第19話 お姉さまとクレーシーの行方

 市場で得た目撃情報を頼りに村外れの洞窟へと向かう。

 岩陰からこっそりと様子を伺うと、赤い髪の女と灰色の髪の少女が歩いているのが見えた。


「いた!」

「間違いない、クレーシーだな」


 気づかれないように遠くから様子を伺っていると、クレーシーとフルウは岩肌に手をつき何やら呪文を唱え始める。


「あっ」

「あれっ、クレーシーがいない!」


 気がつくと、二人の姿は岩壁の中に吸い込まれ、跡形もなく消えていた。


 俺たちは急いで二人が消えた岩肌へと走った。


「ここだ」


 岩肌には、よくよく見ると分からないほど薄っすらとだが何か模様のようなものが刻まれている。


「これは……」


「悪魔の紋章じゃな」


 モアの影から突然鏡の悪魔が出てくる。


「鏡ちゃん!」


「悪魔の紋章って……」


 鏡の悪魔はじっくりと壁に描かれた紋章を見やる。


「ふむ……これは冬の悪魔の紋章じゃな」


「冬の悪魔?」


「ああ。悪魔の中でも特に力の強い、季節を司る四悪魔のうちの一体じゃ」


 そう言うと、鏡の悪魔はうーん、顎に手を当て考えだした。


「されど、確かに格は高いが、さほど凶暴な悪魔ではないはずなのじゃが」


 凶暴ではないにしろ、クレーシーが悪魔の力を使っているとしたら厄介だな。

 俺は先日クレーシーたちと対戦したときのことを思い出していた。


「とにかく、クレーシーの跡を追おう!」


「うん」


 俺は目の前の岩肌を見つめると、大きく深呼吸をした。


「……でやっ!」


 そして思い切り拳を突き立てた……のだが。


 ドカッ!


「痛っ!」


 岩肌はビクともせず、逆に自分の拳が割れるように痛くなり、俺は地面を転げ回った。


「大丈夫!? お姉さま!」


「だ、大丈夫だ。イテテ」


「でも、お姉さまの力でも壊せないなんて……」


 モアが心配そうに石壁を見上げる。


「ああ、何らかの防御魔法がかかっておるな。どうする? お姉さま」


 何がおかしいんだか、ニヤニヤと笑う鏡の悪魔。全く。


「どうするもこうするもねーよ。俺に出来るのは強行突破だけだ」


 俺はポキポキと指を鳴らすと、思い切り突きを放った。


「でやっ!」


 狙ったのは悪魔の紋章が描かれたそのすぐ横。ズドンと音がして穴が開く。


 やはりか。魔法でガードしてあるのは紋章がある所だけで、あとは普通の岩と同じ硬さだ。


「よしよし。このまま何度か拳をぶち込んで穴を開けてやるぜ」


 深呼吸をして拳を叩き込む。何回か叩いたところで、手応えがあった。


「やった!」


 拳を引き抜くと、そこには真っ暗な空洞があった。


「空洞だ」

「いいぞ、お姉さま」


 さらに何発か突きを放ち穴を広げると、奥に通路のような空間現れた。


「行ってみよう」


 狭い穴へと体をくぐらせると、中の空洞は思ったよりも広く、人ふたりが並んでも悠々と通れる広さだ。


 モアがカンテラをつけると、道は奥まで続いていた。


「行ってみよう」

「うん」


 暗い通路を肩を寄せあって歩く。

 風や雪が入らないせいか、洞窟の中は外より少し暖かい。俺は帽子と手袋を脱ぐと、荷物の中にしまい込んだ。


「……まるでダンジョンみたい」


「ああ。……というより」


 俺は不自然に削られた岩壁をそっとなぞった。


「廃鉱跡って感じがするな」


 そう思って岩壁をよくよく見ると、ところどころ青や赤の細かい粒子がキラキラと輝いている。


 恐らくここも昔はドワーフの村のように沢山の宝石や鉱石が取れていたのだろう。


 しばらく暗がりを進むと、急に背後から音がした。


 ゴソリ……。


「何だ?」


 音のした方をカンテラで照らすと、何やら汚らしい皮の袋が落ちている。

 

「これは……」


「まさかモンスター? それとも」


 斧を呼び出し、先っぽでつついてみると、皮袋はモゾリと動いた。


「ケケケケケケケケ」


 皮袋が裂け、口と牙が現れる。


「ちっ、ギタイブクロか!」

「お姉さま、離れて!」


 モアの声に咄嗟に後ろに飛び退く。


「アイス!」


 モアが杖を振ると、ピキピキと皮袋が凍りついた。


「でやっ!」


 そこへ一撃を叩き込むと、ギタイブクロは粉々になって宙にかき消えた。


 カランカランと宝石が舞い落ちる。

 

「ふう。先に進むぜ、モア」

「うんっ」


 その後もミミックやギタイブクロ、宝石虫など鉱山特有のモンスターたちを倒し、俺たちは洞窟の先へと進んだ。


「……! お姉さま、道が」


 すると不意に目の前の景色が開けて広い空間に出た。


「なんだここ。妙に寒いな」


 床も壁も、辺り一面が凍りつき、天井からは鍾乳石のようなつららが垂れ下がっている。


「気をつけるのじゃ、これは悪魔の気配じゃ」


 鏡の悪魔が険しい声で囁いた。

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