第10話 お姉様と開会式

 そして黒百合寮や姉4のことについてさしたる進展もないまま体育祭がやってきた。


 四つの寮が七つの種目の合計ポイントで競うこの体育祭。活躍すれば姉4の目にとまることまちがいなし!


「とりあえず、俺は全力を尽くしてツバキ様に認めて貰えるようにしないと」


「頑張って、お姉様!」


 モアとともに気合いを入れると、俺は寮の玄関に置いていた運動用のシューズに履き変えようとした。


 が、どうも靴の様子がおかしい。


「む……?」


 ロッカーに入っていた運動靴が、白いネバネバしたものに覆われている!?


「どわーっ、なんだこりゃ!」


「どうしたの、お姉様……って、何これ!」


 よくよく見てみると、俺の運動靴にかかっていたのはすり下ろされた長芋のようだ。


「うげっ、これ手がかゆくなるやつだ」


 恐る恐る靴を取り出す。白いネバネバがしつこく糸を引いている。


 俺の靴はぶっかけうどんじゃねーー!!


「ひ、ひどい……」


 ショックを受けたようによろけるモア。


「ったく」


 一体誰が? この間俺に因縁をつけた女生徒か? 


「まさかな」


「お、お姉様、とりあえず靴を洗おう」


「そ、そうだな」


 俺は慌てて流し場で靴を洗った。

 ぬるぬるはどうにか流れ落ちたものの、このままではビショビショの靴で体育祭に臨むしかない。


「モアの靴を貸してあげたいけど……」


「でもモアだって靴が無いと困るだろ」


 それにモアの足のサイズはめちゃくちゃ小さいから、俺の足がハマるとは思えない。


 困り果てていると、モズクが血相を変えて走ってきた。


「どど、どうしたんだすか!?」


 俺は自分の靴がぶっかけうどんにされていたことを説明した。


「誰かにイタズラで靴を汚されたみたいで」


「ひょえ~! わ、わたすで良かったら、靴、貸しますよ!?」


「本当か!? でもそしたらモズクは……」


「わたすは上履きのまま参加するだす。わたすは玉入れとか走らない競技ばかりだすし、後で洗えばいいだけなんで」


「そ、そうか。じゃあ」


 ちなみに俺が出場するのは短距離走、剣術、リレーの三種目だ。


 短距離やリレーはホウキを使って飛ぶルールなので走る訳では無いが、脚力で無理矢理加速しているので、シューズが無いと困る。


「ぜひぜひ! わたすなんて、体育祭に出てもさして活躍しないし、リアさんはリレーにも選ばれてるこの寮のエースだすから……」


 手渡されたモズクの運動靴をはくと、ピッタリサイズが合う。


「ありがとう。モズクのためにも頑張るよ」


「あなた達、そろそろ開会式がはじまるわよ! さっさと移動しなさい!」


 ラヴィニア先生に促されてグラウンドに向かう。


 グラウンドには、各寮ごとに女子生徒たちが綺麗に整列している。


「あんた、リレーに選ばれたんやってなぁ。私もや。負けへんで」


 白百合寮の後ろの方に並んでいると、隣の青百合寮の列にいたケイトがこっそりと声をかけてくる。


 そう言えば、ケイトもホウキに乗るの上手かったっけ。


 授業で何度か飛ぶ姿を見ているが、直接対決をしたことは無い。


「あんたも速いのは何となく分かるけど、何しろうちの寮にはサツキ様がおるからな。優勝は青百合寮で決まりや」


 誇らしげに胸をはるケイト。


 俺は前に出て開始の挨拶と選手宣誓をしているサツキ様を見た。


 ブルマから伸びるスラリとした長い手足が眩しい。


 なるほど、確かに速そうだ。


「一種目目は短距離です。選手の方はグラウンド左端へお集まり下さい」


 短距離の参加者は各寮9名ずつの36名。およそ100メートルの距離を6人づつホウキで飛び、上位各2名が準決勝に残る。そしてそのうちの半分の6人が決勝に残る仕組みだ。


 ケイトの話によると、短距離の決勝は、リレーに次ぐ盛り上がりとなるらしく、花形競技のうちの一つと言えよう。


 ふっふっふ、リレーと短距離で活躍して白百合寮を総合優勝に導き、そして姉4の妹となってやるのだ!!


 とりあえず、決勝にいかないと話にならないから予選を頑張らないとな!


 ストレッチをして体をほぐす。


「お姉様、頑張って!」


 モアの応援する声。


「おう! 軽く予選突破してやるぜ!」


 するとロッカが俺の発言に眉をひそめる。


「あなた、そんな言い方はほかの参加者に失礼だわ。余計なことを言わないで準備なさい」


「は、はい」


 なんか心なしか、前よりロッカが俺に厳しいというか敵視されているような気がするんだよな。


「じゃ、行ってくるよ」


 手を振り列に並ぶ。

 俺が走るのは5番目の組。

 顔を上げると、ちょうど3番目の組がゴールしたところだった。


 続いて4番目の組。ちょうどロッカが飛ぶところだ。


「それでは次は、第4組目です。該当する方は準備をしてください」


 ラヴィニア先生の言葉を受け、少女たちがホウキにまたがる。



「位置について……よーい」


 ラヴィニア先生がピストル型の杖から火の玉を発射する。


 破裂音とともに、思い思いの装備を使った少女たちがゴールへ向かって飛びだした。


 一列になった女の子たちの中、中盤あたりで一人抜け出た子が一人。黒い柄の高そうなホウキに乗ったロッカだ。


 そしてそのままぐんぐん周りを引き離したロッカは、一位でゴールテープを切った。


「ロッカ様!!」

「すごい、さすが!!」


 副寮長の勇姿に、白百合寮の生徒たちが沸き立つ。


「ふふ、当然よ」


 上機嫌で答えるロッカ。

 だが俺は、口ではおめでとうと言いながらも内心焦っていた。


 ま、まずい、このままでは体育祭で活躍してツバキ様に妹として認めて貰うという俺のプランが――!!

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