第9話 お姉様と黒百合寮


「あ、あの……その」


「ご、ごめんなさい、私たち、偶然ここを通りかかって」


「そ、そう! ツバキ様にハンカチを返そうと思って」


 俺がツバキ様に白いハンカチを返すと、ツバキ様は困ったようにそれを受け取った。


「別に、返さなくても良かったのに」


「す、すみません。スミレ様にも……なんか変なタイミングで来ちゃってなんか申し訳ない」


 思わぬ展開に俺がオロオロしていると、頬をビンタされたスミレ様はニッコリと笑った。


「こちらこそごめんなさい。みっともないところを見られたわね」


「い、いえっ」


 モアがおずおずと切り出す。


「あのぅ、失礼ですけど、あの方は、スミレ様の妹ですか?」


「ええ、そうよ」


 スミレ様がけだるそうに髪をかきあげる。


「ケンカなさったんですか」


「いえ、大したことじゃないのだけれど、どうもあの子ときたら嫉妬深くて、私が他の人に色目を使っただの誘惑しただの」


「はあ」


よく分からんが、姉4は人気だし、とりわけスミレ様の妹ともなれば色々と気苦労もあるのだろう。


「仕方ないわよ、この学園では姉と妹は特別だもーん」


 カスミ様が、横にいた青髪の女の子に抱きつく。

 

「かっ、カスミ様! みんなの前ですよ!」


 なるほど、あれがカスミ様の妹か。姉がロリ系なのに対して、妹の方が背が高くてお姉さん系なのか。


「いや、その通りさ。姉妹の絆は海より深く百合よりも気高い」


「意味がわかりません」


 語り出すサツキ様に冷たい声でツッコミを入れたのは銀髪でメガネをかけた知的な美人。この子がサツキ様の妹か。


 何だか色んなカップリングが見れて面白いというか、何というか。


「と・に・か・く! 妹とは素晴らしいものさ! ボクたちも冬には引退だし、ツバキも早く妹を見つけないとね」


 ツバキ様に向かってウインクするサツキ様。


「ツバキ様は妹がいないんですか?」


 モアが尋ねる。


「ええ。私、そういう人付き合いって煩わしくて。ピンとくる子もいないし」


「あれはー? 副寮長のロッカとかいう子ー」


 カスミ様が言うと、ツバキ様はため息をついた。


「次の姉4になりたいならなればいいわ。このままいけば副寮長から順当に持ち上がって寮長になるでしょ。だけれど、彼女を妹にするのはちょっと」


「何が気に入らないの?」


「気に入らないというか、さっきも言ったように、私は人付き合いがあまり得意ではないし、あの子ってどうも気位が高そうで」


「でも姉4の妹にならずに姉4になるなんて前代未聞じゃなーい? いくら制度上は可能だっていってもさー」


「そうよ、かわいそうだわ」


 他の姉4のメンバーに問い詰められるツバキ様。どうやら、ツバキ様はロッカのことあまり気に入ってないみたいだな。これはチャンスか?


「それより」


 ツバキ様は俺たちのほうをチラリと見やる。


「あなたたちはどうしてここに? それもそんな格好で」


 ひょっとすると、体操着でホウキを持ち、土や木の葉にまみれた俺の姿はかなりおかしいのかもしれない。


「えっと、もうすぐ体育祭だからホウキの特訓しようと思って」


「いいね、君たちのブルマ姿、ラブリーだよ」


「セクハラです、サツキ様」


 ウインクするサツキ様だったが、すぐさま妹に突っ込まれる。


「でもこんな所ホウキで飛んでも何も無いし、もっと向こうの花壇とか時計塔とかの方がいいんじゃなーい? あっちの山のほうとか」


 カスミ様が校舎の奥を指さす。


「実は私たち黒百合寮の跡を見に行こうとしてて」


 モアが答えた途端、姉4の空気が固まる。

 明らかに気まずいような、怪しげな空気が流れる。


「あんな所に行っても何も無いですよ」


 答えたのはカスミ様の妹だ。


「そうそう、立ち入り禁止だし、古くて不気味な建物があるだけ」


 と、これはサツキ様の妹。


 どうやら妹たちは黒百合寮のことにはあまり興味が無いようだ。


 ――となると、何かを隠しているのは姉4だけか。


「そうなんですね! ありがとうございます!」


「それじゃ私たち、これで」


 俺たちは、姉4に怪しまれる前に急いでそこを離れた。


「妙な感じだったな」


「うん、姉4の4人は、何かを隠してるとおもう」


 神妙な顔つきなるモア。


「――鏡ちゃんはどう思う?」


「そうじゃな、怪しいと言えば怪しい」


 鏡の悪魔の声が答える。


「そう言えば、鏡の悪魔から見て怪しそうなやつはいたか? あの中に吸血鬼らしき奴がいたら教えてくれ」


「いや、妙な気配はしたが、あの場にいた誰が吸血鬼かは分からなんだ。妾も悟られぬように影の中で気配を消しておったし」


「そうか」


「でも、怪しい気配はしたんだよね? ってことは、やっぱり怪しいのは姉4なのかな?」


「ああ、おそらく――」


 ザワ。


 風が吹いた。紅葉に片足を突っ込んだ木の葉が音を立てて揺れる。


「――お姉様?」


 足を止めた俺を、心配そうにモアが見つめる。


「いや――もしかして、あれ……」


 鬱蒼うっそうと茂る木の葉の奥に、黒っぽい建物が見えた。


「もしかして、あれが黒百合寮!?」


 地図を見るに、間違いない。

 だが――


「何だ、この悪寒」


 ロープを張り巡らせ閉鎖された古い建物。

 割れた窓に、穴の空いた壁。蜘蛛の巣だらけの柱。


 それを見た瞬間、俺の背中には寒気が走り、鳥肌がふつふつと立った。


 やっぱりここ、何かある?


「あなた達! ここは立ち入り禁止ですよ!」


 俺たちが黒百合寮を見上げていると、ラヴィニア先生に声をかけられる。


 ヤベッ、先生に見つかった!


「す、すみません、見慣れない建物があったので」


 そそくさとその場を離れる。


「はぁ、もうちょっとじっくり見たかったな」


 帰り道。モアが肩を落とす。


「でもどっちみち中は立ち入り禁止だし」


 やっぱり何とかして、姉4から情報を聞き出すほうが早そうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る