47.お姉様と鏡の悪魔

 シュシュが悪魔の力を借りてモアと入れ替わり、俺の妹になるだって!?


「――狂ってやがるぜ!」


 ゼットが剣を構え、シュシュに向かっていく。シュシュはそれをひらりとかわす。


「あっぶなーい。ひどいじゃないの」


 くすくす笑うシュシュ。


「よそ見している暇があるの?」


 ヒイロもシュシュに斬りかかる。


 シュシュはそれも軽い仕草で避けると、ガーターベルトから何か細長い筒状の物を取り出した。笛だ。


 シュシュはおもむろに白く光る横笛を吹き始める。


 何も無い空間から真っ黒なもやが現れる。


 立ち上る真っ黒な煙は大きく膨れ上がり、やがて三つに分かれ、一つは狐、一つはオオカミ、一つは鷹の形に変わる。


「やっておしまい、私のしもべたち」


 ゼットが剣を抜き、オオカミを切り捨てる。ヒイロが狐を刀で切り、アオイが鷹を縛り上げる。


 しかし、黒い獣たちを切り捨てたと思ったら、またしても別の獣が三人を襲う。


 俺はその状況を、檻の中から黙って見つめる他ない。ぎり、と唇を噛む。


「あはははっ、無駄よ! いくら切っても、ここには魔力が沢山ある。いくらだって召喚できるんだから!」


 高らかに笑ったシュシュが俺の方へくるりと向き直る。


「さてと。丁度いいわ。お姉さまに見せてあげる。私が鏡の悪魔を召喚し、お姉さまの本当の妹になる様をね!」


 シュシュが指を鳴らすと、天井の岩が低い音を立て割れた。岩の裂け目から覗く群青色の空。


「皆、鏡の悪魔を呼び出すには薔薇祭りの日でないといけないと思ってる。でも違う。鏡の悪魔を呼び出すのに必要な条件は2つ。膨大な魔力を宿した鏡と満月の光。そして魔力を宿した鏡はここにある。あとは満月だけ!」


 そうか、今日は満月……


 岩の間から丸い空を見上げると、灰色の雲が風に乗って流れていく。


 あふれ出す金色の光。満月だ。大きな満月。それは魔力を宿したかのように、赤く、毒々しく光ったかと思うと、大きな鏡に反射し、輝いた。


「さあ、来なさい鏡の悪魔! 私の願いをかなえて……!」



 手を広げるシュシュ。

 辺りが真っ白な光に包まれる。


 巻き起こる風。魔法に疎い俺でも分かるほどの濃密な魔力の気配。何かが蠢く感覚。




 そして狭い室内に、小さな少女の声が響いた。




「ククッ……おろかな」



 俺たちは、一斉に振り返った。


 鏡の悪魔が現れるのは鏡からだと思って鏡を凝視していたのだが、声がしたのは全く思いもしない方向だったからだ。

 

 声がしたのはモアの方からだった。

 

 恐らく魔力を使い果たしたのだろう。俺やモアの周りを覆っていた檻がいつの間にか無くなり、黒い獣たちもどこかへ消え去ってしまった。


「モ……モア!?」


「お姉さまいけない!」


 モアに駆け寄ろうとした俺の腕をアオイがぐっと掴んだ。


「……モア?」


 俺はモアの顔を見つめた。

 顔を下げうなだれたモアの表情は陰になっていてよく見えない。


「モア? どうしたんだ?」


 またしてもモアの方から声がする。


「ククククク……おろかな人間どもよ」


 それは、モアの声ではなかった。


「まさか……鏡の悪魔……か?」


 ゼットが口を開く。


 鏡の悪魔? 確かに、この状況ではそう考えるのが自然だが、どうして悪魔が鏡じゃなくてモアの方から出てくるんだ?


