第30話 お姉さまと新たな妹

 城から出た俺は、城の近くで待っていてくれたモアとオディルと合流する。


「お姉様!!」


「二人とも、待たせたな!」


 心配そうだったモアの顔に明るさが戻る。


「よしっと。じゃあ、元の体に戻してくれ!」


「あいよ!」


 鏡の悪魔の元気な声。

 俺の意識はとおのき、グラリ、体が揺れる。


 そして気がつくと――懐かしいふくらみ!


「はーっ、やっと戻ったぜ、自分の体!」


 俺は胸を揉みしだき自分の体を確かめた。


「お姉さまーっ!」


 抱き着いてくるモア。

 浮かれる俺たちに、オディルがくぎを刺す。


「変なことしなかったよね? もしボロを出したりしたら」


「だ、大丈夫。多分」


 俺は目をそらした。


「まあいい。どうせ俺はもうすぐここを去る予定だし」


「え? そうなのか?」


「ああ。あまりひとつの場所に長く留まらないようにしているからね」


「ふーん」


「君たちは、どれ位ここに居る予定なんだ?」


「んー、この辺でもうちょいレベル上げてからかなあ。冒険者ランクまだ低いし」


「そうか。レベル上げなら、この近くにある初級者向けの海底遺跡――通称海のダンジョンがおすすめだ」


 親切にも教えてくれるオディル。


「そうなのか。行ってみるか」


「ね、海のダンジョン、面白そう!」


 浮かれる俺たちに、オディルはため息をついた。


「じゃあ俺はこれで。もう会うこともないだろう」


 手を振り、去っていこうとするオディル。


「でも、オディルはベルくんを連れ戻すというクエストを受けてるんじゃ」


「ああ。それならもういい」


「もういいって」


「クエストは未達成でも構わない。とにかく俺はすぐにこの街を立つよ」


「えっ、そんな急に?」


 何でそんなに急ぐんだろう。モアも不思議そうな顔をする。


「何か急ぎの用でもあるのか?」


「いや。俺はこの街で顔を知られ過ぎた。ひとつの街に長く居たり誰かと深く関わったりするのはなるべく避けているんだ」


「そうなのか?」


「ああ。お前たちも、俺のことは忘れて早く海のダンジョンに行くといい」


「うーん? まあ、他にすることもないしそうするけど」


 何なんだろう、このオディルの様子は。


「それじゃあ」


 そそくさと去っていくオディル。

 長身の黒髪が見る見るうちに見えなくなっていく。

 この先、あいつに会うことももう無いのだろう。あっさりとしたお別れだったが、しょうがない。


「なんだ? あいつ。あんなに急いで」


「確かに変だけど、きっと何か事情があるんだよ。早くブローチをセラスに返して海のダンジョンに行こうよ」


「あ、ああ」


 俺たちは、ブローチを返しに再びセラスの城へと向かうことにした。







「まあ、二人ともありがとう! よく見つけたわね!」


 セラスが満面の笑みで出迎える。


「いやぁ、たまたま」


 俺は女海賊の船に潜入したところ、たまたま巨大カラスにブローチを盗まれていたことを発見し、嵐の中島へ向かい取り戻したことなどを所々ぼかしながら話した。


「そう、さすがね。では約束通り、この国に滞在する許可を出すわ。レオ王子にも、ここに来たことは黙っておく」


 ニコリと笑うセラス。


「ああ。ありがとう」


 とりあえず助かった。これで追っ手の心配は無くなったわけだ。


「これなら、次のクエストも任せられそうね」


「次のクエスト?」


 セラスの奴、また俺たちに何か頼もうってのか?


「ええ。実は、私の弟、ベルくんが少し前から行方不明なの」


「じゃあ、次のクエストっていうのはベルくんを探して連れ戻して欲しいってことか?」


 俺が尋ねると、セラスは黙って頷く。

 もしかして、オディルが依頼を放棄したせい? それで俺たちに依頼が回ってきた?


「もし良ければ――だけど。あまり公にできないし、冒険者協会にも頼めないから、あなた達に頼むしかないの。報酬も相場の倍出すわ」


「まあ、いいけど。モア、どうする?」


 チラリと横を見る。


「うん、受けようよ。ベルくんならもう会ってるし、探すのも簡単だし」


 モアの言葉にセラスが食いつく。


「ベルくんに会った!? 一体どこで!?」


「えっと、港……で」


 しどろもどろになるモア。

 流石に女装して海賊船に乗っていたとは言い難いよな。


「とにかく、依頼は受ける。ベルくんは俺たちの手で連れ戻すぜ!」


「ねー、頑張ろうね!」


 手を取り合う俺とモアを見て、セラスが微笑む。


「ありがとう。本当に二人は仲が良いのね。羨ましい。私も妹が欲しかったな」


 ため息をつくセラスに、俺は慌てて叫んだ。


「い、いやいや! 弟も良いもんだと思うぜ!」


「ありがとう、なぐさめてくれるのね。でも私……私も、ミアの妹に生まれたかったわ」


 ため息をつくセラスに、モアが叫ぶ。


「なら、なればいい!」


「え? でも」


 困惑の表情を浮かべるセラス。


「だいじょうぶっ! 妹とは概念的なものだって、年上だって妹になれるってアオイが言ってたし!」


 モアがぴょんと跳ねて微笑む。


「だから、みんなでお姉様の妹になろう!」


 それを聞き、セラスは一瞬戸惑った顔をしたけど、照れくさそうに微笑んでこう言った。


「……はい、お姉様」





「それにしても」


 城からの帰り道、モアが渋い顔をして考え込む。


「どうしたんだ、モア」


「ううん、お姉様、まさか弟が欲しかったなんて」


 え?


 あっ、もしかして、セラスに「弟も良いもんだ」って言ったから、それでか?


「いやいや、それは誤解だって」


「でもでもっ、ロレンツ船長もお姉様はショタコンだって言ってたし!」


 涙目になるモア。

 ええ~!? なんでそうなるんだよ!!


「誤解だ! お、俺はどっちかというとショタコンよりロリコンだ!!!!」


 思わず大きな声で叫ぶ。


「お、お姉様声が大きい」


「すまん」


 気がつくと町行く人たちにジロジロ見られている。いかんいかん。


「そう。お姉様はロリコン……でもショタコンは本質的にはロリコンの延長にあってもっと業の深いものだとものの本に書いてあったし」


 ブツブツ呟くモア。

 一体、何の本を読んだんだ!

 というか、誤解だから! 全くもう!

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