23.お姉様と始まりの酒場

「お待たせしました、ミカエラさま! モアナさま!」


 エルさんの声が響く。


「お姉さま、私たち呼ばれたよ!」


 モアに小突かれてハッと気づく。そういえば、偽の身分証明書を作る時にそういう偽名にしたんだっけ。


「こちらが冒険者第二種登録カードです。冒険、頑張ってくださいね」


 エルさんは俺とモアに冒険者カードを手渡しながらニッコリと笑う。


 やったー! これで俺たちも冒険者だ!


「さて、冒険者登録も済んだことだし、早速何かクエストを受けてみるか? それとも武器を買いに......」


「それもいいけど、折角だからあの酒場に行ってみない?」


 モアが言うのは、アオイが俺にくれたあの名刺の酒場だ。


「『始まりの酒場ロゼ』......かあ。そうだな、面白そうだ」


「アオイとヒイロにお土産も渡そうね!」


 意気揚々と冒険者協会を出た俺たち。

 こうして俺たちは、始まりの酒場ロゼへと向かうことになったのだ。





「お姉さま! あそこじゃない?」


 モアが指を指す。指の先には生い茂る薔薇に隠れるようにして建っている古びた木造の一軒家。


「あれか? 普通の家みたいじゃねーか!」


 始まりの酒場ロゼは、繁華街から一本裏路地に入った所にある。

 ツタに覆われた古い木の壁。看板も小さく、探そうと思わなければ絶対に見つからないだろう。


「隠れ家的お店ってやつなんだな、きっと」


 酒場のドアを引いた。木のドアの軋む鈍い音。古びた木のドアには、やはり薔薇祭りの鏡と薔薇の飾りがかかっている。


「すみませーん!」


 だが、中は薄暗く人の気配がない。


「......あれ? 誰もいない」


「営業時間外なのかな?」


「酒場だし、夜しかやってないとか?」


 俺たちがそんな話をしていると、いきなり背後から肩を叩かれる。


「何か用かい、お嬢ちゃんたち」


「ひゃあ!」


 俺はビックリして飛び上がった。な、なんだよー! 気配も無く背後に立たないでくれよ!!

 振り返ると、そこに居たのは、炎のように赤い髪を短く刈り込み、顔に沢山ピアスをつけた背の高い女の人だった。


「は? あ、いや、その、この酒場ってやってないんですか?」


 恐る恐る聞くと、赤毛の女の人は懐から煙草を取り出し火をつけた。


「......やってるよ。でも、ここは会員制なんだ。お嬢ちゃんたちの来るような場所じゃない」


「で、でもここの名刺を貰ったんです!」


 アオイに貰った名刺を見せると、女の人は訝しげに片眉を上げた。マントの袖から除く腕には、ビッシリと魔法陣を象った刺青か見えた。


「......なるほど。だがうちは冒険者向けの酒場だ。冒険者カードは持っているかい?」


「あ、はい!」


 俺たちはお姉さんに冒険者カードを見せようと取り出した。だがお姉さんはそれを一瞥するとろくに見もせずにふう、と煙草の煙を吐き出した。


「駄目だね。今のままじゃうちの店には入れられない。出直してきな」


 お姉さんはそう言うとピシャリと酒場のドアを閉めた。


 俺とモアはキョトンとした顔で互いに顔を見合わせたのだった。




「今のままじゃ駄目......かあ」


 俺は閉まったドアをぼんやりと見つめながらため息をついた。


「どういうことだ?」


「もしかして、レベルが足りないんじゃないかなあ? 何かのクエストをこなさなきゃいけないとか......」


「なるほどね」


 てなわけで、とりあえず俺たちは冒険者協会へ戻ってきた。


「何か簡単なクエストでも受けてみるか」


 クエスト依頼の掲示板の前には朝ほどではないが人だかりが出来ている。

 俺たちは汗臭いオッサンたちをかき分け依頼を眺めた。


「やっぱり難易度の低いのは畑に出たモンスターの退治とかその辺かな」


「薬草集めのクエストもあるよ!」


「この犬の散歩ってのもクエストなのか?」


 俺たちがクエスト掲示板の前であーだこーだ言っていると、不意に大きな声が冒険者協会中に響き渡った。


「ミカエラとかいうヤローはどこだー!!」


 静まり返る協会内。


 冒険者協会に来るなりそう叫んだのは、オレンジの髪をツンツンと逆立てた少しツリ目の青年だった。腰に剣も刺しているし、恐らく彼も冒険者なのだろうか?


 キョトンとしていると、モアが袖をクイクイと引っ張る。


「もしかして、お姉さまのことじゃないの??」


 ......あ、そっか。俺は今は「ミカエラ」って偽名を名乗ってるんだっけ。


「おい兄ちゃん、もしかして探してるのは俺か?」


 ツンツン髪の男の背中に向かって呼びかける。


「ああ!?」


 振り返る男。男は俺のつま先から頭の上までマジマジと見るとこう言った。


「......あんたが、本当にミカエラなのか?」


「ああ。多分そうだと思うけど」


 男の顔に困惑の色が浮かぶ。


「いや......まてよ......しかし、金髪に緑の目......アイツの言ってた通りだ」


 ブツブツと呟く男。一体何なんだ?

 すると青年は俺を指差し、こう叫んだ。


「よし、決めたぞ、ミカエラ! 俺と勝負しろ! 果たし合いだ!!」


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