5.お姉様と黒髪の美女

「そうだ、せっかく舞踏会に来たんだから、どっちか僕と踊るかい?」


 レオ兄さんが俺たちに向かって手を差し出してくる。


「……いや、俺はいい」


 俺が首を横に振ると、モアは目を輝かせて兄さんの手を取った。


「じゃあモア、お兄様と踊ってくる!」


 モアがレオ兄さんの手を取り駆けていく。まあいいか。変な男につかまるよりは兄さんと踊っていてくれた方がまだ安心だ。


 曲が始まる。いつもの退屈なワルツ。


 くるくると人形のように踊るモアは最高にかわいい。

 周りを見渡してもモアよりかわいい子は見当たらない。いや、世界中探してもモアより可愛い子なんて居ないだろう。


 俺がケーキを頬張りながら、ぼんやりと踊る女の子たちを眺めて暇をつぶしていると、一人の美少女が目に留まった。


「……ん。あの子、かなり可愛いな」


 目に留めたのは、壁際に物憂げな顔をして立っている黒髪の美少女だった。


 歳は俺よりも少し年上だろうか。すっと通った高い鼻に、サラサラと流れる絹糸のような長い黒髪。透き通るような色白の肌。

 紫色の少しエキゾチックなドレスは、露出こそ少ないものの、少し透け感のある素材を使っており、彼女の美しい体のラインをより引き立てている。


 モアとはまた違ったタイプだけど、好みかもしれない。


 俺が黒髪の美少女をぼんやりと見ていると、不意に彼女と目が合った。

 紫水晶を思わせる瞳が煌めきを放ち、口元に微かに笑みが浮かぶ。


 ヤバッ! ジロジロ見すぎて変態だと思われたか⁉ 俺は急いで目をそらした。


「お姉さま~!」


 そこへモアがダンスを終えて戻ってくる。


「お疲れ様、モア。可愛かったぜ」


「本当?」


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるモア。あー、癒される。


「ああ、会場の中でもダントツだ」


「またまた~」


 照れてふにゃあ、となるモア。俺はキョロキョロとあたりを見回した。


「......ところで、レオ兄さんは?」


「お兄様なら、あそこに」


 モアが指さす方向を見ると、先ほどの美少女に兄さんが何やら話かけているではないか!


 きっとモアとダンスをしながらも好みの女がいないかチェックしていたに違いない。なんて奴だ!


 するとモアが俺の顔を上目遣いでチロリと見てむくれる。


「お姉さまもあの女の人、ずーっと見てたでしょ!」


 ゲッ! ばれてた!?


「い、いや、それはその……」


 しどろもどろになりながら美少女に視線を戻すと、なんと兄さんが美少女の耳元に顔を寄せ、細い腰に手を回したではないか。


 こ、こらー!!


 だが美女は腰に回そうとした手をやんわりと拒絶して身を離すと、スタスタと歩き去ってしまった。


「ハハッ! フラれてやがんの!」


 ざまあみろと笑っていると、カツカツとヒールの音が近寄ってきた。


「あの人ったら、懲りないのね」


 氷のように冷たい声にびくりと身を震わせる。


「ア……アビゲイル義姉さん!!」


 燃えるような真っ赤な巻き髪、すらっとした長身のこの女性はレオ兄さんの妻、つまり俺たちの義理の姉さんに当たる。

 兄さんより三歳年上のアビゲイル義姉さんは、噂によると国政にあまり興味のない兄さんの代わりにほぼ全ての国務を取り仕切っているのだとか。


 義姉さん、どうやら先ほどのやり取りを見ていたらしい。


 全く、自分の妻を放っておいて何やってるんだよー! 兄さんは!


「全く、どうしてあの人はいつもこうなのかしら?」


 怒りが収まらない義姉さんに、俺は思わずこう聞いた。


「あの......アビゲイル姉様は、どうして兄さんと結婚したんですか?」


 政略結婚とはいえ、うちはそんな大国でもないし、断わることはできたはずだ。それをなぜ兄さんなんかと。


「イケメンだからよ」


 アビゲイル姉さんはきっぱりと答えた。なんて正直な。


「......私もね、あなたと同じだったのよ、昔は」


「えっ!?」


 俺は狼狽えた。俺と同じって? まさかアビゲイル姉さんも前世が男だったのか!?


「なかなか結婚っていうのにピンと来なくて。白馬の王子様との出会いを待っていたのよ」


 どうやらアビゲイル姉さんは、俺に浮いた噂が無いのは白馬の王子様を待ちわびる乙女だからだと思っているらしい。まあ転生した男子高校生なんだとバレるよりはそれでいいか。


「でも、なかなかいい人は現れなくて。そうこうしているうちに周りはどんどん結婚していくし、どうせ運命の人なんか現れないのなら、イケメンでお金持ちな人を選ぶべきだと思ったの」


 アビゲイル姉さんは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


「でも、失敗だったかもしれないわね」


 結婚ねぇ......。

 男と結婚だなんて考えたくもない。

 でも王族の娘である以上はいつかは結婚しなきゃいけないんだろうし、するんなら確かにブサイクよりはイケメンのほうがましだよな。


 でもやっぱり子供とか作んなきゃいけないと考えるといくらイケメンでも困る。

 いっその事浮気OKにして、妻公認の側妻でも置いたらいいかもしれない。そしたら子供はその子に産ませて、俺は悠々自適に......


 そんな事を考えていると、不意に会場が暗くなった。


「皆様、ここで余興でございます。シルスター姉妹によるナイフ投げをご覧に入れましょう」


 そんな掛け声とともに現れたのは、先ほどの美少女と、彼女に瓜二つの女の子だった。どうやら、あの美少女は双子だったようだ。

 可愛い上に双子だなんて、ますます萌える。


 先程の黒髪の美少女が頭を下げる。


「皆さん、私は旅芸人のアオイ、こちらは姉のヒイロ」


 紹介された双子の姉、ヒイロが不愛想な様子で頭を下げる。ヒイロはアオイに比べて髪が短く、肩までしかない。そこに赤い花をつけ、赤い短い丈のドレスに黒のニーハイを履いている。かなりの美脚だ。


 紫のドレスに長い髪の子がアオイで、赤いドレスに短い髪がヒイロか。うんうん、美人姉妹だな。


「今夜は私の姉・ヒイロの驚異のナイフ投げの技を披露致しましょう」


 アオイがにこやかに言うと、拍手が湧き上がった。

 

 ピクルスをボリボリ食いながら見ていると、アオイが両手両足を縛り付けられ、壁に貼り付けにされる。


「わあ! 縛り付けられちゃった!どうななっちゃうんだろう!?」


 モアが俺のドレスを引っ張る。


 ぼんやりと二人の美女を見ていると、姉のヒイロは、箱の中から短剣を両手に持った。

 そして目にも留まらぬ速さでアオイがはりつけにされた壁に勢いよくナイフを打ち込んでいく。


 次々に打ち込まれる数え切れないほどのナイフに観客の目は釘付けになる。


「わあ、すごーい!」


 無邪気に拍手をするモア。


 するとナイフを持ったヒイロが急にこちらの方へ視線を向けた。


 ――えっ!?


 俺は思わず固まってしまう。だって、ナイフが真っ直ぐにこっちへ飛んできたんだから。


 なななんで、俺に向かってナイフを投げるんだよーっ!!

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