の口元を拭いてくれる。


「はは、ありがと」


「お姉様?」


 再び隣の席の子がボソリと呟く。


「あ、いや」


 そうだった。お姉様と呼んじゃいけなかったんだ。


「この子は俺の実の妹でモア。ちなみに俺はリアって言うんだ」


 それを聞くと、目かくれちゃんは納得したように頷いた。


「わ、わたすの名前はモズクだす……」


 モズクは俺たちのことをしげしげと見つめた。


「実の妹。そうなんだすな。てっきり、転入してきたばかりなのにもう姉妹の契りを結ばれたのかと」


「姉妹の契り」


 俺が首をひねっていると、隣の席の子は教えてくれる。


「んだす……この学校には、上級生が下級生の「姉」になり学校生活にまつわる色々なことを教えるっていう「姉妹の契り」という伝統があるんだす……」


「へぇ。そうなんだ。モズクにも「姉」か「妹」がいるのか?」


「いえ、と、とんでもないだす!」


 モズクがぶんぶんと首を振る。


「わたすみたいな地味で冴えない田舎女の姉妹になってくれる人なんていません」


「えーっ!? そんなことないだろ」


 クヌギは小さく首を振る。

 確かに、長い前髪で顔を隠していて地味な感じだけど、髪型を変えてちゃんとメイクすれば可愛いんじゃなあ。


「お二人は見た目も綺麗だすし、姉妹の契りを結びたいという方はすぐ見つかるでしょう」


「モアはお姉様……お姉ちゃん以外の姉なんていらないもん!」


 モアがなぜかプンスカ怒りながらサラダを口に運ぶ。


 姉妹の契りねぇ。

 ま、俺たちには関係ないことだな。



 ◇



「皆さん席に着いてください! これから実践魔法学授業を始めます!」


 メガネをかけたおばさんが宣言する。このクラスの担任、ラヴィニア先生だ。黒いドレスに黒い帽子、まるでお伽噺に出てくる魔女だな。


 俺は慌てて席についた。

 学年的には高校生と同じだけど、日本の高校の机とは違い、長机でどっちかと言うと大学の講義室みたいだ。


 席はたぶん自由だよな。


 俺は空いてる席に適当に座った。

 モアとも学年が違って別れてしまったし、何だか不安だ。


「なぁ、実践魔法って何をやるんだ?」


 こっそりと隣の席に尋ねると、隣の席の女の子はクスリと笑って細い灰色の髪をかきあげた。


「何、アンタ見ない顔やなぁ。こんな時期外れに転校生?」


「あ、ああ。今日からこの学校に来たんだ」


「ふぅん」


 頭の先からつま先まで、ジロジロと女の子は見やる。


「あたしはケイトや。よろしく。実践魔法はただ単に教科書に書いた魔法をやってみせるだけの授業や。ここの編入試験受かったんなら簡単やろ」


「うーん、どうかな」


 そういえば俺って全然魔法使えないんだよな。どうするんだろう。


 ケイトに教科書を見せてもらう。そこには火・水・風・土など各属性の初級魔法が記載されている。


 うーん、さっぱり分からん。


「それでは実習室で実際にやってみましょう」


 ケイトについて演習場へと向かう。


 演習場は中庭にある。

 一応雨風が防げるように屋根はついているが、下は芝生でほぼ屋外と言っていい。芝生の上には弓道の的のようなものがついている。どうやらあそこを狙うらしい。


「それでは、各自自分の属性の魔法を披露して下さい」


 列に並んだ女生徒たちが、火の玉やら水流やらを出し的に当てていく。

 それを見た先生が、姿勢やら呪文の唱え方などを直し点数を付けていく。

 中には的に当たらない者もいたが、魔法を出せないものはいないようだ。


 まずい。どうすっかなー。


 どうこの場面を切り抜けるのか迷っているあいだにも、列はどんどん進んでいく。


「もうすぐやな」


「あ、ああ」


「あんたがどんな魔法使うんか楽しみやわ」


「はは……ははは……」


 正直に言うべきか? 魔法なんて使えないって。でも魔法が使えないのに魔法女学校に入学するなんて変だよなー。


「次のかた!」


「はい!」


 ケイトが呼ばれる。


 ケイトが呪文を唱えると、空中に魔法陣が出現し、そこから白いコンドルのような魔物がでてきて、スパンと的の中央を打ち抜いた。


 なるほど、ケイトの能力はモンスターを操ることなんだな。


 周りの生徒の様子を見るに、どうやら火、水、土、風以外の魔法を使ってもいいようだ。


 感心していると、すぐに順番がまわってくる。


「次の方!」


 やばっ、俺の番だ。

 どうしよう! 魔法なんて使えねーよ!!

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