51.お姉様と最古の魔法
ドラゴンが炎を吐き、轟音とともに周囲が火の海になる。
「のわーっ! 熱い熱い熱い!」
服に燃え移りそうになった火をパタパタと払う。地味だが王宮から持ってきた服は一応それなりに火耐性はあったようで、なんとか火傷はせずにすんだ。
くそっ、こちとら魔法なんか使えねえんだよっ!
ドラゴンに攻撃するにはある程度近づかなくてはいけない。しかし火を吐かれたら厄介だ。
「おいドラゴン! 話を聞いてくれよ、俺たちは別に......」
そうこうしている内に、ドラゴンによる鋭い爪攻撃が襲う。
「うわっ!」
動きはあまり速くなく、余裕で避けられた。が、背後の壁にくっきりと刻まれた爪の跡から察するに、当たれば大ダメージは免れまい。
「ふむ、どうやら増えすぎた闇の魔力によって完全に正気をうしなっているようじゃな」
鏡の悪魔が冷静に分析する。確かに、前に会った時に比べ、目は濁り、理性が完全に吹き飛んでいるように見える。これは厄介だ。
「仕方ない、本気でいくか」
斧を振り上げて構える。
人間相手なら手加減しなくてはいけないが、ドラゴン相手なら......
ドラゴンの動きが止まる。大きく息を吸い込むモーション。やるなら今だ!
全速力で走り、ドラゴンとの間合いをつる。
だがあと少しの所で、ドラゴンは巨大な炎を吐き出した。
「うおっ! あぶねー!」
思い切り地面を蹴って跳躍。うまい具合にドラゴンの頭上に飛んだ。
この体に生まれ変わって十六年。自分の身体機能の高さに大分慣れてはきたものの、それでもたまに思いもよらぬパワーが出てビックリすることがある。
この時も、思いがけず高く跳躍してしまい戸惑った。この後どうする?
見ると眼下のドラゴンは俺が消えたとでも思ったのか不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。これはチャンス。
「こっちだぜ!!」
壁に足をつき一回転。俺はそのまま一直線にドラゴンの頭上へと斧を振り下ろした。
並の人間なら頭蓋骨が粉々になるところだが、ドラゴンは脳震盪を起こしふらついているものの、まだ体力には余裕がありそうだ。
ドラゴンはふん、と鼻を鳴らすと、巨大な尻尾を振り回した。
「なあ、鏡の悪魔、あのドラゴンを何とかする方法はねーのかよ」
「ふむ、妾とてこのまま契約者が生き埋めになるのは好ましくない」
鏡の悪魔はモアに何やら紙切れをモアに手渡した。
「この魔法を唱えればいいの?」
「ああ、この場で魔力のコントロールのできないそなたが攻撃魔法を唱えるのは危険じゃ。じゃがこの魔法なら......」
鏡の悪魔がモアに授けたのは、どうやら補助魔法のたぐいらしい。
俺はモアが魔法を発動させるまでの時間稼ぎに、精一杯ドラゴンに向かって振り下ろす。
「たあああ!!」
しかし、俺の攻撃も反対側から攻撃したゼットの斬撃も通っている気配がない。
背後で声が聞こえた。
「ちょっと待って鏡ちゃん、この魔法、最後の部分が欠けてるんだけど......」
「ああ。その部分はそなたが魔法をかけたい相手に言いたい言葉を入れるのじゃ。それによって、魔法をかけられた相手はパワーアップする。思いが強ければ強いほど......な」
モアが呪文を唱え始めた気配がした。随分と長い呪文のようだ。
最近の簡略化された魔法と違い、古い魔法は呪文が長いと聞く。
モアを信じてドラゴンに向かって飛ぶ。
「海よ、大地よ、空の精霊よ! 力を与えたまえ......えっとえっと......」
モアが紙に書かれた呪文を唱え終わった。が、何も起こらない。まだ足りないのだ。最後の欠けている部分が。
そこはモアが自分で呪文を作らなくてはいけないのだ。自分の言葉で。自分の気持ちで。
「お姉さま! モア、お姉さまがモアのお姉さまで良かった! だってお姉さまは強くて可愛くて格好良くて......お姉さまはモアにとって最強のお姫様で勇者なんだから! だから負けるはずが無い。モアは信じてる。だからだから......」
モアの言葉が詰まる。魔法はまだ発動しそうにない。ドラゴンが鋭い爪を振るう。
「ミア!」
モアに気を取られていた俺を、ゼットが庇って倒れる。
「ゼット!」
倒れたゼットに駆け寄ると、ゼットは力ない笑顔でこう言った。
「大丈夫だ......お前の妹なら!」
俺はうなずいた。モアを信じて、再び斧を手に駆け出す。途切れていたモアの声が、再び聞こえ出す。
「だから......お姉さま頑張って!!」
モアは力の限り叫んだ。
――それは最古にして、最強の魔法!
