第8話 お姉様と女海賊グレイス

「なんだ......客人か?」


 グレイスが俺たちの方をじろりと見る。琥珀色の、眼力の強い瞳だ。並の男ならたじろいでしまうだろう。


「は、はい」


 メリッサが遠慮がちに返事をする。


「モンスターに襲われてたあたいを助けてくれたんです」


 アンが付け足す。

 そして二人は、しどろもどろになりながらもことの経緯を説明した。


「なるほど。それはそれは」


 グレイスが立ち上がる。意外と背が小さい。モアより少し大きいくらいだ。


 だが可愛いらしい外見とは裏腹に、オーラがヤバい。ピリピリと背中に寒気が走る。まるで猛獣みたいだ。近くに立ってるだけで緊張する。


「まずはこの子を助けてくれた例を言おう。ありがとう」


「いやいや、襲われている女の子を助けてあげるのは当然さ」


 俺は額に汗をかきながら答えた。


「――それはそれは」


 グレイスは俺を真っ直ぐに見る。

 俺はビクリと体を震わせた。目力が強い!


「だが、海賊が出ると分かっていて、あんたは何故あの浜辺にいたんだ? 少しタイミングが良すぎやしないか?」


 いや、タイミングが良すぎるってのは俺も感じてたけどさー。それは俺のせいじゃないと言うか。


「せ、船長」

「まさかこの人を疑ってるんですか!?」


 モアが俺に囁く。


「お姉様、もしかしてこの人、私たちがモンスターを操って海賊たちを襲わせたって思ってる?」


「――そんなまさか!」


 グレイスは、ふぅ、と息を吐いた。

 ピリリとした空気が一瞬にして薄れる。


「いや、客人に失礼なこと聞いたね。けどあたしはただ聞きたいんだ。なんであなた達がそこに居たのかをね。あそこはあたしたちの縄張りで、地元の人間でも滅多に立ち寄らない」


 ゴクリ、唾を飲み込む。


「そ、それは......」


 えーい、こうなったらやけくそだ!


「決まってるさ、海賊船を見るためだ!」


「海賊船を? それまたどうして」


「決まってるだろ? かっこいいからだ!」


 俺は早口でまくし立てた。


「俺は、幼い頃から海のないエリス王国で育った......海なし国で育った俺にとって、海は憧れ。俺は小さい頃から本で海賊の話を読んで海に思いを馳せていたんだ」


 これは半分本当だった。ただし、海賊の話を読んだのは「あちらの世界」だが。


「海賊は俺の小さい頃からの憧れ! だから、セシルに来たからには一度で良いから海賊を見てみたかったんだ!」


「な......なるほど」


 えーい、こうなりゃヤケだ!


 俺はガバリと頭を下げる。


「お願いしますっ! 俺たちを、海賊団に入れてくださーいっ!!」


 室内が静まり返る。


 ......少し、わざとらしかったかな?


 グレイスがふん、と鼻を鳴らす。


「そっちの銀髪のも海賊になりたいのか?」


「えっ、モ、モアのこと!?」


 急に話を振られたモアがびっくりして飛び上がる。


「は、はいぃ~! モアも海賊だいすきー。モアは海賊になりたいなー」


 ......凄い棒読みだぞ、モア。大丈夫か!?


「なるほど、あんたらの言い分は分かった。アンの命の恩人でもある訳だし、しばらくこの船に滞在するといい。船員として雇うかどうかはあんたらの働き次第だ」


「!? は、はい!」


 良かった。なんとか海賊船に潜入できそうだ。俺は額に流れる汗を拭った。


「良かったね、お姉様!」

「ああ」


 グレイスはそんな俺たち二人を意味ありげな瞳で見ると、アンに向かってこう言った。


「じゃあ、この二人の教育はアンに任せる。それから、何かあったら副船長のメリッサに言うように」


 メリッサ......副船長だったのか。


「はい。この子たちは、私が手取り足取り、ねっとりと面倒を見ますっ」


 メリッサがニコリと笑う。

 ......何言ってんだ??

 だがグレイスは片眉を上げただけでそれを無視する。強い。


「じゃあ、そういうことで。さっさと持ち場に戻んな」


 グレイスがヒラヒラと手を振る。


「はー......」


「良かったね、お姉様」


 モアが囁く。


「ああ」


 何とか女だらけの海賊団、グレイス海賊団には潜入できた。


 だけど......何だか嫌な予感がするのは俺だけか?

 

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