第24話 お姉さまと夏の悪魔

 俺はメレの体に縄をかけると、手際よくメレを亀甲縛りにした。


「どうだっ!」


 メレの顔が見る見るうちに赤くなり、目が潤む。


「あっ、あっ、あっ、なにこれ~っ♡ 体が締め付けられて気持ちいい……」


「メ……メレ!? 貴様、メレの体に何をした!?」


 慌てるクレーシーに、俺は胸を張って説明した。


「なに、ジャパニーズ・トラディショナル・キッコーシバリをしただけさ」


「キッコーシバリ??」


 実は俺がこちらの世界に転生してくる前、『キッコーマン』という亀甲縛りがトレードマークのヒーローものが流行っていたのだ。


 その『キッコーマン』にハマってしまった俺は、ついに自分で自分を亀甲縛りで縛り上げられるほど亀甲縛りが上達してしまったのだ。


 まぁ、自分で自分を縛っている所を親に見つかって気まずい思いをしたことはあるが……


「さぁて、あとは貴様だ、クレーシー」


 斧を構えにじり寄るとクレーシーは不敵な笑みを浮かべた。


「ふん、まさかメレを戦闘不能にしただけであたしに勝てるとでも思ってるのかい?」


「何?」


 クレーシーの自信満々な表情に思わず立ち止まる。こいつ、まだ何か力を隠して……?


 クレーシーは右手を天にかざした。その中指には、青い宝石がついた銀の指輪がはめられていた。


「まさか……」


「そのまさかだよ! ……いでよ、冬の悪魔様!!」


 地吹雪があった。

 白い雪が辺り一面に舞い視界が奪われる。

 

「うわっ、お前、何を……」


 そして数秒後、視界が晴れた。――と同時に、目の前に真っ白な何かが現れた。


 女だ。真っ白な肌、長い銀色の髪、水銀のような恐ろしい目。あの時洞窟で見た……


「冬の悪魔……」


 ゴクリと唾を飲み込む。

 この前も会ったけど、凄い魔力だ。近くで立っているだけでもガクガクと全身に震えが来る。


「悪魔様、こいつです、私たちを邪魔するのは。やっちゃってくだ――」


 叫ぶクレーシー。だがその声は途中で遮られた。冬の悪魔によって、クレーシーの体は氷漬けにされてしまったのだ。


「どうしてだ!? そいつはあんたの味方じゃ……」


「私に味方などいない」


 ゾッとするような声で冬の悪魔が言う。


「人間どもも獣どもも私の味方ではない。お前らが私から全てを奪うと言うのなら、私もお前らから全てを奪うのみ」


「全てを奪うって」


「この土地を雪と氷の大地にする。全ての生き物は死に絶えるが良い」


「そんな――!」


 俺は必死に動こうとした。だが体が動かない。見ると、足元が凍りついているのが分かった。背中にゾッとしたものが走る。


「足が……!」


 ピキピキ。


 音がして、先程までは足首のところまで来ていた氷がふくらはぎの所までやってきた。全身に悪寒と震えが走る。

 まずい。このままだと氷漬けにされてしまう。抵抗しようとしたが、もはや体は動かず逃げるすべも無い。

 そうこうしているうちに、ふとももからへそ、胸のあたりまで凍ってきた。


「――クソっ!」


 まずい、このままだと――。


「お姉さまあぁぁあああ!!!!」


 モアが白いスノーホースに乗って森の間を駆けてきたのは、俺が首まで氷漬けになってしまったまさにその時だった。


「お姉さまっ!」


 モアが右手をかかげる。その手には、緑の宝石がはめ込まれた金の指輪があった。夏の悪魔の指輪を見つけてきたのだ。


「でかしたぞ、モア!」


「その指輪は……」


 冬の悪魔が震える声で目を見開く。


「……まさか!」


 モアは指輪を掲げたまま大きな声で叫んだ。


「そのまさかだよ! いでよ、夏の悪魔っ!!」


 モアの声と共に、指輪から暖かな光が溢れ出す。暖かな太陽の光。凍える体を芯から温めてくれるような光だ。


 やがてその光の中から、一人の女性が現れた。白いドレス。黄金の髪に緑の瞳。優しそうな顔をした女神のような女性。


「まさかあれが……夏の悪魔?」


 夏の悪魔が腕を振り上げる。すると、辺りの氷は溶け、雪解け水になって流れ出した。

 俺の体を覆っていた氷も、見る見るうちに溶けていく。


「凄い……!」


 これが、夏の悪魔の力。まるで夏の太陽だ。


「おのれ――何を」


 だが冬の悪魔は、夏の悪魔を無事取り戻したにも関わらず険しい表情を崩さない。


「私の邪魔をするなっ!」


 鬼の形相で腕を振り上げる冬の悪魔。暖かさに包まれていた辺りが、再び凍りつく。


「どうしたんだ冬の悪魔! 望み通り夏の悪魔の指輪を取り戻したのに!」


 俺が叫ぶと、夏の悪魔は首を横に振った。


「だめよ。今の彼女には聞こえていないわ。憎しみや怒りに心を捕われているの」


「そんな! じゃあどうしたら」


「……あれは冬の悪魔そのものではないわ。彼女が作り上げた虚像。それが暴走してるの。だから――」


「なるほどあれを倒せばいいんだな!」


 俺が言うと、夏の悪魔は頷いた。


「貴女にそれができますか?」


 俺は即答した。


「もちろん」


 俺はぬかるむ地面を走った。


「おおおおおおおおおおおおお!!」


 拳を握り、ありったけの力を込める。


「く……小癪な」


 冬の悪魔が腕を突き出す。氷の刃がこちらへ飛んでくる。


「てやっ!」


 俺は上方に飛びそれをかわすと、冬の悪魔の後ろを取った。


「これで終わりだ、冬の悪魔!」


 右手に気を込め、突きを放つ。


「でえやああぁぁあぁぁ!!!!」


 瞬間、辺りは眩い光に包まれた。

 

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