第25話 お姉様と学園の吸血鬼

「醜いやつだぜ」


 俺が言うと、ラヴィニア先生は額に青筋を立てる。


「黙らっしゃい!」


 杖を振り上げるラヴィニア先生。


「お姉様には傷一つ付けさせないよっ!」


 それを見たモアがラヴィニア先生の背後から杖を振る。


「ファイアッ!!」


 炎の玉がラヴィニア先生目がけて飛んでいく。


 だがラヴィニア先生が杖を一振りすると、炎は先生の目の前で弾けて消えた。


「あなた、天使様からパワーを頂き、この学園でずっと魔法の腕を磨いてきたこの私に勝てるとでも?」


「モアを侮るなよ。モアは天才だ。それに」


 モアの影から鏡の悪魔が出てくると、ラヴィニア先生の足首を掴んだ。


「……ぐッ」


 俺は斧を置き飛んだ。

 

「こっちは三人だ!」


 腕を伸ばす。ラヴィニア先生の腕を掴む。よし。このままラヴィニア先生を取り押さえる。


 相手は一応人間だし、傷つけないようにしないとな。


「――があッ!」


 だがラヴィニア先生はすんでのところで俺の腕を振りほどく。俺はその拍子に尻もちをついた。


「すまん、振りほどかれた」


 自分より弱い相手ならともかく、戦い慣れた相手を傷つけずに拘束するのは困難だった。


 ラヴィニア先生はその隙に悪魔の像の前に走った。


 胸元から、何か赤黒い液体の入ったビンを取り出す。


「それは……血!?」


 像に並々と注がれる血。かなりの量だ。

 一体誰の!


「ふふ、万が一のためにと呼び出しておいて正解だったわ」


 ラヴィニア先生の視線の先には女生徒の影。


「ロッカ!?」


 先程まで暗がりで分からなかったが、机の影に、ロッカが倒れているのが見えた。


 急いで走り寄る。


「ロッカ! 大丈夫か、ロッカ!」


「う……」


 どうやら意識はあるようだ。


「ふふ、その子ったら、『姉4になる方法を教えてあげる』って言ったらまんまと騙されて! よっぽど姉4になりたかったのね。バカみたい」


 せせら笑うラヴィニア先生。


「モア、ロッカを病院へ――」


「う、うん」


「それよりお姉様」


 鏡の悪魔の顔が曇る。


「石像の様子が――」


 顔を上げると、石像が赤く禍々しい光を放ち輝いている。


「何あれ……まさか封印が!?」


 モアが険しい顔をする。


「ああ。何だかヤバいな」


 ピリピリと背中に悪寒が走る。注がれた血によって悪魔の魔力が増し、封印が解かれようとしているのだ。


「クソっ」


 俺は斧を手に石像に走った。


「いかん、お姉様、石像を壊したら封印が解けるぞ」


 鏡の悪魔に言われ慌てて手を止める。


「でも……だったらどうすりゃ良いんだよ!!」


 そんなやり取りをしている間にも、光は強さを増し、辺りを赤く染め上げる。


 ドン!


「うわっ!」

「きゃあ!」


 大きな音がし、足元が揺れた。

 パラパラと天井から床の破片が落ちてくる。


 ヤバい。建物が崩壊する!


「とりあえずここを離れるのじゃ! お姉様、ホウキを!」


「ああ」


 鏡の悪魔に指示されホウキを呼び出す。確かに階段を降りるより窓から逃げたほうが早そうだ。


「逃がすか!」


 だがその場から離れようとした俺の体に、ラヴィニア先生が飛びつく。


「うわっ、離せ!」


 ガラガラと天井が崩れていく。どんどん崩壊していく足場。


 ドン!


 またしても大きな揺れ。


 やがて辺りは真っ白になり、何も見えなくなる。クソっ、どうなってやがる!


「お姉様!!」


 モアが手を伸ばす。

 だが俺がモアの手を取るその前に、黒百合寮は大きな音と光と共に崩れた。


「お姉様ーーっ!!」





 目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。


「……モア!?」


 ガバリと体を起こすと、ゴツンと後頭部を何かにぶつけた。


「ん? 何だここ」


 妙に狭いな。天井を押し上げると、ボコリと穴が空いた。空には大きな月。


「お姉様!?」

「あんな所におったか!」


 モアが駆け寄ってくる。

 俺はようやく自分の置かれた状況を飲み込んだ。


 なるほど、黒百合寮が崩れて俺は瓦礫の下敷きになっていたのか!


 瓦礫の下からズリズリと這い出でる。


「お姉様、怪我は無い?」


「ああ、どうやら平気みたいだ」


「さすがお姉様、頑丈じゃな」


 俺は辺りを見回した。


「ところでラヴィニア先生は? あの像はどうなったんだ!? ロッカは?」


「ロッカは、医務室の先生が来て運んでいったよ」


「そうか、良かった」


「君、大丈夫かい!?」


 俺のところにも医務室の先生がやって来た。


「あ、はい。大丈夫みたいです」


 気がつくと、医務室の先生だけじゃない。周りには多くの先生方が集まって来ていた。


「安心しなさい。あの化け物は、先生たちが何とかするから」


「あの化け物って」


 ラヴィニア先生のことか? それとも……

 先生の視線の先を見てゾクリとする。


 そこには赤いドレス、銀色の長い髪をなびかせ、黒い羽と、角の生えた女がいた。


 向かい合うようにしてラヴィニア先生も立っている。


 結んでいた髪が解け、長い金髪がたなびく。黒いドレス。


 向かい合う女と、金と銀の髪、赤と黒のドレスのコントラストが不思議と目に焼き付く。


「あれは……」


 医務室の先生は声を潜め、悲痛な表情で言った。


「どうやら、ラヴィニア先生はあの化け物を倒そうとして犠牲になったらしい」


「え?」


 ラヴィニア先生が?


 よくよく見ると、羽の生えた女の腕が、ラヴィニア先生の体にめり込んでいる。


 そしてラヴィニア先生の体は、まるでミイラのようにシワシワになっている。


「僕たちはアイツを『学園の吸血鬼』と呼んでいる」


 医務室の先生は苦虫を噛み潰したような顔になる。


 あいつ、腕から直接血を吸収して……!?


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 なるほど。どうやら信じてた『天使様』には裏切られたみたいだな。

 


 二人の周りには先生方が取り囲んで、剣で切りつけたり魔法で攻撃しているが、まるで効いていない。結界を張っているようだ。


 やがてラヴィニア先生の血を吸いつくしたのか、学園の吸血鬼はラヴィニア先生の体から腕を引き抜いた。


 胴体に穴の空いたラヴィニア先生の体は、力無く地面に崩れ落ちる。


 女は言った。


「足りぬ」


 その目は、真っ直ぐにこちらを捉えた。


「もっと若く、魔力に満ちた新鮮な血を……!」


 額に汗が流れた。



 ヤバい。


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