第40話 お姉様と海の支配者

「ふはははは! 非力な人間どもめ。この私を封印してくれた礼を、今こそしてやろうぞ!!」


 巨大なヒトデ型の触手生物と化した海の悪魔が叫ぶ。


 やばいぞ。非常にやばい。


「みんな、下がってろ!」


 叫んだ瞬間、触手がしなり紫色の光を放った。


「きゃあああっ!」

「わっ!」

「何だ!?」


 大きな音とともに、辺りに砂ぼこりが立ち込める。


「ふふふ、この城もろとも海の藻屑となるがいい!!」


 おぞましい声が響き渡り、城の壁がガラガラと崩れ出す。


「まずいよ、どうしよう!」


 ベルくんが今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。目をやると、壁に穴が空いている。


「穴が!?」


 初めは小さかった穴。だけどそこからどんどんと海水が溢れだしてきて――ついにはボコンと大きな穴が開き、海水がこちらへ押し寄せてきた。


 ――まずい、息が!?


 思わずギュッと目をつぶり、死を覚悟する。が――


「お姉様!!」


 モアの声。


 あれ? 息ができる。体も濡れてない。モアの魔法か?


 いや――モアも驚きの表情を浮かべている。


 辺りを見回す。


「ギョギョギョ!!」


 ローブをまとい、杖を掲げる人物が一人。緑がかった皮膚に魚の顔。半魚人のうちの一人だ。豪華な服装からして、ここのおさだろうか?


「ギョギョギョギョギョ!!」


 半魚人が何かを叫ぶ。


「あいつを倒してくれと言ってるようじゃな」


 鏡の悪魔がひょっこりと顔を出す。


「そうなのか?」


「いや、適当じゃが」


 ペロリと舌を出す鏡の悪魔。おいおい。


 でも確かにそんな風に見えるな。


 ってことは、半魚人たちは敵じゃない? ただ住処に侵入されて怒ってただけ? ここに入る時、普通にぶっ飛ばしちゃったけど。


「お姉様!」


 そんな事を考えていると、不意に海の悪魔の触手が飛んでくる。


「ぐわっ!」


 触手攻撃を真正面から食らってしまい、背後の壁に叩きつけられる。


「大丈夫!?」


「ああ、心配ない」


 背中に鋭い痛みが走るが、すぐさま立ち上がる。


「でも、俺は大丈夫だけど、このままだとこの建物がヤバいことになりそうだな」


 俺は背後の崩れかけた壁や穴の開いた天井を見た。


 今のところ、半魚人が水中呼吸魔法をかけていてくれているが、その魔力もいつまで持つか。


 続けざまに飛んでくる巨大な触手。


「でやっ!」


 思い切り振る斧。ゴトリと脚が落ちる。だが、やはりすぐに再生してしまう。


「ぼ……僕も……冒険者になるんだ!」


 震える手で勇敢に剣を抜いたベルくん。が――


「馬鹿、下がってろ!」


 その瞬間、触手にはね飛ばされ、ベルくんが地面に転がる。


「大丈夫か?」


 俺はベルくんに駆け寄った。


「こ、腰が」


 可哀想に、腰が抜けたみたいだ。


 モアが首を傾げる。


「あの悪魔、目がどこにもないのに、どうやって見てるのかな」


「え?」


 そう言われて海の悪魔をチラリと見る。亡霊のように真っ白な皮膚。目らしき穴は辛うじてあるが、退化しておりとても見えているとは思えない。聴覚か嗅覚に頼っているのだろう。


「確かに。……まてよ?」


 その時、俺の頭の中に一つの考えが浮かんだ。


「ナイスだ、モア。もしかして、あいつを倒せるかもしれない」


 やっぱり、モアは天才だ!


「えっ?」


 モアの瞳が困惑の色を帯びる。

 と同時に、轟音と共に、再び水魔法による攻撃が襲う。波が押し寄せ、体が岩壁に叩きつけられる。


「ぐはっ!」


「お姉様!!」


 俺は駆け寄ってきたモアに目配せした。


「大丈夫だ。それより、頼みがあるんだけど」


 俺の作戦を聞くと、モアは力強く頷いた。


「分かった。任せて!」


 これで――海の悪魔を倒せるかもしれない!!

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