第8話 お姉さまと襲撃
ヒヒーン!
突然馬が雄叫びを上げ、ガタガタと揺れたかと思うと、馬車は突然停止した。
「襲撃か!?」
俺はフルウを後ろに下がらせ、恐る恐る窓の外を覗いた。
「――っ!?」
そこに居たのは二十人ほどの黒づくめの服を着た男たちだった。しかも、それぞれ剣や斧、ナイフなどの武器を構えている。
「ちっ!」
俺はとりあえずモアとフルウに車内に留まるように指示を出すと、一人で馬車の外に出た。
「見ての通り、お前らは取り囲まれている。大人しく例のブツを渡すんだな、お嬢ちゃん」
近くにいた黒服がニヤニヤとこちらに手を伸ばす。何ともまぁ、典型的な悪役である。
「――嫌だね」
だが俺は返事とともにそいつに殴りかかった。いい感触。俺の拳は難なく奴の頬にめり込んだ。
「ぐはっ!」
殴り飛ばされた衝撃で、近くにいた二、三人の黒服も地面に倒れる。その隙に、俺は馬車の運転席を確認した。
運転手はだらりと頭を下げ意識がないようだ。
「……おい、しっかりしろ!」
返事はない。が、息と脈はある。どうやら気絶しているだけみたいだ。誰かから攻撃を受けたのか。いつのまに?
俺は運転手を運転席から引きずり下ろし荷台に乗せると運転席にまたがった。
「モア、運転手は駄目だ。このまま俺が運転して出発する!」
「うんっ!」
モアはドアを少し開け、杖を出すと素早く呪文を唱えた。
「ウォーター!」
杖から水が吹き出し、黒服たちを押し流す。ナイスだ。その隙に俺は馬車を出発させないと。
「ほら、行けっ!」
だがいくら綱を引っぱっても、馬はビクともしない。
「動けってば!」
ひょっとして急な物音や黒づくめの男たちに、馬が完全にビビってしまったのかもしれない。
「仕方ない、こうなったらこいつら全員倒すしかないな」
俺が慌てて馬から降りると、黒づくめの男たちの後ろから見慣れた赤毛が歩いてきた。クレーシーだ。良かった。
一瞬そう思った俺だったが、黒づくめの男たちがクレーシーに道を開けたのを見て、全てを理解した。
モアも顔色をさっと変える。
「まさか、クレーシーさん!?」
「ああ、そのまさかだな」
クレーシーはあちら側、つまりフルウを襲う犯人のうちの一人だったのだ。
「ふふ、その様子だとどうやら私の正体に気づいたようだね」
「そりゃ気づくだろ」
俺が右手を上げるとその中に斧が収まる。
「――なるほどね、わざわざあんな予告状を出したのは、護衛として潜り込むためか」
「ま、そんなとこ」
でも、だとしたら少し解せないこともある。もしフルウの剣を盗みたいのであれば、自分たちがフルウと同じ馬車に乗るように計画を立てればいいのに、なぜ俺たちとフルウを同じ馬車にした?
「メレ」
ジャラリ。
鎖を引く重い音。クレーシーの背後にいたメレがゆっくりとクレーシーの前に立つ。
「出番だ。やっておいで」
クレーシーがメレの鎖を外す。メレの瞳が赤く光った。
「お姉様っ、危ないっ!!」
モアの声が響く。
気づいた時には、メレの顔がすぐ近くまで迫ってきていた。
「――くっ!」
咄嗟に腕を前に出す。腕に鈍い感触が襲った。突きを食らったのだと気づいた時には、すでに俺の体は宙を舞っていた。
「よっ」
とりあえず一回転して地面に降り立つ。ズキズキと腕が痛む。凄いバカ
「……仕留め損ねた」
ポツリとメレがつぶやくと、クレーシーは唇の端を上げた。
「ふぅん。人間より力の強いメレの攻撃を受けても平気だなんて、中々やるじゃないか」
「気をつけてクレーシー様。全力で殴ったけど、まるで手応えがなかった」
メレが俺を指さす。クレーシーはふぅん、と首をかしげた。
「なるほど。初めはあんたらを犯人に仕立て上げて殺す計画だったが、こうなったら作戦変更だね」
クレーシーが鎖をジャラリと鳴らす。
一瞬のうちに、無数の鎖がモアの体に巻きついた。
「きゃあっ」
「モア!」
「ふふっ、ジタバタしても無駄さ。この鎖は特殊な鎖でね、普通の人間の力じゃ解けないよ」
そう言うとクレーシーはパチンと指を鳴らした。
「マッスル、ジャック!」
「おう!」
「はいよ」
現れたのはマッスルとジャックだ。
「クソっ、お前らもグルだったのか!」
ニヤリと笑うマッスル。
「クレーシーは筋トレ好きの同志だからな。筋トレ好きに悪いやつはいない」
「いや、どう考えてもそいつ悪いやつだろーが!!」
ジャックは首をすくめる。
「悪いやつだとか、そんなのは関係ない。僕としてはお金が貰えりゃ何でもいいのさ」
「お前らしいな」
マッスルはジャックの言葉に歯を見せて笑うと、フルウを馬車の中から無理矢理引きずり出した。
「離して!」
「フルウ!」
「おっと、動くんじゃないよ、妹がどうなってもいいのかい」
「くっ……」
「あったぜ、これだ」
ジャックがフルウから剣を取り上げ、クレーシーに投げてよこす。投げられた剣は、メレがキャッチした。
「ふむ、確かに」
満足そうな顔でクレーシーは剣を撫で上げた。
「返せ! この!」
フルウが大声を張り上げるも、クレーシーはふん、と片眉を少し上げて嘲笑った。
「じゃ、お目当てのものはいただいたし、私たちはずらかるよ」
クレーシーが右手を挙げると、クレーシーたち体は、一瞬にして煙のように掻き消えた。
「じゃあね、わざわざこんな所までご苦労さま! ハーッハッハッハ!」
あとはただ、そんな笑い声が辺りにこだまするだけだった。
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