第26話 お姉様と浜辺の激闘
「もっと若く、魔力に満ちた新鮮な血を……!」
俺たちに狙いを定めた学園の吸血鬼。ぬらりと赤い唇が不気味に光る。
「まずい、ここから離れよう」
あいつと戦うにしても、ここには人が多すぎる。すぐ近くには四つの寮もあるのだ。
「うん」
二人でホウキにまたがり、勢いよくそこを離れた。できるだけ学園から離れたところに吸血鬼をひきつけなくては。
「待てぇ!」
狙い通り、吸血鬼は俺たちを追ってくる。
「どこにいくの?」
「ひとけの無い……山の方とか?」
「いや、海の方がいいじゃろう」
鏡の悪魔にうながされ、近くの海岸に着地する。
少しして、吸血鬼も砂浜に着地した。
俺とモアは武器を構える。
吸血鬼は余裕の表情だ。
「そなた、私と同じ悪魔であろう」
鏡の悪魔に向かって視線を投げる吸血鬼。
「まぁ、そうじゃな」
ポリポリと頭をかく鏡の悪魔。
「どうだ、我ら手を組まないか?」
「なんじゃと?」
「私が復活したのは、この世の中の流れだと思っている。私以外にも、何人もの悪魔が復活したのを感じた。悪魔達が何体も復活し、混沌が巻き起こる準備が着々と進んでいる」
「そうなのかの。妾にはよく分からん」
とぼけた顔をする鏡の悪魔。
「どうだ? ここで二人手を組み再び悪魔たちの力でこの世を支配してやろうではないか!」
嬉しそうに話す吸血鬼。
鏡の悪魔はため息をついた。
「断る」
「何っ」
吸血鬼は怪訝そうな顔をした。
「不便なことはあるが、妾はこの世界やここでの暮らしを割と気に入っておる。それに、他の悪魔は性に合わん」
鏡の悪魔が言い捨てると、吸血鬼は顔を般若のように歪める。
「仕方がない。ならばお前を殺してその二人の娘も妾のために血を捧げてもらおう。ふふ……美と力に満ちていて美味しそうなエサよ」
「できるものならな。モア、お姉様」
「はいっ!」
モアが杖を構える。
「フン、この私に適うものか」
吸血鬼の手の中にはいつの間にか、血のように真っ赤な大剣が握られている。
ヒュン!
剣の切っ先が頬をかすめるのを、すんでのところでかわす。
「……っぶねー」
砂に足を取られながらも斧を構える。
「でやっ!」
斧を振り下ろす。
「ふふ」
吸血鬼はふわりと浮くような軽い足取りで斬撃を避ける。
「遅いな。剣筋が見え見えだぞ」
クスクス笑う吸血鬼。
「うるせーっ!」
力任せに斧でなぎ払う。砂が舞う。やはり軽々とかわされてしまう。早い。
俺も普通の人間よりはかなり早く動けるし、続けていた素振りによってパワーも増し、前よりも簡単に斧をブン回せているはずだった。
だがやはり人間とはスピードが違う。
「お姉様っ!」
モアが杖を振り上げる。俺は慌てて吸血鬼の傍から離れた。
「……ファイアァァァァ!!」
新調した銀色の杖から真っ赤な炎が吹き出し、唸りながら吸血鬼へと向かっていく。
砂浜を焼き尽くすかのような炎の勢い。
赤い光が夜空を染める。
かなりの威力だが、以前と違い、コントロールもバッチリ。だが――
「ふん、こんなものか」
吸血鬼が腕で払うと、ぶわっと風が巻き起こり炎が渦をまいて掻き消える。
「そ、そんな」
俺はその隙に走った。
「たぁっ!」
思い切り飛び、体重を乗せたその一撃も受け止められてしまう。
やはり――強い。
その時、茂みから何かが飛んできた。
真っ直ぐな光を放ち飛んできたそれは銀色の矢であった。
「誰だ?」
右手で矢を握りバラバラと落としながら吸血鬼は問う。
「つ、ツバキ様!」
暗がりの中、弓を構えていたのはツバキ様だった。
「ふん、雑魚が」
が、吸血鬼の腕のひと振りで巻き起こった衝撃に、ツバキ様は吹き飛ばされる。
「ツバキ様っ!」
「ふん、銀の矢か。こんなものがこの私に効くものか」
せせら笑う吸血鬼をキッと睨みつける。
「うおおおおお!!」
俺は再び斧を手にとり振り回した。
ブン、と斧が空を切る。
「集中して! あの体育祭を思い出すのよ!」
ツバキ様が叫んだ。
体育祭。必死で挑んだホウキレース。頭の中に、走馬灯のようにこれまでの学園生活がかけめぐる。
ツバキ様は、共にリレーで頑張った。俺に靴を貸してくれた。剣術の試合の時にもアドバイスをくれた。
“もっと相手を見て。動きを予測すればいいと思うわ”
ああ、そうだな。
俺は斧をギュッと握り直した。
「たああっ!」
脇を締め、コンパクトに斧を振り下ろす。相手の大剣がそれを受け止める。
「いい感じよ」
「お姉様、頑張れ」
「クッ」
吸血鬼の顔が歪む。
「生意気な!」
振り下ろされる剣。その剣筋をじっくりと見て、反撃する。
「何っ」
吸血鬼の袖が避けた。おしい。すんでのところで避けられたか。でも――
「人間の癖に、この私に歯向かうかっ!」
なぎ払われたその攻撃も、俺は避けた。
「何っ」
見える。
頭の中が、驚くほどクリアだった。相手の太刀筋が見える。どう動けば相手の攻撃を避けられるのか、俺には完全に読めていた。
逆に相手は完全に頭に血が登り冷静さを欠いている。
いける!
「うおおおおおお!!」
俺は相手の一太刀を避けると、腹に渾身の一撃を叩きつけた。
ドォン!
夜の海辺に轟音が響き渡る。
「はぁ……はぁ」
やったか!?
確認すると、吸血鬼の胴体は斧で真っ二つになっている。
「ふう」
俺は武器を下ろした。
「お姉様、大丈夫!?」
モアが抱きついてくる。
「ああ、大丈夫だ」
俺もギュッとモアを抱きしめる。
だが――
「危ないっ!」
ツバキ様の声に、反射的に身を屈める。
鋭い爪が頬を掠めた。
見ると、吸血鬼が上半身だけの状態でこちらにとびかかってくる。
ゲゲッ!
モアが杖をかざす。
「ハリケーン!」
竜巻が巻き起こる。
鋭い風の刃で吸血鬼の体は切り刻まれる。
やがて無数の肉片になったのち、吸血鬼の体はキラキラと塵になって空に登っていった。
「ふう」
思わず砂浜にペタリと膝をつく。
俺たちは、吸血鬼との戦いに勝ったのだ。
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