第20話 お姉さまと冬の悪魔

「気をつけるのじゃ、これは悪魔の気配じゃ」


 鏡の悪魔が険しい声で囁く。


「悪魔?」

「お姉さま、見て」


 モアが床を指さす。

 指さした場所には、ちょうどワカサギ釣りができそうなくらいの小さな穴が空いていた。


「何だ、これ?」


 覗き込むと、その先にはここと同じような空間が広がっている。


「この下に空間が……って!」


 思わず目を擦って二度見する。下の空間には見慣れたクレーシーの赤髪とメレ、そして見たことの無い銀髪で真っ白い肌の女の人がいたから。


「あのクレーシーたちと一緒に居るのは」


 鏡の悪魔がゴクリと喉を鳴らす。


「気をつけるのじゃ、あれが冬の悪魔じゃ」


「あれが!?」


 普通の人間と変わらないように見えるけど……。

 

 俺は地面にへばりついて、もっとちゃんと見ようと腕に体重をかけた――その瞬間。


 ピキッ。


 何やら嫌な音がした。

 あ、ヤバい。そう思った時には時すでに遅し。

 地面にピキピキピキピキと亀裂が入っていく。


「ヤバい、逃げるぞモ――」


 危険を察知した俺はその場を離れようとしたのだが、それよりも早く亀裂は広がってゆく。


「わぁあっ!」


 そして気がつくと、足元はバラバラに崩壊していた。


「うわぁぁぁぁ!!」


「お姉さまーーっ!」


 どうやら先程まで俺たちがたっていた場所は地面ではなくただの氷だったらしい。

 俺たちは数メートル下の地面へと真っ逆さまに落っこちた。


「あ痛たたたた……」


 地面に体が着く瞬間、咄嗟にゴロリと転がって衝撃を和らげたものの、背中が痛い。


「きゃぁぁぁ、お姉さまぁ~っ!」


 ワンテンポ遅れて、モアも空から降ってくる。


 俺は慌てて手を伸ばし、お姫様抱っこするような形でモアをキャッチした。


「ありがとうお姉さま。重くない?」


「そんなことないさ。モアは羽みたいに軽いよ」


「お姉さま~♡」


 モアがギュッと首に抱きついてくる。


「ゴホン!!!!」


 俺たちが姉妹の愛を確認し合っていると、突然大きな咳払いが聞こえた。


 見ると、クレーシーが腰に手を当て仁王立ちしている。あ、そっか。そういえば俺たちはクレーシーを追って来てたんだった。


「お前らの薄気味悪い姉妹愛はそこまでにして、そろそろ貴様らがなぜここにいるか説明してもらおうか」


 クレーシーはイライラした様子で言う。


「なぜここにって、決まってるでしょ」


「お前が持ち去った剣を取り戻しに来たに決まってるじゃねーかよ!」


 俺たちが叫ぶと、やれやれとクレーシーは首を振った。


「剣? ああ、この剣ならやるよ。どうやら当てが外れてしまったみたいだからな」


 そう言うと、クレーシーは興味が無いというふうに俺にボロ布の包みを渡してくる。

 

「えっ? ええ、いいのか?」


 確認してみると、中には確かにあの時盗まれた宝石剣が入っている。


「えっと……じゃあ、確かに受け取った……ということで」


 俺の使命は剣を取り戻すことでクレーシーたちと戦うことじゃない。

 ここはさっさと帰って剣を返すか。そう思っていたのだが、背後からゾッとするような声がかかる。


「待て。その娘、妙な匂いがするぞ」


 恐る恐る振り返ると、冬の悪魔が鬼の形相でこちらを見ている。


「妙な匂い?」


 怪訝そうな顔をするクレーシー。


「ああ――悪魔の匂いだ。居るのだろう? 隠れてないで姿を現せ」


 冬の悪魔が静かに言う。辺りに緊張が走った。


 こちらに鏡の悪魔がいることがバレてる。やはり悪魔どうし、お互いに気配が分かるのだろう。


 ズズズ……。


 音を立てて鏡の悪魔がモアの影から出てくる。


「ほう……」


 冬の悪魔が目を見開く。


「これはこれは、まさか貴様が。実態を失い城を追われ、鏡の中でしか生きていけない身になったと思っていたが――今度は何を企んでいる?」


 冬の悪魔の鋭い視線を受け流し、鏡の悪魔は薄く笑った。


「別に、何も企んでおらんよ。ここに来たのは全くの偶然じゃ。見ての通り今の妾には実態もなく無力じゃ。企んだところで何も出来ん」


 腕を上げ降参のポーズを取る鏡の悪魔。 

 だが冬の悪魔の視線はますます厳しくなる。

 あたりの温度が一気に下がり、ピキピキと氷が張る音がこだまする。


「なぁ、なんかヤバくないか?」

「うん」


 俺とモアが後ずさった瞬間、冬の悪魔は腕を振り上げた。


「……嘘をつくなっ!」


 轟音とともに吹雪が巻き起こり、辺りが真っ白になった。


「うわっ!」


 俺とモアは風に飛ばされ、一気に洞窟の奥へと吹き飛ばされる。


「きゃっ!」


 凍った岩肌に背中を打ったモアが苦しそうな声を上げる。


「モア、大丈夫か!?」


「うん、大丈夫……」


 俺は目の前の冬の悪魔を見つめた。白い髪は逆立ち、ゾッとするような目が水色に光っている。

 辺りはどんどん寒くなり、俺は体をふるわせた。


「まずいな……」


 なんとかしてここを抜け出さないと。そう思った瞬間――


 ドゴーーン!!


 轟音とともに、俺の横の壁に穴が空いた。


「えっ!?」


 ポカンと口を開けていると、空いた穴からひょっこりと赤いコートが現れた。


「二人とも、早くこっちに来るにゃん!」


「チト……?」


 なんでここにチトが居るのか分からなかったが、ともかく俺とモアは壁に空いた穴に身をくぐらせた。

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