第2話 お姉様と白百合寮

 この学園に潜む吸血鬼を見つけ出してほしい、ねえ。


「とてもこの学校に吸血鬼がいるようには見えないね」


 モアがコソッとつぶやく。


「ああ」


 ここアスセナ魔法女学院は全寮制のエリート女子校。


 新しくて清潔な校舎に、咲き乱れる白い花。金の乙女や天使の像。


 とてもじゃないが、そんな化け物がいるようには見えない。


「あのー、もしかしてあなた達が新しく編入してきたっていう方たちですか?」


 後から声をかけられる。


「は、はい!」


 慌てて振り返ると、そこには赤銅色の艶やかな髪をなびかせた美少女がいた。


「私は白百合寮の副寮長で二年の生徒代表、・ロッカです。これから寮の案内をしようと思うのですが、よろしいですか?」


「は、はい!」


 慌てて荷物を持ち、ロッカの後をついていく。


「二年生なんだ。俺と同じだな! ちなみに妹のモアは一年で……」


 紹介するも、ロッカはチラリと俺の顔を見て険しい顔をした。


「そうですか。それにしても、今までどこにいたのです? 案内を頼まれていたのにどこにもいないから」


「ああ、学長が『学校説明の後、案内の人が来るまで時間があるから学園内を見てきていい』って言ってたから。悪かった」


「お気になさらず。それよりあなた達、ツバキ様とお知り合いだったのですか?」


 ロッカが俺たちを見やる。

 その鋭い目付きに、俺は一瞬たじろぐ。


 ツバキ様。さっきの黒髪の美人のことだよな。


「い、いや。今日初めて会ったけど?」


「何ですって?」


 ロッカの動きがピタリと止まる。


「ど、どうかしました?」


「いえ、あなた達はラッキーですね。あのお方はこの学園でもっとも高貴なお方『姉4あねフォー』のうちの一人」


「姉4?」


 俺とモアが首を傾げると、ロッカは怪訝そうな目をした。


「あなた達、この学園に編入するのに何も調べて来なかったの?」


「ああ、はい」

「急に編入が決まったので」


 大きなため息をつくロッカ。


「この学校には四つの寮が存在し、各寮代表――乙女たちの頂点に立つのが『お姉様』と呼ばれる四人の存在、通称『姉4』です」


「姉4ねぇ」

「じゃあ、あのツバキ様、って言うのも姉4のうちの一人なんだ」


「そうです。歴代の姉4は寮長の他にこの学園の生徒会役員も兼任しており、多大な権力を与えられているのです。まさに学園の頂点とも言うべきお方たち」


 学園の頂点。姉4。変な学校だなぁ。


「そうそう、この学校では『姉妹制度』というのがあって、上級生が下級生の面倒を見ることになっているの」


「へー、そうなんだ」


「あなた達は途中から編入してきたから自分の姉妹を見つけるのは大変かもしれないけど、『お姉様』を作れば勉強や学校のことを色々教えてもらえるし、便利よ」


「なるほど」


「でももうモアにはお姉様がいるし」


「実の姉妹と『お姉様』は全然違うわよ」


 ロッカは呆れたように首を振った。


「先輩と後輩の垣根を越えたパートナーみたいなものね。間違われると困るから、今後はあまり『お姉様』と呼ばない方がいいんじゃないかしら?」


 ロッカの言葉に、モアはショックを受けたようによろめく。


「ええっ!? じゃあ、お姉様のことは何て呼べばいいの!?」


「姉上とかお姉ちゃんとか、いくらでも呼び方はあるでしょう」


「お、お姉ちゃん……?」


 モアが俺の方をチラリと上目遣いで見る。

 可愛い。


「モア、もう一回!」


 俺が頼むと、モアは不思議がりながらもリクエストに答えてくれる。


「おねえちゃん、おねぇちゃんっ!」


 か、可愛い!!


「お、お姉様、鼻血が……」


 言われて鼻に手をやると、ツー、と血が伝っている。


「大丈夫?」


 怪訝そうな目をするロッカ。


「あ、ああ、大丈夫、気にしなくていいから」


 ああ……モア……どうしてそんなに可愛いんだ!


「変な方たちね」


 ロッカは不思議そうに首をひねった。





「ここがあなた達の部屋です」


 ロッカが寮の一番奥の部屋を指さす。


「あ、ああ。ありがとう」


 鍵をもらい、部屋のドアを開ける。


「わぁっ」


 さすがお嬢様学校だけあって部屋は少し狭いものの綺麗だ。


 白い壁に金の装飾。広いベッド。勉強机や本棚、ドレッサーといった家具もシンプルな木造りだが、ちゃんとそろってる。


「海賊船や冒険者用の宿屋とは全然違うな」


 ゴロリとベッドに横になる。ピカピカのシーツの感触が心地よい。


「窓からの眺めもいいし」


 モアが窓をひょいとのぞきこむ。


「……あ」


「どうした? モア」


 俺は窓の外をじっと見つめるモアに問いかけた。


「ううん。ここから裏が見えるんだけど、さっきのツバキ様がいるの」


「どれ」


 のぞいてみると、確かに姉4のツバキ様だ。


 ここは三階の角部屋。窓から校舎の裏庭が見渡せるのだ。


「一緒にいるのが他の姉4のメンバーかな?」


「かもな。四人いるし」


 ツバキ様の横には長い金髪のグラマーな女性、その向かいには黒髪ショートカットの女性、そしてピンク髪ツインテールの女性が見えた。


 遠目にはよく分からないが、全員顔の整った美少女のように見える。


「ひょっとしたらあの中に、吸血鬼がいるのかな」


「かもな」


 俺は、今回のクエストの依頼人・ムルカさんの言葉を思い出していた。


「あの学園には吸血鬼がいるの。私の姉は、去年、全身から血を抜かれて殺されたわ。でも、学園は真剣に捜査もせず、うやむやにしてしまったの。きっと学園の上層部が握りつぶしたんだわ」


 ムルカさんは言った。


「そしてその姉と、最後に会っていたのが今の姉4のメンバーたちだったらしいの。おそらく姉4の中に、吸血鬼はいる」


 姉4の中に吸血鬼が?


 四人の美少女をじっと見つめる。

 本当に、あの中に吸血鬼はいるのだろうか?

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