21.お姉様と木の都

「なあ、モアってば~、機嫌なおせよー」


 カラスの親子が仲良く山に帰っていく、そんな夕暮れ空の下、頬をぷくりと膨らませたモアがスタスタと歩いていく。とはいっても、俺とモアでは歩幅が違うからすぐに追いつくんだけど。


「怒ってないもん!」


「怒ってるじゃんかー」


「怒ってないってば!」


 ......うーむ、こりゃ怒ってるな。マロンにキスしたのがそんなにまずかったのだろうか? でも女の子同士だし、モアにも、親戚の女の子が来た時にもあれぐらいいつも挨拶でしてるしなあ。


 もしかして西洋風の異世界だからキス位当たり前だと思っていたのだが、親しい相手以外にむやみにキスするのはマナー違反なのだろうか?


 この世界で16年生きてはきたが、どうも俺はこの国の常識というものがいまいち分からない。幼いころからあまり王宮以外の人間とは顔を合わせず箱入り娘として育てられてきたかもしれないが……


「なあモア、関所を抜けるには仕方なかったことだし、大体キスって言ってもほっぺにちゅーしたぐらいでそんな......」


 モアは俺の言葉を無視してスタスタ歩くと、軽やかな仕草で馬に飛び乗りこう呟いた。


「お姉さまに怒ってるんじゃないのよ。モアは、必要な事だって分かってるのに、みっともなく怒ってるモア自身に腹を立ててるの」


 むう、と口を尖らせるモア。そうか......そうだったのか。

 馬に飛び乗ると、モアの横に並んで歩く。パカパカと、馬が道を蹴る音がリズミカルに響く。俺は笑いながら言ってやった。


「大丈夫だよ。そうだ、宿屋に着いたらモアにも沢山ちゅーしてやるからさ! 元気出せよ」


「......本当?」


 ちろりと俺を見るモア。モアは本当にお姉ちゃんに甘えるのが好きだ。


「ああ、本当だとも!」


 俺が約束すると、モアは嬉しそうに頷いた。


「約束だよ!」





「この道を真っ直ぐ行けば町につきそうだね!」


 モアが町の地図を手に笑う。


 しばらく馬で歩いていると、町の灯が見えてきた。良かった。どうやら日が暮れる前に町には着きそうだ。

 

「それにしてもデカい森だなあ」


 俺たちの進む道の脇には大きな川が流れていて、その向こうにはどこまでも続く大きな森がある。森の景色に見とれていると、モアが地図を開いた。


「関所から向かって右手に見えるのが『迷いの森』と呼ばれるモンスター多発地帯です。危険ですから近づかないようにして下さい、だって」


 どうやら川を渡ったすぐ向こう側が『迷いのどうらしい。

 よく見ると、「立ち入り禁止」の看板が不気味に揺れている。


「なんだか怖い」


 モアが体を震わせる。


「そうかあ? なんか俺はワクワクしてきたけどな!」


 だって「迷いの森」だぜ? いかにもRPGゲームに出てきそうな場所じゃないか」


「お姉さま、その前に街に行って冒険者登録をしなきゃ。装備を整えたり......薬草も必要だし」


「おお、そうだな」


 すると、どこからか女の人の悲鳴が聞こえてきた。


「何だ!? 今のは」


「お姉さま、行ってみよう!」


 悲鳴のする方向へ行ってみると、緑髪のお姉さんがワーウルフ、すなわち人狼に襲われている所だった。ファンタジーの世界とはいえ、緑の髪とは珍しい。もしかして、妖精か何かの血でも混ざっているのだろうか?


 地面に散乱した竹かごと野いちご。恐らく野いちごを摘みに来てワーウルフに出会ったのだろう。人のように二足歩行する狼がお姉さんに襲いかかる。


「キャーッ!」


 俺はお姉さんの元へ全速力で走ると、ワーウルフの鼻っつらを思い切り殴りつけた。


「キャイーン!」


 ワーウルフは情けない声を出し、森の奥へすごすごと逃げていく。


「ありがとうございました」


 美女が起き上がる。


「いいってことよ」


 俺がニヤリと笑うと美女は恥ずかしそうに微笑んだ。


「油断してました。前はこんな街の近くにワーウルフみたいな大型の魔物がでることは無かったのですが......最近どうも、モンスターたちの様子がおかしくて」


「へえ、そうなんだ」


「もうすぐ薔薇祭りですし、何も無いといいんですけど......」


 憂鬱そうにする美女。俺とモアは、彼女を町の入口まで送ってやると、そこで別れた。





『森と木の都・フェリルの町へようこそ!』

『ようこそ冒険者の聖地へ』


 デカデカとした木の看板が、俺たちを出迎える。

 木と森の都、というのはここフェリルの町が森に囲まれており、木材加工で有名だからだそうだ。


 そしてこの町には冒険者協会の本部がある。多くの冒険者がこの町を拠点に活動したり、この町から冒険者を始めるので、フェリルは別名「冒険者の町」だとか「始まりの町」とも呼ばれるらしい。

