第33話 お姉様と謎の壁画
「よしっ、防水魔法はこれで大丈夫なはず!」
モアが息をぜーぜー言わせながら宣言する。
俺とモアは節約のために魔法書を買い、防水魔法と水中呼吸魔法、水中歩行魔法、水中会話魔法の四つをかけたのだが、そのせいでモアはもうヘトヘトだ。
「素直に魔法道具を買えばよかったかな」
「大丈夫だよお姉様! そのうち慣れるから」
健気に笑うモアの後から、またさっきのおじさんがやってくる。
「なぁんだ、君たちわざわざ魔法書を買ったのか。確かに安いけど、慣れないうちは多少高くても魔法道具に頼ったほうがいいと思うぞ。貴重な魔力を無駄にするのは勿体無い」
「そうか」
うむむ。失敗したかな。
「初心者向けのダンジョンといっても、水の中のダンジョンは地上とは勝手が違うし、初めは数ヶ月かけて少しずつ攻略していくのが良いだろう。あまり無理しないように」
おじさんが教えてくれる。
「ありがとうございます」
俺たちが頭を下げると、おじさんは綺麗なフォームで地底湖に飛び込んだ。
俺たちは顔を見合わせる。
「取り敢えずあの人の後をついて行こうか」
「そうだね」
そろそろと水に足をつける。防水魔法をかけてはいるが水の冷たさは遮断できていない。俺は海水の冷たさに身を震わせた。
「思ったより冷てーな」
「ゆっくり入ろう」
二人でゆっくりと水に体を沈める。寒さに慣れてきたところで思い切って顔を水につけ潜る。
青い光がうっすらと差し込む地底湖。よく見るとその底の方に、神殿と繋がっているらしい横穴があった。
「いくぞ!」
「うん!」
モアと目配せし合うと、思い切って横穴へ身を潜らせる。すると幾重にも組まれた古い石壁が見えてきた。
「お姉様!」
やがて壁だけではなく、床も石畳に変わる。そして龍の模様が刻まれた大きな石造りの柱が二本、俺たちを出迎えた。
これが海底神殿!
水の色もいつの間にか、青から暗闇にランプを灯したような黄色っぽい色に変化していた。誰かが魔法で灯りでも灯しているのだろうか?
「何だかわくわくするね!」
「ああ。だがもうダンジョンの中だ。油断しないように」
いつモンスターが襲ってくるか分からないし、モアの魔力が普通より多いとはいえ四つの魔法を同時にかけている。
それが力尽きたら逃げ場もないので溺死してしまう可能性だってありえるのだ。
「様子を探りながら進もう」
コクリ、とモアが頷く。
罠に注意しながらしばらく石畳を歩いていると、二股の道が現れた。
片方は広くて明るく、もう片方は薄暗くて狭い。
「お姉様、どっちに行く?」
「うーん、とりあえず広いほうかな」
薄暗い道は罠とかありそうだもんな。
「よーし、じゃあ、広い道!」
俺たちが広い道へ足を踏み入れた瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。
「危ない!」
咄嗟にモアを庇う。
「お姉様、大丈夫。あれはカニだよ」
モアが指さす。
「カニ?」
「モンスターじゃないのか?」
「かも」
「モアは下がってろ。魔力を温存しないといけないし」
「う、うん。分かった」
右手を開くと手の中に斧が現れる。
「で、でりゃ!」
遠慮がちに斧を振り下ろすと、バラバラとカニの甲羅が散らばる。
「なんだこりゃ。偉く弱い敵だな」
斧をもうひと振り。ひと振りで三体のカニがバラバラになった。
「初めだから、こんなものなんじゃないかな」
「そうか。とりあえず先に進もう」
しばらく出てくるカニやヒトデを倒しながら進む。
「随分味気ないダンジョンだぜ」
またしても分かれ道。適当に右を選んで進むと、しばらくして下へ向かう階段が現れた。
「もう一階クリアか」
「これって何階まであるんだろう」
薄暗い階段を慎重に進む。
「さあ。クリアまで一ヶ月くらいかかるって言うから相当あるのかもな。とりあえず進んで見るか。――っと!」
暗がりから現れたのは、雷光をまとったクラゲが三匹。
「モア、下がってな。こいつ毒とか持ってそうだし」
「う、うん」
武器を取り出し、構える。
と、クラゲが飛びかかってきた。
「でやっ!」
斧を思い切り振り回すと、ベチャベチャという音とともにクラゲが壁に叩きつけられる。
「お姉様、大丈夫!?」
「ああ。斧が当たった瞬間、若干電気攻撃っぽいのを食らった気もしたが、大したことないな」
「良かったあ」
モアに抱きつかれながら地面を見ると、そこには半透明でキラキラ輝く海草が見えた。
「これが採取クエストの海草か」
俺たちはまばらに生えていた海草を採取すると袋に詰めた。
「やっぱり、初心者向けのダンジョンだけあって、呼吸さえ何とかすれば敵も弱いし簡単だな」
「折角ここまで来たし、とりあえず先に進んでみようよ」
「そうだな」
しばらく進むと、入口で会ったおじさんとばったりとあった。
「あれ、君たちもうこんな所まで来たのか!」
「ああ」
「凄いな。ドクガニやサンダークラゲには会わなかったのか!?」
あのモンスター、そういう名前だったのか。
「ああ。会ったけど、倒したよ」
俺が答えると、おじさんはますます目を丸くする。
「たまげたなあ。魔法を使ったのか?」
「いや、モアは防水魔法とかそういうのを使ってるから、俺が物理攻撃で」
「マジか。あいつらには速効性の毒があるから魔法で攻撃するのがセオリーだと思っていたが、やるな。あんたら見込みがあるぜ」
「ははは。どうも」
おじさんはそこまで言うと、急に真面目な顔になる。
「だが、ここはまだダンジョンの中間地点だ。ここから先はキラーフィッシュやイビルオクトパスなんかの強敵が待ち受けている。油断はしない事だな」
「は……はは。そうだな」
正直、大したことない敵にしか思えないが。
どんどん薄暗くなっていく海底神殿を、奥へ奥へと進んでいく。
しつこく襲いかかってくるキラーフィッシュを倒しながら三又に分かれた道を進むと、突き当たりにぶつかった。
「あれ、行き止まりだ」
「戻ろう。ここ、暗くて不気味だし」
怖がるモア。しかし俺は、この場所が何故か気になった。
「モア、見てみろ、ここ」
「え?」
何故気になったかというと、突き当たりの壁に彫られていた絵のせいだ。
そこには、十二種類の動物が描かれている。
「ウサギ、馬、鶏、犬。なんだろう、これ」
モアが首を捻る。
ただの絵? それとも……いや、俺の予想が正しければ……。
俺は動物の描かれた壁を押してみた。壁は少し凹むと、左右に絵の描かれたブロックが動く。
「やっぱり。これは何かの仕掛けだ」
「確かに。でもこの壁をどう動かすのかな。何かヒントでも」
悩むモデルの横で、俺は迷いなく動物の描かれたブロックを動かしていった。
ネズミ、牛、トラ、兎……これらの動物が示すもの。「日本人」なら誰でも思いつくもの。それは――
「よし、十二支の順番に並べたぞ」
最後の「」のブロックを壁に押し込む。
地響きのような音と共に、壁が動き、隠し通路が現れた。
「お姉様、凄い!」
目をキラキラとさせるモア。
「ああ」
でも不思議だ。この神殿を作った者は、なぜ十二支について知っていた?
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