第4章 お姉さまと冒険者試験
22.お姉様と冒険者協会
「んー......」
ちゅんちゅん、という小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。
「お姉さま、おはよう!」
カーテンを開ける音。モアの銀髪が朝日を受けてきらきらと輝いている、
「ん……ここは」
無造作に組んだ板張りの天井の隙間から日の光が差し込む。見慣れない天井だ。ここはどこだ?
木の板でできたベッドと机、椅子の置かれた簡素な部屋。辺りを見て、思い出す。宿屋だ。そうだ、俺は冒険者なるために、そして勇者になるために旅に出たんだった。
「今日は一緒に冒険者協会に行くんだよね!」
モアがベッドの上で飛び跳ねる。よくよく見るとモアはもう着替えを済ませていて髪も綺麗に梳かしてある。
「......ん? 今何時だ?」
「九時すぎだよ」
モアがニコニコと答える。俺はガバリと飛び起きた。
「えーっ、何で起こしてくれなかったんだよ!」
「だって、ぐっすり眠ってたから......」
実を言うと、俺は早朝、五時過ぎに一度目を覚ましている。
二週間後、ここフェリルでは、薔薇祭りという年に一度の祭りが行われる。
この世界では電話やネットで宿を予約するということができないので、ほとんどの人は何週間も前から直接宿に行き、連泊して宿の確保をする。そのため宿屋に空きがほとんどなかった。
やっと空いてる部屋があったと思ったら一人用の部屋で、それでもいいからと泊まり、狭いベッドで俺とモアは二人で身を寄せあって寝ていた。
だが朝、寒いと思って目を覚ますと、毛布は全部モアにかかっていて、俺は何もかけずに硬い床の上で寝ていたのである。
寝るときは二人寄り添って寝ていたのに、恐らくは寝相の悪いモアが俺のことを蹴飛ばしたのだろう。城でも何度かそういう事があった。
しかし、ここは城と違いベッドも狭いし毛布も小さい。
俺はモアを起こさないようにそっと毛布の端っこをかけると再び眠りについた......で、起きたのが今、という訳だ。
「あーっ! 混雑を避けるために早く宿を出ようと思ってたのにーっ!」
俺は急いで朝ごはんを食べると、モアと共に冒険者協会へと向かった。
*
冒険者協会の建物はレンガ造りで、どことなく市役所や図書館を思わせる外観をしている。中に入ると、剣や杖、弓などを持った冒険者で溢れかえっていた。
おおー、すげー! ここが冒険者協会か!
そわそわしながら「新規登録」のブースに並ぶ。
ここに来る冒険者のほとんどがクエスト受注が目的なので、案外あっさりとカウンターに通される。
「お待たせいたしました」
にこやかに対応してくれる受付のお姉さんをみて、俺は息をのむ。
白いスーツにスレンダーな体を包んだ緑の髪の美人受付は、昨日町の入口で出会ったあの緑の髪の美女であった。
名札を見ると「エル」と書いてある。エルさん、綺麗な名前だ!
「あら、あなたたちは......」
「また会ったな!」
「その節は、ありがとうございました」
嬉しそうにするエルさん。
俺はエルさんの手を煩わせないように、なるべく速やかに、必要書類に必要事項を記入していった。
「そう、てっきり強いから冒険者かと思っていたんだけど、これから登録するのね」
にっこりと笑うエルさん。
「はい」
「あなたたちならきっとすぐ上に上がれるわよ」
「ありがとうございます」
俺がデレデレしていると、モアが不審そうな目で俺を見てくる。慌てて表情を引き締めた。
書類に記入していると、エルさんは奥からガラス瓶と羊皮紙、注射器のようなものを持ってきた。
「これから血を少し採りますね」
え?
エルさんは、目にもとまらぬ早業で俺の親指に針を刺し、それを血を妖しげな魔法陣の書かれた羊皮紙に落とす。そして、ガラス瓶に入っていた謎の緑色の液体をピペットで掬うとそこに一滴たらした。羊皮紙が白く光る。
エルさんはそれを見ると申請書に何やらすらすらと書いた。
隣ではモアも同じように血を抜かれている。ふふっ、血を抜かれているのを見ないように懸命に目を瞑っているのが可愛いな。
するとモアの血を抜いたお姉さんが、エルさんに何やらヒソヒソと耳打ちをした。
エルさんはモアの血を落とした羊皮紙を一瞥すると席を立ち、奥から白髪のお爺さんを連れてきた。
お爺さんはモアの血を吸った羊皮紙をしげしげと見つめて目を丸くする。
「ほう、これは珍しい! 五色元素属性じゃないか!」
それを聞き、辺りがざわめく。
「なんだって?」
「こりゃ珍しい」
「あんな小さな娘が......これは大物になるぞ!」
どういうことかと言うと、要するにモアは火、水、風、闇、光の五属性の魔法を使えるということらしい。
「そうだったのか......いいなー」
聞けば、普通の人間は大体一属性、まれに二属性や三属性がいるくらいで五属性というのは非常に珍しいのだという。
しかも五属性が使えるだけでなく、魔力の貯蔵量も普通の人間と比べるととんでもなく多いらしい。
「子供の場合は魔力が大人よりも多いというのは良くあるのですが、同年代の子供たちと比べても20倍からさ30倍の魔力をお持ちのようですね。すごい才能ですよ、これは」
モアは急に注目されて恥ずかしそうにモジモジしている。
「お、俺は!? 俺の属性はどうだったんだ?」
俺は身を乗り出した。モアにそれぐらい才能があるってことは、姉妹なんだし、俺にもそれなりの魔法の資質があってもおかしくないのでは!?
しかしエルさんはニッコリと笑ってこう言った。
「無属性ですね」
「あ、そうすか」
俺はがっくりと肩を落とす。
「それではカードができ次第お呼びいたしますので、掛けてお待ちくださいね」
病院の待合室のようなソファーに腰掛ける。
「いいなあ......モアは魔法の才能があって......」
俺は大きなため息をついた。あーあ、魔法、使ってみたかったなあ。闇魔法とか、火の魔法とか使うところを密かに妄想してたのに。
「でも属性が沢山あるだけで、モア、魔法なんて全然使えないよ!?」
「そんなことないさ、凄いぞ! いいなー、そんなに沢山属性があって!」
俺は天井を見上げた。
そういえば、爺やや兄さんにモアは魔法の才能があるのだと聞いたことはあった。
でも、モアは俺の前で魔法を使ったりどんな魔法を使えるなんて自分から話はしたことが無かった。
俺が何か聞いても「大した魔法は使えない」としか答えないし。
でもそれはもしかして、全く魔法の使えない俺に遠慮していたんじゃなかろうか?
姉より妹の方が才能があるなんて知れば、俺が悲しむから......。
そう考えると、なんだか胸が痛くなってきた。
「ここを出たら、モアに魔法使い用の装備や魔術書を沢山勝ってやらないとな。折角の才能なんだし、勿体無い」
俺が言うと、モアは首をブンブンと振った。
「そんな! 私はお姉さまが勇者になれさえすればそれでいいの。お姉さまの装備を優先して......」
「バカ言え。最強の勇者の相棒は、最強の魔法使いでなきゃいけない。そうだろ?」
そう言ってウインクしてやると、モアは少し赤くなってコクリと頷いた。
よーし、二人で最強の冒険者、目指してやるぞー!
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