28.お姉様と隠し部屋

 モア!? 一体どうしたんだ!?


 思わず椅子から立ち上がると、入口から凄まじい炎が吹き出してきた。真っ赤に染まるダンジョン。


「どわっ!!」


 余りの熱気に思わず後ずさる。あの時と同じだ……あの杖はどうしたんだよ!? 魔力を抑えてくれるんじゃなかったのか!?


「ちょ......お前の妹、どんな魔法使ってんだよ!」


 詰め寄るゼット。


「え? 確かファイアー、ウォーター、セイントしか覚えてないはずだけど」


「馬鹿言え、そんな初級の魔法でこんな威力が出るわけないだろ!?」


「そ、そうなのか?」


 すると、隣に座っていたチョビ髭でタキシードのおじさんが頷く。


「その通り。いいか、ファイアーっていうのはこういうやつだ」


 チョビ髭おじさんが呪文を唱えると、小さな火の玉が現れる。小型の虫モンスターくらいなら倒せるかなっていうささやかな炎。


「お分かりかね?」


 ウインクするチョビ髭おじさん。


「じゃあ、モアが唱えたのは一体......」


「分からん。今のを見た限りだと地獄の業火位の威力はありそうだが」


 腕組みをして眉間をトントンと叩くおじさん。ゼットは目を見開く。


「ええっ? そんな魔力の食いそうな呪文ばかり唱えてたら、すぐ魔力切れになるんじゃ」


「まあ敵の数によってはチマチマ倒してるよりも一気に焼き尽くした方が、案外魔力の効率が良いかもしれないし、それはどちらとも言えなんがな」


「そっか」


 でも、もしもモアが魔力切れでダンジョンの中で行き倒れてたら......段々不安になってきた俺の肩を、ゼットはポンポンと叩いた。


「大丈夫だよ、試験用のダンジョンなんざ、そんなに難易度高いわけないだろ」


「ありがとう。何だ、お前案外いい奴だな!」


 俺が言うと、ゼットは顔を赤くしてプイッと横を向いた。


「ふんっ! そんな事言って懐柔しようったってそうはいかないんだからな!」


 全く。残念だなあ。もしマロン絡みのあれこれがなければ、俺たち、いい友達になれたかもしれないのに。

 よく考えたら、長いこと王宮で姫生活で送ってきた俺には男友達があまり居ない。

 男相手の方がなんとなく話しすいから、もっと男友達がほしいんだけどな。


「次! ゼットさん!」


「は、はい!」


 名前を呼ばれたゼットが緊張した面持ちでダンジョンに入っていく。


 ゼットの試験中はこれといった物音や悲鳴は聞こえず、ただ静かに時が過ぎていった。

 それにしても何かモアの時に比べて長くないか? 何だか俺まで緊張してきたんだけど。


 先程までさほど緊張していなかったのだが、モアとゼットの二人がいなくなり、段々胃が痛くなってきた。結局、ゼットの試験中に4回もトイレに立ってしまった。


「次、ミカエラさん」


「は、はい!」


 いよいよ俺の実技試験だ!

 薄暗いダンジョン内に足を踏み入れる。


 唯一渡されたアイテムの松明を手に、二人横に並んで丁度いい幅の狭い一本道を、ゆっくりと歩いていく。


「なんだ、全然モンスター出ないじゃないか」


 言いながらも慎重に辺りを見回す。

 ゴツゴツした岩壁はモアの炎魔法のせいなのか、丸焦げになり黒いすすで覆われている。


「モア、大丈夫だったかな......と、いかんいかん、自分の試験に集中しなくては」


 モアなら大丈夫、そう言い聞かせて心を落ち着かせ、次の角を曲がった。

 すると俺に向かって何かが飛んできた。


「うわっ!」


 思わず飛んできた黒い物体を掴む。むにゅり、とした柔らかくて暖かい物体。何やら毛も生えている。俺は恐る恐るそのキーキー声を上げる黒い物体を見てみた。


「......コウモリ??」


 手の中でジタバタとするそのモコモコとした黒い物体は一見コウモリに見えた。が、よくよくみると牙が長く翼にも変な模様がある。


「いや、モンスターか」


 コウモリ型のモンスターを壁にぶん投げると、モンスターは「みぎゃ!」という変な声を出し、べシャリと潰れた。紫色の血が壁に小さな染みを作る。


「うげー......」


 人間とは何度も戦った事はあるがモンスターを相手にするのは初めてだ。

 人間相手の時みたいに手加減しなくてもいいから楽だと思っていたが、いくら軍手をしているとはいえ、さすがに血やら内蔵やらが出るとなるとちょっと考えものだ。


 辺りを見回し、手軽な長さの木の棒を拾う。ひのきの棒だ。


「とりあえずこれで殴ることにするか。素手よりはマシだろ」


 するとちょうど良くコウモリが二匹こちらに向かって飛んでくる。


「あーらよっと!」


 ひのきの棒を勢いよく振ると、ビチャビチャとコウモリたちが一斉に壁に叩きつけられる。


「うん、いい感じだ」


 その後も出てきたモグラ型モンスターやウサギ型モンスター、コボルト、ゴブリン、ワーウルフ、ゴーレムなどをワンスイングで倒し、ダンジョンの奥深くへと進んで行った。


「さてと、そろそろ出口かなっと......ん?」


 すると、ダンジョンの壁に妙な図が刻まれているのを見つけた。

 鏡の中から這い出てくる角の生えた悪魔の図。その図には、よく見覚えがあった。


「これ......ルーラから奪った指輪の模様と同じ......?」


 ゆっくりと悪魔の図が彫ってある壁に近づくと、突如指輪から真っ白な光が吹き出す。


「うわっ......」


 そして低い地鳴りとともに壁が真っ二つに割れたかと思うと中に広い空間が現れた。


「隠し部屋......!?」


 恐る恐る中を除くと、椅子とテーブル、それに大きな鏡が一つあるだけで中はガランとしている。


「とりあえず罠は無さそうだが......隠しボスでもいるのか? 宝箱があるとか?」


 しかし部屋の中をいくら探しても、怪しいものは何も無い。


「何かあるとすればこの鏡か」


 黒くタールのように光る不気味な鏡。よく見ると鏡の周りには薔薇のような模様が彫り込まれている。試しに鏡をよくよく覗き込んでみたが、何も起こりそうにない。


「なんだか薔薇祭りの飾りに似ているような気もするが......」


 俺は自分の耳に付いているモアとお揃いで買ったピアスに手をやった。


「ま、いっかこの部屋は」


 俺は隠し部屋を後にした。


「クリアタイムも測ってるっていうし、急がないと」


 背後で隠し扉が閉まる音がこだまする。


「一体なんだったんだあそこは......」


 そうしてしばらく走ると、今度は岩に覆われただだっ広い部屋がいきなり目の前に現れた。


「ここは......まさかボスか?」


 地面が揺れる。続いて何か巨大なものが近づいてくるようなものすごい音が近づいてくる。


 緊張しながら木の棒をギュッと握りしめる。額を汗が流れる。


 そうして現れたのは、闇に光る灰色の鱗、吐き出される台風のような吐息。足を踏み鳴らす度に地面が揺れる、巨大なドラゴンであった。





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