第34話 お姉様と巨大な波

 隠し通路を見つけた俺たちは、ぽっかりと口を開ける暗がりへと足を進めた。


 ズン!


 低い音。


 振り返ると、背後で壁が勢い良く閉まった。


「お姉様!」


 俺は慌てて背後の壁を押したり引いたりするが、ビクともしない。拳を叩きつけてもダメ。なんだこれ。魔法か?


「まずいな。後戻りできないってことか」


 モアが魔法をかけているから、しばらく呼吸は持つだろうが、帰り道が絶たれたというのは不安だな。


 それにしても、地下二階付近で消えたというベルくん。

 もしかして、この隠し扉を通ったのだろうか? だとしたら……


「どうしよう」


 不安そうなモア。俺はモアの肩を抱いた。


「大丈夫だ。先に進もう」


 薄ぼんやりと辺りが明るくなってきた。光だ。床から光の帯が吹き出ている。光の魔法だろうか。


 しばらく進むと、道が無くなり、突き当たり当たった。


「行き止まりだ」


 俺が壁をペタペタ触っていると、モアが壁を指さす。


「お姉様、これ何だろう」


 見ると、壁から何やらレバーが突き出ている。


「これを引くのかな」


 ゴクリと唾を飲み込みレバーに手をかける。隠し扉か? まさか、また罠じゃないだろうな。


 だが、どうせ帰り道も塞がれてるし他に選択肢もない。俺は意を決してレバーを引いた。


 ゴゴゴゴゴ……


 低い音。


「何の音かな」


「……水?」


 すると背後の壁がパカリと開き、そこから勢い良く水が吹き出してきた。


「まずい! 罠か!?」


「水が!」


 気がつくと、目の前の壁にもいつの間にか人一人入れるほどの穴が空いている。まさか……!



「ぎゃああああああ!!」


「お姉様あああああ!!」


 気がつくと、俺たちの体は巨大な波によって目の前の穴へと勢いよく押しこまれていた。


「うおおおおおおおお!!」


「ぎゃあああああ!!」


 まるでウォータースライダーに乗ってるみたいに、成す術もなく流される体。

 やがて波が収まり、俺たちの体は薄暗い海の中に吐き出された。


「お姉様、大丈夫!?」


「ああ、大丈夫だ。ここはダンジョンの外か!?」


 辺りを見回す。

 薄暗い海の底に、一筋の灯りが見えた。


「何だ、あれ」


「お姉様、あれって、お城じゃない?」


 赤い屋根。白い壁、金色の立派な門。

 俺たち見たものは、海底に沈む竜宮城のような城だった。


「海底に、城が?」


 海底に佇む不思議な城に目を奪われていると、モアが俺の袖を引っ張る。


「お姉様、そろそろ魔力が」


「ああ。一度陸に戻るか」


 モアに促され、海面へと顔を出す。


「ぷはっ」


 久しぶりの陸の空気に、肺が生き返るようだ。


「ここ、どこだろう?」


「随分流されたみたいだけど」


 辺りを見回すと、島が見えた。どうやら陸の近くのようだ。どこかで見覚えのある風景。島の中央部になだらかな丘が……ってあれ?


「ここ、あの巨大カラスがいた島じゃないか?」


 今はカラスは居ないけど間違いない。


「本当だね。どうしてここに流されたんだろう」


 首をひねるモア。


「やっぱり罠だったのかな」


「うん、そうかもな」


 二人で島へ上陸する


「はああ、疲れたぁ」


「だいぶ泳いだもんね」


 二人で砂浜に倒れ込む。


 いつの間にか西日が強くなってきている。

 風が冷たい。今日の探索はこれでおしまいだな。


「おーーい!! お姉様ーっ!!」


 俺たちが砂浜でぐったりしていると後から声をかけられる。


 この声は!


「アン!?」


 振り返ると、そこに居たのはアンとメリッサだった。


「いやーん! 久しぶり!」


 メリッサが後から抱きついて胸を揉んでくる。


「メ、メリッサ!」


「うーん、相変わらず張りがあってサイコー」


 むにゅむにゅと胸の感触を堪能するメリッサにアンが呆れ顔をする。


 どうして二人がここに!?

 

「どうしたの? こんな所で」


 モアがメリッサの手を二人から引き剥がしながら尋ねる。


「いや、実は前回この島に来た時、カラスの巣の中に沢山宝石があったのを思い出しまして」


「最近あのカラスも見ないし巣の中を漁ろうっていう計画だったのよ。残念ながら巣には殆ど何も残って無かったけど。二人はどうしてここに?」


「いや、実はかくかくしかじかで」


 俺はアンとメリッサに、採取クエストとベルくんの行方探しに海のダンジョンに行ったら、波に流されていつの間にかここに来てしまったことをかいつまんで話した。


 メリッサとアンが顔を見合わせる。


「そうなんだ。不思議なこともあるもんだね」


「で、海の中に不思議なお城を見つけたんだけど」


 アンとメリッサが顔を見合わせる。


「ねぇ」

「もしかして」


「どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、アンが神妙な顔をして考え出す。


「あ、いや。もしかしてそのお城、言い伝えに出てくる悪魔の海底神殿じゃないかなーと思って」


「悪魔の海底神殿?」


「うん。私も良く知らないんだけど、先代の船長なら詳しいことを知ってるかも」


 先代の船長?


「そうだ、もうすぐ夕方ですし、お姉様たちも海賊船に乗って港に一緒に帰りませんか? その時に、先代船長のことも紹介しますよ」


「ああ、そうしようか、モア」


「うん」


 悪魔の海底神殿。先代船長。


 分からない事だらけだ。


 俺たちはアンとメリッサに促され、二人と一緒に海岸に停泊している海賊船に乗り込んだ。


 海賊船に乗るのも何だか久しぶりなような気がするな。


「あれー? お姉様じゃん!」

「久しぶり!!」


 女海賊たちが声をかけてくる。


「久しぶりだな、お姉様」


 背後から声をかけられる。振り向くと、そこに居たのはグレイス船長だ。


「グ、グレイス船長まで」


「ああ、呼び名のことか。アンから聞いたぞ。お姉様の国では尊敬する女性に敬意と示すために『お姉様』という呼称を使用すると――」


 なんだそりゃ!


 道理でグレイスだけじゃなく、船員たちがこぞって「お姉様! お姉様!」と呼んでいると……!


 俺たちは事のいきさつを説明し、船に乗り込んだ。


「よし、出航するぞ! 錨を上げろー!」


 少女たちの錨を巻き上げる歌声が響く。



「錨をあげろーヨーホーホー」

「お姉様は」

「清き正しく美しいー」

「お姉様は」

「最強だー」



 俺は思わずガクリとずっこけそうになった。


「何だこの歌は!」


 アンが自慢げに答える。


「何って、お姉様の美しさと、グレイス海賊団とロレンツ海賊団を歴史的和解へと導いた功績をたたえる歌です! 私が作詞作曲しました!」


 や、やめてくれっ!


 こうして俺たちは、再び海賊船に乗り港へと向かったのであった。

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