 

 俺たちは、完全にお上りさん状態でキョロキョロ辺りを見回しながら町を進んだ。

 

 露店の立ち並ぶ埃っぽい大通り。建物は森の近くだからか、木造住宅が多く、玄関先には薔薇祭りのシンボルである真っ赤な薔薇や、薔薇の飾りで周りを縁どった鏡がかかっている。エリスにある住宅はほとんどがレンガ造りだから、なんだか凄く新鮮だ。


「フェリルの町へようこそ!」

「フェリルの町名物・森のナッツまんじゅうはいかがっすかー!」


いきなり露天商に話しかけられ、俺は思わずビクッと身を震わせた。

 ちなみにここフェリルの公用語は俺たちの住むエリスと同じ北部言語と呼ばれる言葉で会話に支障はない。たまにイントネーションが違ったり原住民由来の知らない単語があったりもするが、文脈で判断できるレベルだ。


 通りでは薔薇祭りの薔薇飾りのほか、名物らしいナッツ類やドライフルーツ、フェリルまんじゅうやフェリルカステラ、オーナメントに木彫りの熊なんかが売ってる。何に使うんだ?


 子供たちが地元の民謡らしい歌を歌いながら元気よく通り過ぎていく。


「オルドローザが~言うことにゃ~、満月の夜~真っ白なドラゴン現れて~」


 最後の方は訛りがひどくて聞き取れなかったが、どうやらオルドローザの伝説について歌った歌らしい。


「わあ! 何だか外国って感じ!」


 モアが目をキラキラと輝かせる。可愛いなあ、本当。


 俺は一つの露天の前で足を止めた。薔薇をあしらったアクセサリーを売っているお店だ。可愛いペンダントや指輪、ピアスが沢山並んでいる。


「これ可愛いな。モアに似合うんじゃないか?」


 俺が手に取ったのは小さな鏡の周りに赤い薔薇をあしらったピアスだ。ちょうど各家の玄関に飾っている飾りによく似ている。


「それは薔薇祭り限定アクセだよ。白やピンクもあるけどお揃いでどうだい?」


「お揃いかあ」


 鏡を縁取る赤い薔薇白い薔薇。それを見て、俺はアオイとヒイロを思い出した。元気にしているだろうか。


「青い薔薇は無いんですか?」


 俺が尋ねると屋台の兄ちゃんがそれを笑い飛ばす。


「馬鹿言うんじゃないよ。青い薔薇なんてものは存在しないよ」


 そうだっけ。俺は向こうの世界で青い薔薇見たことがあるような気がしたのだが。もしかしてあれは品種改良された花で自然には生えないのかもしれない。残念だな。赤と青があればヒイロとアオイにぴったりなのに。


「じゃあ赤二個、白二個の四つ下さい」


「四つなの?」


 モアが不思議そうな顔をする。


「ああ、アオイとヒイロにも渡してやろうと思ってさ」


「そっか。会えるといいね!」


 モアが天使の笑顔でニッコリと笑う。


「あっ、これも可愛い!」


 モアがドングリや木の実でできたネックレスを手に取る。よくよく見ると、本物の木の実ではなくガラスでできた偽物のようだ。


「これはね、オルドローザ様が森で迷った時にドングリを撒いて居場所を知らせたという伝説を模したものなんだ」


「へえ、これも買ってやろうか?」


「え? でも買いすぎじゃない? 大丈夫?」


 モアが心配そうな顔をする。


「イヤリングも買ったからおまけしてあげるよ! それにこれはね、防御力アップの魔法もかかってるから可愛いだけじゃなくて役に立つしね」


 露店の店主に言われ、ネックレスも購入する。まあ冒険者になってクエストでもこなせば金も入ってくるだろうし、大丈夫だろ。


 モアは上機嫌でスキップする。


「外国って~楽しいな~!」


 うんうん、俺も楽しいぞ、モア!

 こうして俺とモアは、初めて異国の土を踏みしめたのだ。






 

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