「お姉さま大好きーーーー!!!!!!」
その言葉を聞いたとたん、体の奥底から温かなオーラが、力が湧いてくる。
今まで感じたことのない感覚。高揚と浮遊感。なんだかワクワクして......凄いぜモア、今なら何だってできそうな気分だ!
鏡の悪魔の判断は正しい。教科書通りの魔法じゃ、こんなに力は出せなかった。
俺は斧を握り直す。
身体中から湧き出すパワー。
俺は飛んだ。
「でりゃあああああああ!!!!」
力の限り、斧をドラゴンに叩きつける。
そして光はあたり一面に広がり、ダンジョン全体を包んだのであった。
「お姉さま、お姉さまっ!」
「......ん」
モアに揺り起こされる。
どうやら一瞬だけではあるが、気絶していたようだ。
「あいつは......」
「凄いよお姉さま! あの大きなドラゴンをやっつけちゃったんだから!」
モアがぴょんぴょん飛び跳ねる。
「そうか......それは良かった」
起き上がり、地面をみると、そこには巨大なドラゴンが横たわっている。死んだのか?
「悪いけど、喜んでる場合じゃないわ」
そう言ったのはヒイロだ。どうやらヒイロとアオイもあの牛鬼を倒し俺たちに追いついて来たようだ。
「そうですね、このままだとこのダンジョン、崩れますよ」
アオイも不安そうにパラパラと土埃が落ちてくるダンジョンの天井を不安そうに見つめた。
と同時にダンジョン内に大きな揺れが襲う。大きな土塊がバラバラと降り注いだ。
「急ごう」
俺たちはダンジョンを出ようとした。
すると巨大な影がぬっと起き上がった。倒したはずのドラゴンが息を吹き返したのだ。
「きゃあ!」
「ド......ドラゴンが起き上がった!?」
俺たちが武器を構え直すと、ドラゴンは呑気な口調で欠伸をした。
「ん、何か凄い魔力の気配がしたと思ったら貴様か」
何食わぬ顔で言うドラゴンに、全員が固まる。
「どうしたんだ人間たち。」
鏡の悪魔がほっと息を吐き出す。
「どうやら気絶した拍子に正気に戻ったみたいじゃな」
「そうなのか」
なんだよもー! びっくりさせんなよ!
「ところでこれは、なんの騒ぎだ?」
俺はドラゴンに事のあらましを説明した。
「ここにいたら危ないんだ。どうにかダンジョンが崩れる前に外に出ないと」
「それなら任せろ」
ドラゴンが羽を広げる。どんどん大きくなっていく体。その巨体は天井を突き破り、見上げると首が痛いほどになる。
「こんぐらい大きくなれば大丈夫だろう。さあみんな、背中に乗るのだ」
すると、夜風に吹かれてドラゴンの体からボロボロと灰色の土埃が剥がれ落ちる。
月光に照らされたドラゴンいつの間にか真っ白なドラゴンになっていた。
「お前......ホワイトドラゴンだったのか!」
俺は目を丸くした。
こうして俺たちは、ホワイトドラゴンの背に乗ってダンジョンから脱出することになった。
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