30.お姉様と冒険者ランク
それから少しして、タキシードを着たちょび髭おじさんが息を切らしてダンジョンから出てきた。
「ふう......私のダンシングソードが効かないとは。ゴーレム、恐ろしい敵だった」
エレガントな仕草でハンカチで額を拭くおじさん。ゴーレム、そんなに強かったか?
「あなたで最後です」
試験官のおじさんがちょび髭おじさんに告げる。えっ? 俺がダンジョンに入る前にはあんなにいたのに。俺はその場にいる人数を数えた。
ダンジョンに入ったのは25人だったが、無事クリアできたのは10人。あとの15人はクリアできず途中でリタイアしたと試験官のおじさんは告げる。
「ふむ、あの二人、また今年も駄目だったか」
ちょび髭おじさんが呟く。どうやら自分は受かったものの、連れの二人が落ちたらしい。
「またってことは、前にも受けてたの?」
モアが首をかしげる。
「ああ、あの二人は今回で三回目の受験で、僕も今回で五回目。五回目でようやく合格さ」
おじさんが笑う。どうやら、この試験は普通の人間にとっては思ったより難易度の高いものらしい。
「君たちは若いのにすごいね、初挑戦で合格するとは」
「いやあ、ははははは!」
少しして、俺たちはまた協会内の会議室に呼び出され、第一種冒険者カードと、タイムやモンスター討伐数のついたスコアシート、それから『冒険者の手引き』という小冊子を持ってきてくれた。
「皆さんは今日から冒険者です。冒険者の名に恥じないように……」
長ったらしい説教が始まる。俺がウトウトしていると、モアに袖をつっつかれる。
「お姉さま! お姉さま! 終わったよ!」
「……ん? ああ。終わったか」
俺が顔を上げるとゼットが駆け寄ってくる。
「バッカおめー涎たらして寝てんじゃねーよ!」
「涎なんか垂らしてない!」
言いながらも口元をぬぐうと、べっとりと涎がついていた。
「やっぱ垂らしてんじゃねーか」
「うるさいなー」
「ところでよ、お前のスコアどうだった!?」
子ネズミのようにちょろちょろ周りを動き回ってるゼットがうるさかったので、俺は黙って自分のスコアシートを渡した。
「ん」
「D2か。俺と同じだな」
ゼットがびっくりした顔をする。
びっくりしたのはこっちだ。まさかゼットがそこまで強いとは思わなかったから。てっきり甘ったれのお坊ちゃまだと思っていたのに。
冒険者と言うのにはS~Dランクがあり、冒険者一種試験を突破した合格者たちはまずD1からD4までの四つの階級に分けられるのだという。
『冒険者ハンドブック』によると、D1が一番上で一つか二つクエストをクリアすればCランクの冒険者に上がることができる。
D2はその一つ下で、2個か3個クエストをクリアすればCランクに上がることができるのだという。
ちなみに『勇者』と言うのは一般的にはSランクの冒険者を指すのだとか。
「むむ、討伐数では負けてるけど、タイムは俺の方が早いな!」
ゼットが胸を張る。
そりゃ俺は隠し部屋に入ったりと色々したからな。そう言おうとしたが、ぐっとこらえる。
ゼットのスコアシートをみると、討伐数は38でタイムは28分。俺は討伐数は43でタイムは33分。
「そういえばモアは? どうだった?」
「わ、私は――」
モアが困ったように笑う。
「なんだよ、見せてみろよ」
ゼットがモアのスコアシートを無理矢理奪う。俺もひょい、とそれを覗き見てみた。
『測定結果:D1 タイム:15分6秒 討伐数:187』
なんだこれ! D1だし。タイムも討伐数も俺やゼットと全然違う!
「モア、すごい!!」
「た、たまたまだよぉ~」
困ったように首をブンブンと振るモア。
すると試験官のおじさんがモアの肩を叩いた。
「君は素晴らしい才能の持ち主だ。こんな素晴らしいスコアは見たことがない。君ならスグにAランク、いやSランクに上がることも夢ではないよ」
「そ、そんな」
モアは恥ずかしそうにする。周りの合格者たちも羨望の目でモアを見ている。
「君も、妹を見習って頑張りたまえ」
試験官は俺の方に向くと付け足したようにこう言って去っていった。
ちょび髭のおじさんまで
「優秀な妹さんをお持ちのようで羨ましい」とか言ってくる。
モアがしょんぼりとうつむく。
「モアなんか全然大したことないのに。お姉さまの方が凄いのに......」
「そんな事ないさ! モアは凄いぞ!」
何故かモアを慰める俺。
フン、とゼットは胸を張る。
「ま、まあ俺はちまちま一匹づつ剣で倒してたけど、魔法で一掃できる魔法使いの方がそりゃ有利だわな!」
それを言うなら俺は素手とひのきの棒で戦ってたし!!
「そ、そうだね、剣士より魔法使いの方が有利な試験だから仕方ないよ!」
モアもそう言って笑う。
こうして、冒険者試験は終わり、俺たちは冒険者カードを手に宿屋へと戻ったのだった。
「なあ、お前、悔しくないのか?」
途中、こっそりとゼットが呟く。
「え、なんで?」
「うちにも姉ちゃんたちが沢山いるんだけどさ、しょっちゅうどっちが上だ下だって姉妹で争っててさ、醜い嫉妬だらけだったけどお前のところはそうじゃないのな」
俺は少し考えた。そういえばモアと争ったことなんて記憶にない。だってモアは可愛い妹だし。
でもよく考えてみると女同士だとそういう醜い嫉妬や争いがあってもおかしくないものなのかもしれない。
ま、俺は自分のこと男だと思ってるし、兄が妹と競ってもしょうがないからなあ。
「いや、今回はただ単に俺の実力が足りなかっただけさ。これからクエストをどんどんこなしていって努力すればいいだけの話だ」
俺が笑うと、ゼットは感心したように頷いた。
「なるほど、マロンはお前のそういうところに惚れたのかもしれんな」
えーっ、そうかなあ?
「まあいい。俺は帰ってマロンにお前よりタイムが良かったって自慢してやるんだ! じゃあな!」
手を振って去っていくゼット。
「ばいばーい!」
モアも手を振る。
意外なことに、モアは結構ゼットの事を気に入っているようだ。
「なあモア、モアが男の子になつくなんて珍しいな」
俺が恐る恐る言うと、モアはきょとんとした顔をした。
「だってゼットって、お姉さまと少し似てない?」
「どこが!」
その時俺の脳裏に浮かんだのはモアの舞踏会の時のあのセリフだった。
“モアはお姉さまみたいな人と結婚するの“
......まさかな。
その時、なぜだか分からないけど、酷く胸が痛んだ。
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