第25話 お姉さまと訪れし春

「お姉さまーっ!」


 緑の芝生にシロツメクサ。麗らかな日差しの中、モアが走ってくる。


「見て見てお姉さま、シロツメクサで冠を作ったんだよ!」


 白いワンピースを着て、シロツメクサの冠を被ったモアは、花の妖精のようだ。


 あの戦いから数週間。すっかり春を取り戻したケモナの村は、暖かな陽気に包まれていた。


 氷漬けにされていた村人たちやクレーシー、メレも無事で、今ではすっかり元気になったそうだ。


 だが不思議なことに、クレーシーとメレにはここ最近の記憶が全く無いのだという。

 ってことは、今までの行動は全部、冬の悪魔に操られていたってことなのだろうか。



「はい、どーぞ!」


 シロツメクサで作った冠を被せてくれるモア。その銀髪が、太陽の光を受けて輝いている。


「ちょうどいい。俺もこれ、作ったんだ」


 俺は自分の作ったものをモアに差し出した。シロツメクサで作った指輪だ。


「お姉さま……!」


 モアの目が潤み、顔が真っ赤になる。

 そしてしばらくモジモジした後、モアは上目遣いに俺の方を見た。


「お姉さま、もしよかったら、この指輪、モアにはめて欲しいんだけど……」


「もちろん。どの指がいい?」


「じゃ、じゃあ、左手の薬指に!」


「はいよ」


 モアが差し出した手を取り、ゆっくりとシロツメクサの指輪をはめていく。


「……お姉さま!!」


 指輪をはめ終えると、モアが俺に抱きついた。遠くで微かに鐘の音が聞こえた。


「おーい、お姉さまーっ!! どこにいるにゃー」


 すると遠くから、赤いマントに身を包んだ猫耳の少女が駆けてきた。


「あ、いたいた! 探したにゃん!」


 ニコリと笑うチト。


「探したって、どうして?」


「今日は花祭りの日だからにゃん」


「花祭り?」


「花祭りは春を祝う祭りにゃん!」


 聞けば、毎年村の入口にある「モモザクラ」の木の開花と共に、村では春を告げる祭りが行われるのだという。


「へーっ、面白そう!」

「ほらほらお姉さま、早くいくにゃん」


 チトとモアがそれぞれ右と左、俺の手を握り引っ張っていく。


 村の入口に着くと、村人達は地べたにゴザを敷き、花を見ながら酒を飲んだりツマミを食べたりしていた。その辺は何となく日本人の習慣に似ているようだ。


「こっちに座るにゃんっ」


 チトたちと一緒に一番でかい木の下に座る。まさに特等席だ。


「良いのかな、俺たちがこんないい所に座って」


「当たり前にゃん。村を救った英雄にゃん!」


「いやいや、救ったのは指輪を見つけたモアだから!」


 するとチトが真面目な顔をする。


「そう言えば聞きそびれてたにゃん。モアにゃんはどうして指輪のありかが分かっにゃん?」


「ああ、それはね……」


 モアは語り始めた。最初に俺たちがこの地を訪れた時、コンパスが妙な動きをしたこと。

 そして冬の悪魔の洞窟に近づいた時も同様にコンパスが狂ったこと。

 それで、最初に俺が滑り落ちたあの辺に夏の悪魔の指輪が埋まっていると推理したこと。


「いやいや、推理ってほどじゃないよ」


「でもすごいにゃんすごいにゃん!」


 チトがモアに抱きつく。


「ひゃあん」


 すると後ろから、大量の猫たちが俺たちの膝元にやってきた。


「スゴイ?」

「スゴイにゃん」

「にゃんにゃん」

「にゃにゃにゃー」


 俺やモアの足元にすりつき、にゃんにゃん言う小さな猫たち。


「な、なんだコイツらは」


「こいつらは私の弟や妹にゃん!」


 チトが胸を張る。どうやらケモナ族は初め獣の姿で産まれてきて、それから徐々にチトやメレのような人型になっていくのだという。


「にゃう」

「お姉にゃま」

「お姉にゃん~」


 可愛らしい子猫ちゃんたちが膝に上がってくる。俺は子猫たちを順番に撫でてやった。


 うーん、モフモフ天国!

 

 しばらく俺たちが花と食事ともふもふを楽しんでいると、背後から声をかけられた。


「お酒はいかがですか? ……って、ゲッ!」


 顔を思い切りしかめ、嫌な顔をしたのはクレーシーであった。クレーシーは丈の短いフリフリのメイド服に白いニーハイソックスを身につけ、頭には猫耳までつけている。


「ふっふっふ、しっかりご奉仕してるようだな!」


 ニヤリと笑う俺にクレーシーは顔を耳まで真っ赤にする。


「な、なぜ貴様がここにいるんだ!」


「なぜって……村を救った英雄だからです」


 後ろから出てきたのは灰色の髪の猫耳少女、メレだ。彼女もメイド服を着て、その上からなぜか縄で亀甲縛りされている。


「くっ……」


「ふふ、それにしても似合ってるじゃねーか。さすが俺が選んだだけある!」


「何っ! 貴様が……!?」


 そう、何を隠そうクレーシーとメレに何か罰を与えようと言った町長に、この「猫耳メイド服の刑」を提案したのはこの俺だった。


 くう、このニーハイから覗く絶対領域がたまらないぜ!


「ふふ、あんたみたいな強がってる女に猫耳メイド服を着せるのは気分がいいぜ!」


「……変態だな」


 ボソリとクレーシーがつぶやく。


「そ、それは否定出来ないにゃん」

「そ、そうだね」


 チトとモアも同意する。なんでだよ!


「私は、嗜虐心が刺激されるので満足です」


 そう言って身をよじせたのはメレだ。

 しかし、メイド服に亀甲縛りは食い込みがエロい……。




「それじゃあね!」

「さようならー!」


 そして俺達は花祭りを堪能すると、ケモナ村を出発することにした。

 大勢の獣耳の住人たちに見送られ、陽の当たる坂道を下っていく。


「さようなら!」

「また会おうな!」


 俺とモアは手を繋ぎ、晴れ渡る日差しの中春が始まったばかりの道を悠々と駆けて行った。



【第四部 〜完〜】

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お姉様(♂)最強の姫になる。~最高のスペックでの転生を望んだら美少女になりました~ 深水えいな @einatu

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