第10話 お姉様と海賊の仕事

「ま、待てっ」


 俺はモアそっくりな少女の手を掴んだ。


「はっ、放せクソ女!」


 その声に、俺は思わず彼女の手を放す。


「えっ!?」


 彼女……じゃない! 男だ!


 年の頃、13、4歳だろうか。やんちゃそうな瞳。声変わりしたばかりだろうか。少し高めだけど、男の声だ。モアじゃない。


 俺が戸惑っている隙に、謎のモアそっくり女装男は路地の暗がりへと姿を消した。


「何だったんだ? あいつは……」





「それでは新しい仲間の加入を祝って」

「かんぱーい!!」


 グラスをぶつけ合う音が響く。

 日が沈み海賊船に松明の火が灯ると、それを合図に海賊団の宴が始まった。


「わぁ、お姉様、大きなお肉!」


 モアが口をぽかんと開けて肉を指さす。


「ああ、そうだな」


 皿には骨付き肉が山盛りになっていて、どれも見たことがない位大きくて艶々している。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「じゃあ、いっただっきまーす!」


 がぶりと骨付き肉にかぶりつく。口いっぱいに肉汁が溢れてジューシーだ。


「うん、美味い美味い」


「美味しーね!」


 喜ぶモア。

 俺はチラリとアンの方を見た。


 アンは神妙な顔で何やらグレイスと話している。


「アンちゃん、どうしたんだろうね」


「……さあな」


 さっきの女装男と何か関係があるのか? それとも……


「ミーアちゃん!」


「ひぁっ!?」


 後から抱きついてきたのはメリッサだ。ぎゅむ、と大きな胸が背中に押し付けられる。


「はぁァい? 二人とも、飲んでるぅ?」


 メリッサ……なんだか酒臭い。顔も赤いし、やけに陽気だ。


「ほらほら二人とも、飲んで飲んで~」


 ドボドボと俺たちのグラスに茶色っぽいような黄色っぽいような液体を注いでいくメリッサ。


「これ、何ですか?」


「これ? ンふふー、ラム酒」


 メリッサが酒の瓶を見せてくる。


「これだけじゃなくて樽にもあるからたっくさん飲んでいいわよ~」


「へぇ、ラム酒かあ。美味しいのかな?」


「お姉様」


 わくわくしながらグラスを見つめる俺の腕をモアが引っ張る。

 何だよ、ちょっと飲んでみるくらい良いじゃねーか。


「駄目ですよ、メリッサ様。二人はまだ未成年!」


 いつの間にかこちらに戻ってきたアンが後からグラスを取り上げる。


「何よォ、アンったら委員長みたい!」


 メリッサがぶつくさ言いながらアンの胸を揉みしだく。


「こっ、こらっ、やめてください!」


「やだー、アンのおっぱい揉むっ!」


「揉むなら自分のを揉んで下さい! 立派なのがあるでしょう!」


「やだー、自分のじゃつまんないー」


 戯れ出す二人。


「ははは」


 俺は苦笑いをした。

 アンの顔をチラリと見る。


 真剣な表情は顔から消え去り、すっかりくつろいでいるように見える。


「ま、とりあえず今は楽しむか」


 こうして、海賊の夜更けは過ぎていったのであった。







「帆を張れ、錨を上げよ!!」


 翌朝。甲板に出ると、船長の合図で船の真ん中にある装置を、皆でぐるぐる回り、押している。


「錨をあげろーヨーホーホー」

「面舵いっぱい」

「マストを上げろー」


 装置の周りでぐるぐる周りながら、女たちが陽気に歌う。何だか愉快な気分になる歌だ。


「これは?」


 俺はアンに尋ねた。


「これを回して錨を巻き上げるんだよ」


 柱には水平なバーのような棒がついていて、そこを押しながら皆で柱の周りをグルグルと回ることで錨が巻き上がる仕組みだ。


「よし、この取っ手を押せばいいんだな」


「うん。重いから少し時間かかるよ」


 言われた通り棒を握り力を込めると、巻き上げ機は物凄いスピードで回った。


「うわっ!」


「ぎゃあ!」

 

 一緒に回していた女の子たちらが尻餅をつく。


「おっ、お姉様!」


 同じく尻餅をついているモアが焦ったような声を出す。


「や、やべー、少し力を入れすぎたか......」


 俺は頭をかいた。


「な、なんて力だ!」


「まるでマリンちゃんのよう!」


 女の子たちが俺の元へ集まってくる。


「マリンちゃんて」


 俺はデッキで下っ端に指示を出す、他の子よりもひと回りもふた周りも大きい筋骨隆々のモアイのような女海賊を見た。


「ええ。マリンちゃんはこの船で一番の怪力で、例え男であろうとマリンちゃんに素手で適う者はいないのよ」


「へぇー、確かに凄い体格だもんな」


 マリンちゃんに逆らうのはよそう。

 俺はマリンちゃんの立派な筋肉を見ながら肝に銘じた。


「二人ともこっちに来て、アンと一緒に昼食の準備をして頂戴」


 しばらくして、メリッサが俺たちを呼ぶ。


「えっ、もう?」


「朝ごはん食べたばかりなのに?」


 不思議がっていると、メリッサが説明してくれる。


「ええ。人数が多いもの」


 包丁を手渡してくるメリッサ。


「二人には野菜の皮むきを頼むわ」


 野菜の皮むき。俺はどっさりとカゴに積まれた人参やイモのようなものを見た。


「ピーラーとか無いの?」


「何、それ? 分からないことはアンに聞いて頂戴」


 見ると、アンが床にしゃがみ込み人参の皮を向いている。やっぱり包丁で剥くのか。


 俺は仕方なくアンの横にしゃがみ込んだ。

 自慢じゃないけど料理なんざした事ねーぞ。


「皮ってどうやって剥くの?」


 モアもキョトンとしている。


「まさか、お姉様たち料理した事ないの」


 アンが信じられないという顔をする。


「かーっ、まさかとは思ったけど、良いとこのお嬢様ですかー」


 ヤレヤレ、とアンが首を振る。

 良い所どころかお姫様ですが。


「ほら、包丁はこう持って……あーダメダメ、それじゃ危ない!」


「こ、こうか?」


「モア上手くできない」


 俺たちが悪戦苦闘していると、何やら視線がした。


「何やってるのぉ?」


「マ、マリンちゃん!」


 アンが慌てて立ち上がる。

 

「あら、皮むき苦手なのね。私が教えてあげるわ」


 マリンちゃんが器用に人参の皮を剥き始める。


「す……凄いですねマリン……さん」


「あら、マリンちゃんでいいわよォ。みんなそう呼ぶから」


「マ、マリン……ちゃん。お料理上手なんですね」


 マリンちゃんはバシリと俺の肩を叩いた。


「やだァ~もう! ただお料理が好きなだけよ」


「お菓子とかも作ったりするんですよね、あとはレース編みとかお裁縫も」


 アンが教えてくれる。


「へぇー、凄いんだな」


 そんな会話をしていると、船内に鋭い鐘の音が響いた。


「何っ?」


「なんだ!?」


 アンとマリンちゃんの顔色が変わる。船内は急にバタバタとし始め、皆がデッキに集まって行く。


「二人も早く!」


 アンが急かす。


「えっ?」


「どうしたの?」


 甲板に向かいながらアンに尋ねると、こんな声が聞こえた。


「モンスターだ! モンスターが出たぞ!」

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