「……ん?」


 するとモアが目を覚ましたかのように顔を上げる。


「モア! 大丈夫か!?」


 俺が叫ぶと、モアは首を傾げ俺の方を見た。


「うん。モアは大丈夫」


 自分の手足を確認し、キョトンとした顔を見せるモア。


「バカな......あれだけの魔力を消費したのに無事だなんて! それに、鏡の悪魔は!?」


 驚愕の表情で叫ぶシュシュ。

 すると、再び声がした。


「ククッ......これだから愚かだというのだ」

 

 その少女の声は、モアの方からした。が、モアからではない。


「この声......」


 俺が戸惑っていると、アオイが俺の腕を掴みながら地面を指さす。


「お姉さま、モアちゃんの影です」


「……なっ!?」


 モアが檻から出てこちらへ歩いてくる。


 満月に照らされ、煌めく銀髪と星空のような瞳。その影が、もぞり、と動いた。


「近寄っちゃダメ!」


 ヒイロも俺の反対側の腕を掴む。その眼は月光を受けて赤く輝いている。


「何……何だってんだよ!」


 するとモアの陰から黒く小さな影が出てきた。


「いやはや、驚いた。まさか人間どもが再びわらわを召喚しようとするとはな」


 黒い影は見る見るうちに少女の形に変化していく。


 見た目は人間でいうと10歳くらいだろうか。褐色の肌に金の髪と金の瞳。頭には道化師のような帽子を被り、紫色のピッチリとした衣服。背中には羽、お尻からは長い尻尾が生えている。


「まさか......これが鏡の悪魔?」


 モアの影から出てきた少女を凝視していると、モアは叫んだ。


「鏡ちゃん! どうして出てきたの!?」


 親しげに鏡の悪魔に話かけるモア。どういう事だ!?


「い、一体どういうことなの!? 鏡の悪魔は私が召喚したのよ! どうしてその子の影から……」


 シュシュは慌てふためく。

 鏡の悪魔は、そんなシュシュを横目でちろりと見て肩をすくめた。


「......何、折角だから教えてやろうと思うてな。鏡の悪魔の召喚には三つの条件があるのじゃ。一つ目は満月。二つ目は魔力を帯びた鏡。そして三つ目は他の人間に召喚されていないこと」


「他の人間に......?」


 皆の視線がモアに集まる。


「そんな......嘘よ! その子はずっと気絶していたし、鏡の悪魔を召喚する時間なんて無かったはず......」


 それを聞き、鏡の悪魔は意地悪そうな顔をする。


「じゃが、召喚されたのがずっと昔のことだったとしたら?」


 昔? 一体どういう事だ?


 俺はモアの顔を見た。モアはうつむいたままだ。


「ククッ、まあ折角じゃし、事の真相を見てもらおうではないか」


 鏡の悪魔が両手を広げると、鏡が光り出し、そこへ幼い少女が映し出される。

 水色の服を着た銀髪の少女、年は3、4歳だろうか。

 鏡の悪魔は過去の光景を鏡に映し出し、俺たちに見せようというのだ。



「モア......?」


 鏡に映し出されたのは幼いモアだった。

 まさかこんな小さい頃に鏡の悪魔を呼び出していたと言うのか?


 俺たちは鏡の悪魔が見せる過去の光景に釘付けになる。


 そこへ侍女がやってきた。


「お待たせしましたー」」


「マーサおそーい! モアと遊ぶんじゃなかったの?」


 頬を膨らませてすねるモア。ああ、こういう所、昔と全然変わってないんだな。


「すみません、姉と話し込んでいまして」


 頭を下げる侍女。


「マーサ、お姉ちゃんがいるの?」


「ええ。同じ侍女のスーが私の姉です」


「ええっ、そうだったの!? 知らなかったー!」


 バタバタと手足を動かし部屋の中を駆け回るモア。

 だがモアは、不意に動きを止めると、マーサの方を見てこう尋ねた。


「マーサは、お姉ちゃんと仲良しなの?」


「ええ。一緒に買い物に出かけたり、服や靴を貸し借りしたりしています。小さい頃はよく一緒におままごとやお人形遊びをしていました」


「ふーん。いいなあ......モアはお兄さましかいないから」


 モアは不満げに口を尖らせる。え? 今、何て言った? そして幼いモアはこう言ったのであった。


「モアもお姉ちゃんが欲しい!!」

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